第2話 頼れる先達
会社をクビになり、世話になっていた先輩と酒を飲んだ翌日。
仕事がなくなったおかげでいつもより遅く起きた俺は、中古の軽ワンボックスを駆って、家から一時間ほどの山を訪れていた。
「おじじ、遊びに来たで」
「おう」
目的地は、近所の山に住まいを構えている老人。俺は彼をおじじと呼んでいる。田舎で林業を始めてから出会った人物で、山の歩き方にサバイバル技術とか、動物の捌き方に狩猟方法、炭の焼き方などいろんなことを教えてくれている。
「鹿か」
「山向こうの畑食い荒らしとるからな。生かしておけん」
「さよか。手伝うわ」
おじじが解体している鹿を俺も手伝って解体する。もう何回も繰り返した作業で、これも結構慣れたものだ。
「なんじゃあ、ぼうっとしとるな」
「俺?」
「いつもみたいに目が輝いとらんぞ」
「いつも目が輝いてんの?」
そんなきらきらした目をするような人間でもないぞ? そういうのはもっと子供とか、大人でも純粋なタイプの人間がするものだと思うが。
「本気で楽しんどらんだろ」
そう言われると納得してしまう。慣れた作業だし、考え事をしながら作業をしていたから。
「まあ、そうね」
「……炭も焼いてくか?」
「焼いてくわ。ありがとう」
こういうときに、何も言わずに作業を勧めてくるれるおじじはありがたい。変に考えてしまうときは作業をしていた方が気分が楽だ。
動物の解体を終えた後、その一部を昼食にして夕方からは炭焼きを始めた。薪なんかは俺が切っていたものがあるし、手順もそれなりに慣れている。まあおじじほどには手際よくいかないが。
薪を窯に突っ込んで火をつけ、窯の上から出る煙を見ていると、隣におじじがやってきた。
「なんじゃあ、腑抜けとるのお」
「そう見える?」
「見える。何を悩んどるんだ?」
そう言われて驚いた。悩んでいる、という認識が無かったのだ。いやまあ仕事どうしようかなとか考えてはいたのだが、悩むというほど深刻なつもりはなかった。
「んー、そうなあ」
だが、今考えると確かに。昨晩からずっと、胸の奥にくすぶっているものはあるのかもしれない。
「会社クビになってなあ。クビっていうか会社が潰れるんだけど」
「それでへこたれるお前さんじゃあるまい」
鋭いなあ、おじじは。始めて会ったときも、若干うつ気味だった俺を引き止めて話に付き合ってくれたのだ。
「おじじは、レイノルフって知ってる? 異世界とかフロンティアとも言われてるけど」
「……フロンティアなら知っとる。あの、駅前にあるけったいな門じゃろ?」
「そうそれ」
おじじみたいに、まるで外界と切り離されたような生活をしている人でも知っているもんなんだな。買い物に行くといっても、ここからなら駅前より近い店はあるだろうに。
「次の仕事何するかなあ思ってたら、ついついそのこと考えてしまってなあ」
「……冒険者、だったか。なりたいんか?」
「興味はある。でも、あってないとも思うんだよな」
興味は当然ある。というか昔からあった。そりゃあファンタジーの英雄に憧れた男からすれば興味を持たない方が難しい。
「あってないちゃあ、どういうことや?」
「冒険者って命がけだろ? 俺には向いてないなあって」
命をかけることが怖い、そんなことは出来ない、というわけではない。
「やってみたこともないのにわかるんか」
「想像よ想像。これでも、考えるのは得意だから」
ただ、色々と考えて、想像して。
俺が普通に生きていくには絶対にあってないなあと。それだけだ。
「やってみるかやってみんかで悩んどるちゅうわけか」
「いや、俺は……」
やるつもりはない。そう言おうと思うのに、口が詰まる。
冒険者にはならない、と。大学に入る前に決めたのに。
「悩んどるやないか」
「……そうね。うん。悩んでるわ」
認めてしまえばあっけないものだ。俺は今、職を失って。
新しい人生に、冒険者という道を選ぶかどうか迷っている。
「やってみたいかどうかで言ったら、やってみたいよ」
「ならやればいい」
「そうかねえ……」
そりゃあ子供の頃は、輝かしい英雄に憧れたものだ。
己を顧みず、人々に身を捧げられるヒーローに憧れたものだ。
ひたすらに己を鍛え上げる求道者の有り様に、憧れたものだ。
けれどそれらは全て、『普通の生活』『穏やかな生活』を切り捨てて邁進した先にこそあるものだ。
俺を産み育ててくれた両親。もう2年ほど会っていないが、『元気でやっていてくれれば良い』と言ってくれる両親を思うと、自分でも思う狂気の道へは進みづらい。
「死ぬときになあ……」
「うん?」
俺が答えないままに考え込んでいると、おじじが何やら話し始めた。
「歳とって死ぬときに『あれやっときゃ良かったなあ』と思ったら人生負けよ」
死ぬときに。俺がベッドの上に寝ていて、周りを子供や孫に囲まれて
『フロンティアに行って、冒険者になってみればよかったなあ』と。
「……後悔する自信しかないわ」
「なら行きゃあいい」
逆にフロンティアに存在するというモンスターとの戦闘で力尽きて死んだとして。
『本望』。
満足する自信しかない。
困ったものだ。
俺の理性は、どうやら本能を抑えきれないらしい。
「親はなあ、子供がやりたいことやっとんのが一番じゃ。そりゃあ長生きしてほしいとは思うがの? わしは、自分の子供が自分を殺して長生きして、それで良かったとは思いたくないのお」
「おじじ子供いるの?」
「わしは独り身じゃ」
子供おらんじゃねえか! 親目線の話しだすから何かと思ったら。今までそんな話を聞いたことがないのでおかしいと思ったが、別にいなかったというおちらしい。
「けんどまあ……」
「ん?」
「無責任に背中押して死なれたら後味悪いけえの。剣の指南ぐらいわしがいくらでもしたるわ」
思わぬことを言い出すおじじ。
え、おじじそういう心得あったの? ああ、剣道とか?
