第10話 毒と悪夢。

 皇妃選定が順調に進み、かなりの人数に絞られた。

 そして側室についても検討し、僕は前向きな返事をしている。


 一方のヴィクトリアは相変わらず、諸国の勉強をしつつ、僕の婚約破棄であり友人。

 そう何事も無く3年が過ぎた初夏に、変化は起きた。


「どうぞ、殿下」


 王宮の中庭で、いつも通りヴィクトリアに出されたハーブティー。

 けれど僅かにミントとは違う香り、風味が。


 コレは毒。

 僕に毒を盛る程、ヴィクトリアは皇妃になりたくない、僕に愛されたく無いと言う事だろう。


 その事実が、何より悲しい。


 僕は、悪夢に負けた。

 この3年を使っても、死神の印象を覆せなかった。


『どうしてもダメなんだね、ヴィクトリア』


「天のお告げが有ったのです、私が皇妃となれば国が滅ぶ、と」


『僕には』

「皇帝には神託が降りる事は御座いません、そしてアナタ様は偉大な皇帝となるお方、ですが私は一貴族。どうか国を思い私を諦めて下さい」


『では君を側室に向かえる』


「それは、正妃が」

『妊娠しない者を据える、そうすれば側室を狙う者も排除出来る、そうした候補も既に目星を付けて有る』


「ですが、もし私が妊娠すれば」

『正妃が産んだ事にする、君は僕を、僕の傍に居てくれるだけで構わない。最悪は愛も気持ちも望まない、無理を承知で頼む、ただ傍に居てくれるだけで良い。誰の子種でも良い、その者の養子にする、幾らでも周りを騙し誤魔化す。だから、どうか傍に居てくれないか』


「私は、肉欲をまだ知りませんが、男性は強く感じるそうで。相当に、お辛いでしょうし」

『本当なら君の為に断種をしても構わない、けれど、すまない。皇帝の座も君も、手放す事は出来無い』


「もしかしたら、側室でも」

『皇妃となれば国が滅ぶ、と神託が有ったんだろう、なら側室なら平気な筈だ。いっそ、どうしてダメなのか、僕の何がダメなのかを教えてくれないか』


「今の殿下は、大変素晴らしい方だと思います。けれど、どうしても私に受け入れられない事情が有るのです」

『何でもする、もっと勉強もする、幾らでも変える。だからどうか教えてくれないか、僕の何がダメなのか』


「分かりました、ですが私の口からは申せません。セバス、お願い」


『どうしてセバスの名が』

「私は1度、下がらせて頂きます」

「はい、お任せを」


『セバス、一体』

「アナタ様を騙す事も貶める事も決して無いと、どうか信じて下さい、コレから述べる事は全て真実であると。どうか信じて下さい、でなければ諦めて下さい、我々の為にもヴィクトリア様の為にも」


『信じたいが、一体』

「我々は、其々に前世の記憶を持っているのです。ヴィクトリア様も侍女のクララも、私もパトリック様も、そして皇妃も皇帝も前世の記憶を持っているのです」


『それが、まさか』

「はい、ヴィクトリア様が語られた悪夢は、前世の一部です」


 僕が、前世でヴィクトリアを処刑した、と。


『けれど僕には』

「天の配剤かと、とある前世ではアナタ様は発狂なさったんです。嫉妬して欲しかった、愛して欲しかった、と。嫉妬に駆られ自らのお子も殺した、酔って事に至り閨を共にした事を忘れ、妊娠した妻を不貞者とし処刑したのです」


『だとしても、それは』

「私は腹を裂き、アナタに見せ、後に来訪者と共に処刑されました。ですが、それはあくまでも前世の一部、パトリック様は何度も転生なさり、何度も何度もやり直したそうです。そして国は必ず滅ぶ、そうした光景を何度も見て、とうとう諦めた、それが今回だそうです」


『パトリックが』

「嘗てはアナタの側近でした、それは皇妃も皇帝も認める所、だからこそ皇妃は彼を毒殺しようとした。皇妃は、彼に殺されたのです、アナタの子育てを失敗したとして見せしめに処刑されました」


