第4話 始めてのフロンティア、なお10分で帰る模様

 門をくぐった先には、世界が広がっていた。


 後ろには今くぐった門。周りには大して広くない草原があり、それを囲むように森が広がっている。


「普通の広葉樹林か……?」


 普段から森や山を歩き回っているのでそれなりに森についての知識や造詣はあるが、フロンティアに広がる自然は、今のところは地球の自然と大きく違うようには見えない。


 正面にある森は一部伐採されている様子が見られるが……あれがネットでちらっと見た、フロンティアで林業を営んでるってやつか?


「つか、ここが一番弱いエリアか。そりゃあ林業するなら安全なところにするか」


 ゲートを通る際、行き先はたくさんある。

 ゲートは特定の二箇所をつなぐ門ではなく、日本に割り当てられた土地のあちこちに存在するゲートのどれかに移動することが出来る駅のような場所だ。


 例えば東京のギルドから、今俺がいるこの『始まりの森』に来ることもあれば、俺のように地方、あるいは北海道や沖縄から来ることだってある。

 逆に、俺は今ゲートをくぐる際に心の中で『始まりの森』と指定していたのでここに来たが、他のエリアに行くことだって出来る。

 ちなみに帰り、フロンティアから地球に行く際は場所を選んだりは出来ないので、ゲートを使って輸送とかは出来ないらしい。


 初めての転移先としてこのエリアを選んだのは、ここが最も出現するモンスターが弱く、また戦いやすいエリアだからだ。

 そのためアイテムを拾ったりモンスターを倒したところで稼ぎは少ないが、初心者がフロンティアに慣れるには最適だと言える。


 現に今も、俺の後ろから大人の女性と高校生ぐらいの子供が3人ほどゲートを通って出てきた。

 引率の教師と生徒といったところだろうか。


「つか俺邪魔ね、これ」


 ゲートの正面に突っ立ってるの邪魔だったな。失礼失礼。


 脇に避けようとしたところで、忘れていたものを思い出した。


「あ、ステータスカード……どこ?」


 てっきり、こう、なんかゲートをくぐった直後に目の前に白く光るカードが浮かび上がって、それを掴んだら俺だけのステータスカードが出るみたいなのを想像していたのだが。


「ええー……『ステータスカード』、『ステータスオープン』……出るわけじゃないよな」


 よくラノベとかである文言を唱えても出てこないし、ポケットを漁っても見当たらない。まさか地面にぽんと出るわけもあるまいし。


「ってあるわ。まじかい」


 ふと足元を見渡してみたら、さっきまで立っていたところの足元に黒いカードが落ちていた。

 扱い雑すぎないか?


 カードを拾い、裏返して書かれている内容を確認する。


────────────────

名前:高杉謙信

レベル:1

職業:剣士

スキル

 《学習効率Lv.3》

 《写身》

────────────────


 事前に知っていたが、ステータス的なのは無いらしい。


 でも軽くその場で跳ねたり腕を振ったりしてみると、明らかに地球でのそれより身体が軽い。

 フロンティアにやってくると、地球には無い魔力を得て、その恩恵で身体能力が向上するのだ。


 いや、しかしこれは……。

 

 職業、ファンタジーゲームとかで言うと《ジョブ》などとも言われるそれが《剣士》なのに、スキルには《剣術》とかその類のが存在しない。大丈夫かこれ?

 スキルの細かい内容とかも調べておいた方が良かったかな……でも自分でやる前にネタバレは嫌だって思っちゃったんだよな。 


 代わりに《学習効率》とやらと、《写身》とやらのスキルがある。


「タップしたら詳細が表示される……まじだ。こんな薄いのにスマホみたいだな」


 スキルをタップすると、その内容が表示される。


────────────────

《学習効率Lv.3》

 技術の習得速度、及び経験値の取得速度が上がる。

 また、行動によって得られる経験値が大幅に増加する。

────────────────


────────────────

《写身》

 魔力を消費して、ゲートを初めてくぐった際の自分と同等の能力を持つ分身を作成できる。

 分身を操作する際には意識を移す必要がある。

────────────────



 なるほど……?


 分身みたいなものか? けど『ゲートを初めてくぐった際の自分と同等』、ってことは、俺がレベルが上がって強くなくっても分身は弱いままか?


「これ使えんのか?」


 ちょっと使い道が想像出来ない。

 写身が壊れても本体にダメージが無いなら肉弾偵察とか?