「いや、10年ぐらい前までは儂も【冒険者】じゃったからな。お前さんの大先輩ちゅうわけじゃ」
「さらっと心読まないで? というかまじで?」
「まじじゃ」
おじじが始めて使うような言葉遣いに思わず吹き出してしまった。
いや、しかしこれは実はかなりありがたいことなのでは?
いざこれから冒険者になろうというときに、頼れる先達がいるというのはかなりありがたいことなのではないだろうか。
「それは、うん、ほんとに教えてほしい」
「任せとけ。久しぶりじゃけえ、腕がなるのお」
おじじと話ながら、俺の中では既に、冒険者になってフロンティアに挑戦することが決まっていた。
己を削る狂気の道?
大いに結構。この人生、輝かせてみせようではないか。
さて、次の職業として冒険者を選んだ俺だが、冒険者になるには資格がいる。
資格と言っても試験があるわけではなく、冒険者としての注意事項とかを簡単に説明する講習みたいなものだが。
その講習を受けるためには町で唯一のギルドに行く必要がある。
都会だと講習会専用の会場とかあるらしいが、ど田舎なのになぜかゲートが開いてしまったうちの町はゲートを囲うように建てられた冒険者ギルドという施設でフロンティア関連を全て管理しているらしい。
多分別施設を建てるほどのお金が無いんだろうなあ。世知辛いもんだ。
早速その申込をしようと電話をすると、若い女性の声が電話に出た。
『はい、こちら冒険者ギルドA市支部です。本日はどのようなご要件でしょうか』
「あ、もしもし。そちらで冒険者資格の講習をやっていると聞いたのですが……」
『……新規で冒険者になられる、ということですか?』
「ええ、はいそうです。講習がそちらのギルドなら受けられる、と聞いたのですが」
しばらくの沈黙と、電話の向こう側で何やらゴソゴソやっている音が聞こえる。
『失礼しました。冒険者資格の講習ですね。明後日金曜日以降でご都合の良い日はありますか?』
「金曜日の朝10時からは大丈夫ですか?」
『ええ、はい……はい、大丈夫です。では、そちらで予約させていただきます。お名前を伺ってもよろしいですか?』
「高杉謙信です」
『かしこまりました。受講料等についてはサイトに記載してありますので、今一度ご確認ください。他に何か、確認しておきたいことはございますか?』
「わかりました。他は大丈夫です。ありがとうございます」
『それでは、金曜日の午前10時、お待ちしています。失礼いたします』
電話が切れる直前、俺は昔からの親の教えで電話を相手より後に切るようにしているので、向こうが切る直前の音声が聞こえた。
『(やったーーーー!!)』
という女性の叫び声は、気のせい、ではないだろう。うん。
「どうじゃった?」
「金曜日に講習受けれるって」
電話をしている俺の代わりに炭窯の様子を見てくれていたおじじにそう答える。視線を向けると、何やらでかいリュックサックを持ってきていた。
「おじじ? それ何?」
「しっかりしごいたらんといけん思うてな。ほれ、背負え」
はうん? しごく? 今しごくって言った?
おじじもしかして、俺よりやる気になってない?
「と、言いますと?」
「フロンティアに行くまでにわしがお前さんを鍛えちゃる。ほい、まずは山登りからじゃ。はよせい」
いやはよせいって、そのリュック? なんか水が詰まったペットボトルが大量に入ってません? 何キロあんの?
「いやちょ──」
「安心せい、一日で強くしたる」
そういう問題じゃなくてね!? というか一日で強くなれんの!?
「ほい、はよ」
「ちょまっ、おじじ力強っ!?」
このあと滅茶苦茶しごかれた。
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次は明日朝6時投稿予定!
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