第3話 ターミナルのお勤め

 ターミナルは都市缶の中心部に位置する開けた半地下の大きな場所にある。国に点在するこのような場所を繋いで走っている軌道車と呼ばれる鉄道がやってくる物流の要であり、物資も人も何もかもここを通じて運搬される。


 ここ「空き缶」には石炭、石油、鉱石など豊富な地下資源が眠っていて、それを日夜機械が掘り出しては軌道車が引っ張る貨車へ積み込み都市部へと送り届けていく。国にあるいくつかの大都市のエネルギーを全て賄う資源が産出されており、その量は尋常ではない。


 そのため規模は国内最大級。軌道車が走る軌道の本数は20本以上あり、積み下ろしをスムーズに行うための天井クレーンが何基もあり、ベルトコンベアーも沢山併設されている。勤めている人も多く、24時間365日、明け暮れることない活力を持った軌道車は疲れを知らないままに今日も動いている。


 事務所に付くと私は自分の名札をひっくり返し、工具が刺さったベルトをロッカーから取り出すと自分の机に向かった。いつものように机の上に置かれた紙を手に取ると席に座ってポッケから煙草を取り出して火を付け、今日の予定を確認する。


「おはようございます、マキナさん」


 そう声をかけてきたのは私の目の前の席で週刊誌を読んでいる人物。後輩のカリン君。


「おはよう・・・それ、毎日読んでるけど面白いの?」


「面白くは無いです」


「でしょうね」


 パタンと週刊誌を閉じるとカリンは「部長からのお土産が有ります」といって席を立った。しばらく待っていると奥の方から急須と紙コップを持ってきた。


「なんなの?それ」


「ヒトク名物〝フリ茶〟です」


 ヒトクというのはこの国にある都市の名前。そしてそこの名物が目の前に置かれた濁った緑色の液体らしい。


「あんたはこれ飲んだの?」


「ええ、もちろん。尊敬すべき部長のお土産ですから」


「・・・そう、私は尊敬してないけど」


 紙コップを手に取って口に入れた瞬間、思ってもみなかった味がした。


「なにこれ、甘いの?」


「はい、糖分たっぷりです」


 この国の飲み物は寒さのせいか甘く作られていることが多い。私自身も甘いのは嫌いではない。けれどこれは何というか、あまり良くない甘さを感じる。要するに不思議に甘すぎる。なんだこれ、今すぐにでも捨ててしまいたいくらい。何とか全部飲み干すと直ぐに給湯室に向かってコップにお湯を入れて持ってきた。


 しばらく座っていると机に置いたコップの水が静かに揺れ始め、機械的なリズムが体に伝わり始める。


「・・・そろそろ来るから準備して」


 ヘルメットをかぶってベルトを巻き、手にライトを持って事務所を出た。やや生ぬるい風が流れてくると共に音が聞こえる。その音を確認するとハッチから駅のホームの下に潜りこんで軌道車が来るのを待っていた。しばらくすると暗がりからポツンと1つの点のようなシグナル。そしてそれが見え始めると次第に音が大きくなっていく。


 ターミナルに停車する際、強烈な回生ブレーキ、電磁ブレーキ、そして物理ブレーキの音が鳴り響く。音の感じから段々とそのスピードが落ちていくのを感じる。軌道車は私たちの眼前に来る頃には今にも止まりそうな速度で動いているが、積んでいる荷物の量は尋常ではない。相当なエネルギーを持っていることだろう。


 完全に停車し、ターミナルにある点検信号機が赤から青に変化したのを確認すると私とカリンは車輪に輪留めを行って点検作業に入った。停車時間は1時間。この間に乗務員はご飯とかの休憩を取るし、荷の積み下ろし、乗客の乗り降り全てが行われる。


「マキナさんはこっち側でお願いします。僕は反対側をやります」


「はいよ」


 右手にライトを持って下部の点検に入り、検音ハンマーを左手に持つと車輪を叩いて音を確認していきながら配線やオイルの滲みが無いかを見ていく。ホームには「キーン」という音と資材を積み込む機械の音。それと人が動く音が入り混じって聞こえる。


 こういう時の私は割と無心になる。もちろんキチンと音を聞いたり、チェックしなければいけないのだけれども、なにせ軌道車が来るたびにこれを定刻まで繰り返すことになる。ずっと張りつめて出来るわけもない。


 それでもこの勤めは上手く出来ていて、たまたま今日はこの作業の割り当てだったに過ぎなくてやることは毎日変化していくため、基本的に飽きが来にくいようになっている。


 それでも決まりきった作業だけ出来ればそれが理想で楽なのだろうけど、この場所はそんなに多くの人が勤めているわけではない。物流におけるターミナルは国の要。そういう場所。勤めることが出来る人物はそれなりにキチンと選定されている。


 やがて定刻を迎え作業が終わり事務所を後にして喫煙所で煙草を吸っているとカリン君が飲みに誘ってきた。


「マキナさん、どうせ暇でしょ?どうです、この後。明日休みですし」


「どうしてあんたが私の予定を決めるのよ」


 と言い残し喫煙所を後にしようとしたとき、向こう側に到着した軌道車が目に入った。


「そっか、月の終わりか」


 月末になるとやってくるその軌道車。名目上は人員軌道とか労働者軌道とかそんな感じで呼ばれているが、本当のところは「処理軌道」と呼ばれて嫌われている。

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