 《学習効率Lv.3》の方は普通に使い勝手が良さそうだ。


 フロンティアではスキルは、それまでの行動で極めてきた技術だったり能力が反映される形で現れるらしい。

 例えば剣道やってる人は《剣術》スキルとか、弓道、アーチェリーをやってる人は《弓術》スキルとか。


 そのスキルによって補正がかかって、より強くなるとかなんとか。

 補正のかかり方についてはわからないが、魔力とかある世界なので攻撃力とかが内部数値的な感じであるのだろう。


 俺の《学習効率Lv.3》については、結構頑張った勉強とか、あれこれ手を出した武術系とか林業、木工とかの技術の習得をしてきたのが生きたのだろう。

 あって困るスキルではないようなので、これからも頼っていこう。


「となると、まずは剣を買ってきて振って《剣術》スキルを出すのが第一、か? ああ、てか一旦帰るか」


 取り敢えず一旦帰ってギルドに登録して……ステータスはメモしておじじのとこ持ってった方が良いかな。


 こうして、俺の初めてのフロンティア滞在は10分もしないうちに終わった。




******




 来た時とは逆にゲートをくぐってギルドに戻り、受付へと向かう。


「おかえりなさい。お疲れ様です」

「特に何もやってないですけどね。ステータスカードと、本来であれば武器をここで提出していただきます」

「了解です。今は取り敢えずこれだけ」


 ステータスカードを坂井さんに渡す。

 もう一人の受付嬢さんも興味津々だったので見ても構わないと言うと、並んでステータスを見始めた。


「……《写身》? 坂井さん聞いたことあります?」

「いえ……私も無いです。まあスキルはかなりの種類がありますから」


 珍しいスキルではあるのか。一応後で調べてみるかな。


「ではこちらのカードはギルドで預かって、次回冒険の際にお返ししますね。引き換えのカードを発行しますので、少しお待ち下さい。藤澤さん、お願いします」

「わかりました! 作ってきます!」


 藤澤さんが奥へとカードを作りに行っている間に、坂井さんがその他冒険の必需品を教えてくれるそうだ。


「まず、これがフロンティアの地図です。講習でもやりましたが、フロンティアでは目印となるように杭が打たれています。この地図にはその杭の場所が載っています。強制というわけではないですが、持っておいた方が良いものです」

「なるほど」


 確かに、森に入って無作為に歩くと迷うもんな。

 まさか森で迷って飢えたくないし、あっちの森では鹿とかを狩って肉にすることも出来ないらしいので買っておこうと思う。


「いくらですか?」

「《始まりの森》から《アーシャンの陸珊瑚》までの4エリアのものがセットで1000円、それ以降のエリアは、《ネメンスの廃坑》が10万円、《バルティア諸島》が50万円、《ハルパチアの大穴》と《ジンガ大霊峰》、《マナミア山脈》は地図を購入する際に申請が必要です。また、《アルキアントードの古代樹林》、《旧王都テレシア跡地》、《原生林アビス》、《氷獄パッドウッド》、《ホストリルの溶岩地帯》は探索する際に申請をすれば現時点までの地図が給付されます。申請には条件が設けられていますけど。行くのは制限できませんが、危険なエリアなので申請条件を満たすまで行かないようにしてください。普通に死にます。特に《アルキアントードの古代樹林》以降はまだギルドや国の調査隊も探索に手こずっているレベルですので。また、申請が必要なエリアはまだ未開拓エリアがあるので、地図は完成品ではなく現行品となります。更新があれば無償で交換することも可能です」

「わかりました。 確か、地図はゲートから一日ぐらいの距離までしかないんでしたよね?」

「《アーシャンの陸珊瑚》まではもう少し広がっていますが、おおよそそうですね。一般的に未開拓エリアというのは、ゲートから一日以内で到達出来る場所にも関わらず探索が行き届いていないエリアのことを指します」


 冒険者は自由に冒険を行いモンスターを倒す。

 では目印となる杭を打ったり、新しいエリアの開拓をし地図を作るのは誰かというと、おおよその場合腕利きの冒険者と自衛隊の共同でするらしい。

 

 というのも、土地をどれだけ開拓したところで金にはならないのだ。

 それをするぐらいならば、ゲート近くのモンスターを倒した方が遥かに稼ぎの効率が良い。

 だから安定した給料のある自衛隊が、任務として開拓を行っている。


 ただそうやってエリアを網羅すると言っても、モンスターと戦いつつ出来る調査には限りがあるし、一般の冒険者もゲートを起点に冒険をする以上、ゲートから歩いて何日もかかる場所の調査をしても仕方がない。


 そこで基本的にはゲート周辺を優先的に探索し地図を作って杭をうち、その後に自衛隊と選抜された冒険者が、アイテムではなく開拓を目的として、フロンティアで野営しつつの探索を進めているそうだ。

 ぶっちゃけ俺が一番興味があるのはそれだったりするが、それはおいておいて。


 その中でもモンスターのレベルが高いエリアというのは、十分な地図作成が出来るほどの探索も出来ていないというのが現状らしい。


「エリアって、それで全部でしたっけ」

「いえ、エリアは増えていくようですが……初めて人がゲートをくぐった時には、《始まりの森》と《ガラックの岩場》、《モンシャスの古代遺跡》の3箇所しかゲートは繋がっていませんでした。その後レベル15を越えた冒険者が現れたことで《アーシャンの陸珊瑚》が開放され、その後も最もレベルの高い冒険者のレベルに合わせて増えていった、という形です。最近ですと、10年前に《アルキアントードの古代樹林》以降のエリアが一挙に開放されたのですが、それぞれモンスターだけでなく地形や環境がかなり厳しいので開拓が進んでないのが現状です。それ以前の《ハルパチアの大穴》と《ジンガ大霊峰》、《マナミア山脈》もまだ開拓が完全には進んでいない状態ですので」