『それは、パトリックが皆を』

「パトリック様は家の者に記録させていました、訪問記録は勿論、交友関係にしても。最初にヴィクトリア様の侍女クララが接触したんです、私の指示で」


『セバス』

「また愚かな行いをするアナタを見たく無かった、来訪者に現を抜かし、正妻を処刑する。そんな狂った事をするアナタを見たく無かった」


 けれどセバスは、ヴィクトリアにも記憶が有ると知り、協力関係を築く事に。


『セバス』

「アナタの気を逸らそう、けれど誘導はしない様にと、ですがアナタはヴィクトリア様を求めた。私の証言だけで足りないのなら、どなたからでも証言が聞けますが、今回の毒の件は私とパトリック様とヴィクトリア様だけの事、どうか皇帝と皇妃を責めぬ様にお願い致します」


『君達は、僕がそんな愚か者になると』

「いえ、今回こそはと、けれどヴィクトリア様が受け入れられない以上は無理なのです」


 僕がヴィクトリアに投げ掛けるのは冷たい視線ばかり、そんな中で来訪者が現れ、ヴィクトリアの気を引く為に彼女の相手をしたらしい。

 そしてヴィクトリアにも向けた事が無い様な柔らかい笑顔で微笑み、口説き、見せ付ける様に触れ合った。


 けれどヴィクトリアは僕が不器用だからこそ、愛を知らなかったからこそ、自分は愛されなかったのだろうと思っていた。

 けれど僕は今世で、来訪者に向けた様な笑顔を向け、愛を囁いた。


 それが、どうしても受け入れらない。

 出来ないのでは無く、しなかっただけだと言う事実を突き付けられ、彼女は更に傷付いた。


『僕は、彼女を苦しめただけ』

「受け入れられない事も、ヴィクトリア様を苦しめています、前世のアナタとは違うと理解はしていますが」


『けれど、僕は僕だ』

「はい、来訪者が来ても変わらない、そう誓うのは構いません。ですが誓いを破る事になったなら、ヴィクトリア様はどれだけ傷付くか想像が付きますか。ヴィクトリア様がアナタの愛を受け入れた後、違う男へ心移りをしたなら、アナタは正気を保てますか」


 保つしか無い、いずれは皇帝になる定めなのだから。


 けれど、出来るなら狂ってしまいたいと願うだろう。

 もう愛されないのなら、もう、どうなっても良いと。


 あぁ、セバスの言う事は事実だ。


 彼女と出会った頃の僕は、酷く不器用で、信頼する事に怯えていた。

 無気力で希望も無く、同じ日々の繰り返しで、他人に甘えていた。


 そのまま成長した僕は、今と同じ様に、それ以上に彼女がいなければ生きられない筈が。


 激情に呑まれ処刑した。

 しかも自分の子供を殺したのだから、狂うしか無かったのだろう。


『分かった、けれど分からない事も有る』

「来訪者の事でしょうか」


『今世も、現れるんだろうか』

「はい、パトリック様によると、国が滅ぶ事と同じ様に来訪者は必ず来るそうです」


 なら、寧ろ滅びの根源は、来訪者では無いだろうか。


『来訪者を、殺すワケにはいかないんだろうか』


「今までのアナタに幾ら提言しようとも、その殆どで自ら関わりに向かい、破滅したそうです」

『けれど、今の僕は違う筈だ』


「はい、ですから僕がこうして中立的な立場で説明しているんです。皇妃はヴィクトリア様を以前も好いておりました、皇帝も気に入り期待していらっしゃった、ですがパトリック様と侍女のクララは諦めて欲しがっております」


『ヴィクトリアの為、国の為』

「もし希望が芽生えるとするなら、来訪者が現れてからが本番です、信頼を勝ち得るとするならコレからの行動次第なんです、アレクサンドリア様」


『そんな失敗ばかりの僕が、今回も皇帝で良いんだろうか』

「ヴィクトリア様は問題無いと仰っています、それこそパトリック様も、皇帝も皇妃も私も。ですが、だからこそヴィクトリア様は悩まれてらっしゃるのです、今は立派になられた、けれど受け入れられないと。どうかヴィクトリア様の為にも、ヴィクトリア様が信じられる機会をお与え下さい、受け入れられる様に機会をお与え下さい」


 やはり、僕は愚かなんだろうか。

 僕は今、希望を持ち、それ程落胆はしていないのだから。

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