我が祖国よ、我が友よ、我が家族よ、幸せに1

 シトラレンからスーツケースニつ分の荷物を持っていくことが許された。

 一つでもよかったのだけどシェジョンが交渉してくれたのか、なぜか二つ分と聞かされた。


 実はもうスーツケースを用意していたのだがせっかくならともう一つ分スーツケースにも物を詰め込んだ。

 そして王城から出された馬車に乗り込み、騎士に囲まれて向かったのは大きな教会であった。


「よいしょ……」


「一つ持つよ」


「あら、ありがとうございます、マリアベル大主教」


 重たいスーツケースを下ろそうとして苦心するテシアの横から太い腕が伸びてきた。

 スーツケースの取手を掴むと軽々と一つ持ち上げてしまう。


 振り返るとマリアベルが後ろに立っていた。

 マリアベルは身長も高くてテシアからするとどうしても見上げる形になる。


 目が合うとマリアベルがぽってりとした唇の端を上げて笑った。

 テシアが降りると馬車は去っていってしまう。


 仕方ないとはいえ、薄情にも感じられてしまう。


「中に入ろう」


 あれだけ軽々と持てるのならもう一つのスーツケースも持ってくださらないかしらと思いながらマリアベルの背中を追いかける。

 教会の中でテシアに向けられる視線はそんなに悪いものじゃない。


 テシアは元々真面目に教会に通っていたので教会の司祭やシスターからの印象は良かった。

 今も向けられている視線は非難のものではなく同情といったものが多い。


「まあすぐに出発するけれどひとまずこの部屋を使うといい」


「わざわざありがとうございます」


 テシアは国を出なければならない。

 この後も準備が出来次第移動を始めるので部屋に通されたが休むことはない。


 マリアベルはすぐに荷物を運べるようにドア横にスーツケースを置いた。


「さて、話をしようか」


 マリアベルは部屋に置いてあった椅子に座った。

 テシアもマリアベルとは話すつもりであったのでベッドに飛び乗るように座った。


 もう皇女でもない。

 マナーで怒られることなどないのだ。


「よくやり遂げたね……おめでとう、神託の聖女」


「ええ、ありがとうございます、マリアベル大主教」


 テシアは笑みを浮かべてみせるがマリアベルは少し目を細めて複雑そうな表情をしている。


「私はまだこれで良かったのか自信がないよ」


 マリアベルは深いため息をついて首を振った。


「これで良かったのです。これでみんなが幸せになれるのなら」


「……だがあんたはどうするんだい? あんたの幸せってやつはさ」


「ふふ……」


「何がおかしいんだい?」


「いえ、少し前に同じことを言われました」


 シェジョンにも同じように問われた。

 それを思い出してテシアは笑ってしまった。


「勘違いなさらないでください、マリアベル大主教。私は不幸になっただなんて思っていませんし、これからも不幸になるつもりはありません。むしろ幸せになるのです」


「ふーん……」


 マリアベルは驚いた。

 確かにテシアの笑顔は柔らかかった。


 不幸な人、あるいはこれからを憂いているような人の表情ではない。

 それどころかこれまでも見たことがないほどに柔らかく笑っている。


「ぜーんぶ終わってようやく自由になれました。皇女じゃないただのテシア。煩わしい皇族としての仕事も、やらなきゃいけない神託もないんです!」


 テシアは勢いよく立ち上がるとクルリと回った。

 国を追われる立場になったので派手なドレスではなく動きやすい地味なドレスを着ている。


 裾がひらりと舞って、男性の作法で頭を下げる。

 皇女であったときにはこんなことをしたらみんなが頭でもイカれたのかと飛んでくるものだが今は自由である。


「テシアがそれでいいのなら私もいいんだ。多少無理をした甲斐もあったというものだ」


「魂の救済〜なんてよく思いつきましたね」


「……からかうのはやめなさい。真面目に捻り出したのですよ。それっぽく聞こえるでしょう?」


「そうですね。これで私の魂も救われました」


「全くもう……」


 こんな冗談を言う子だったのか。

 口では怒ったようなことを言うマリアベルも思わず笑顔になってしまう。


「それでこれからどうするんだい? 一応教会が身柄を預かり、テシアはシスターとして働くことになっているが」


 しかしそれだって名目上にしか過ぎない。

 国を離れてしまえば監視の目もない。


 実際のところは何をしようと自由の身なのである。


「……今は巡礼の旅に出ようと考えています」


「なに?」


「3か所ある大神殿を巡って祈りを捧げようと思います」


「何か祈りたいことでもあるのかい?」


「たとえ皇女としての身分を失ってもデラべルードは我が祖国です。ここには私の友がいます。大切な家族がいます。私がここまでやったのはそれら全てのため。今一度神にみんなの幸せを祈りたいと思います」


「大主教である私がこんな言っていいのか分からないが敬虔すぎやしないか?」


 せっかく自由になったというのに残していくもののために祈りを捧げる旅に出るというのは優しすぎる。


「巡礼をすることで罪を贖罪する奉仕活動にもなりますが、これは自分のためでもあるのです」


「ほう?」


「旅に出てみたかったのです。色んなものを見て周り、色んなものを自分で感じたかったのです」


 テシアの目は希望に輝いている。


「そして巡礼が終わった後……旅をした中でいい場所でもあればそこに住みたいと思います」


「……なるほどね」


 いかにもテシアらしいと思った。

 それならば複数の目的を同時に兼ねることができる。

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