 なるほどねえ。まだまだ未開拓の場所がたくさんある。


 それって、なんてそそられることだろうか。


「それじゃあ取り敢えず1000円の地図を1つください」

「はい、それでは1000円になります」


 地図の束、名前は忘れたが、俺が使っているメモ帳にも使われている頑丈な紙で出来たそれを受け取る。これならちょっとやそっちゃじゃあ破れそうになくて良いね。

 でもこれだけ数あるなら製本した方が便利な気もするが……単体で使えたほうが便利だったりするのかも知れない。


「他には、当然ですが武器が必要です。当ギルドの二階にもショップがありますので、よければそちらを。ただ、大手支部ほど品揃えがいい傾向にあるので、もし希望のものが無ければ、そういったところに行ったほうが良いです」

「なるほど……取り寄せとかは出来ないんですか?」

「取り寄せ等は出来ないですね……申し訳ありません」

 

 んー? なんか歯がゆそうな顔。訳ありなんだろうなあ。

 武器の郵送ぐらい普通にできそうだが、出来ないと。


「防具も必要ではありますが、《始まりの森》レベルのモンスターだとそこまで必要ではないです。防具でなくても厚手の服などでも一度二度の攻撃ならまともに当たっても大丈夫ですので」

「そんぐらい弱いってことですか」

「はい。《始まりの森》は制限レベルが4、上限が6と相当に低いので、ある程度慣れたら次の《ガラックの岩場》に進んだ方がいいですね。またここからモンスターも攻撃力が上がってきますので、地球の装備を使うなら防刃ベストや防弾ベスト、ヘルメットなどを使うか、フロンティアの防具を購入して使ってください」


 一応、防弾チョッキとかでもある程度の防御力は得られるか。

 まああれかなり頑丈らしいしな。


「装備以外の必需品は、まずはリュックサックなどのバッグ類は必須ですね。ドロップしたアイテムを持ち運ぶ必要がありますので。後は水分もです。食料については、ギルドとしては安全の観点から食事を取る際には一度フロンティアから出てリラックスすることを推奨していますが、念のためにカロリーブロックなどかさばらないものを携帯しておくのもおすすめです」

「中で食事ってしないんですね」

「それほどゲートから離れなくてもモンスターはたくさんいますので。一日冒険される方でも、朝入って昼に出てきて食事を取って、そしてもう一度入るという方が大半ですね。中には狩場が重ならないようにと弁当などを持ってゲートから離れる方もいますが……初心者のうちはあまりおすすめ出来ませんね」


 まあ、そらそうね。効率を求めるのは基礎が出来てからって話だ。


「応急処置用のキットなんかもあると便利ですね。かさばるにはかさばりますが……絆創膏と、消毒液、ガーゼと包帯ぐらいならそこまでかさばらないと思います。フロンティア内で怪我を負った場合には、最低限止血をしてこちらで治療を受けるか、すぐにこちらに戻って治療を受けるかの二択ですが……大手の支部ならともかく、ここには出張治療室などは無いので、止血をしてから戻ってくることをおすすめします」

「わかりました。応急処置の手順書いた資料とかありますか?」

「ギルド本部のサイトからダウンロード出来ます。あとは定期的に開催されている応急処置の講習を受けるのも手ですが、この県だとS市の支部で月に1回、D市とR市で3ヶ月に1回ぐらいでしょうか。これもギルド本部公式サイトと各支部のサイトに掲載されています」


 応急処置の講習か。

 どの程度のことをやってくれるかわからないが、取り敢えずはやらないで良いだろう。

 フロンティアでする応急処置となると骨折の処置と止血ぐらいだろうが、それらは高校大学の部活で学んだり仕事で多少は学んでいるし。


「坂井さん、カード出来ました」

「ありがとうございます。それではこちらが冒険者証です。これ単体でも身分証として使えますし、ステータスカードを受け取る際には提示していただければステータスカードをお渡しします。上のショップを利用する際にも、武器などものによっては提示を求められる場合があります」

「はい、ありがとうございます」


 冒険者証はそれなりにしっかりとしたカードだ。

 身分証としても使えるらしく、かなり作り自体は細かい。

 ステータスカードという情報を管理している以上、情報の漏洩が万一にも起こってはならないらしいし。


 同時にこのカードで冒険者を管理することで、有力な冒険者の国外流出を防ぐような効果もあるらしい。


「それでは、説明は以上となります。また分からないことがあったら聞いてくださいね」

「はい、今日はありがとうございました。またお世話になると思います」


 ペコリと頭を下げてギルドを後にする。

 さて、またおじじにしごかれる……前に酒でも買って酔わせて訓練をゆるくしてもらうか。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


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次は20時の予定です。

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