第104話 04-318 レティシアと月の塔 C
轟々と音を立てて、上昇していく祭壇。
「ほら、ね?私じゃないでしょ?」
「何が?」
会心の笑みのなんと可憐なことか!
「私じゃないでしょ?」
レティシアは嬉しい。
普段であればこういうギミックを作動させてしまうのはレティシアの役回りだ。なので、「さすがのレティシア」「持ってるレティシア」等、散々言われてきた。
だが今、横に立つ彼はもまた、「さすが」であり「持ってる」人なのだ。
しかも彼はレティシアと異なり、解決する力も持っている。
レティシアは悟った。きっとアカリこそ自分の
なお、この契約で得をするのは主にレティシアである。
アカリ氏はレティシアにしてやられたことを内心毒づいている。
導いたのはレティシア。
鍵を持っていたのもレティシア。
だから、起動させるのもレティシアのはずだ。それが、最後に押し付けられた!
(僕の力を上回っているというのかっ!)
そんなことはどうでも良いのだが。
祭壇は伸びていき、アカリの背丈を遙かに超えてもまだ伸びる。
伸びるにつれて土台部分も太くなっていくものだから、アカリとレティシアは祭壇周りから退避しなくてはならなかった。
そしておよそ20メートルは伸びて、最早「塔」と呼んでも差し支えない大きさに成長し、止まった。
「止まったのか?」
「あ、それフラグ!」
レティシアの忠告を聞きいれ、アカリは「塔」の動きを警戒する。古今東西、船乗りは迷信深くなくてはやっていけない。
「……大丈夫みたいだよ?」
「もう!急に伸びてきて、ビックリさせないでよね!」
レティシアがペチンと塔の壁を叩く。
「フラグ!」
「え?あ!」
レティシアに叩かれた壁が音もなく消失した。
いきなり支えを失ったレティシアは丁度窓のように開いた所に頭から突っ込んでしまう。
「レティシア!大丈夫……」
「いたーい!」
「レティシアさん、だから探検の時はスカートは
「え?何、どうなってるの?」
「大丈夫だ。僕しか見てない」
アカリ氏が目を逸らせないでいるのは、レティシアのお尻からつま先にかけての全てだ。肉付きも、肌のきめ細かさも、非常に美しい。パーフェクトボディだと吹聴するのも嘘ではなかった。
「うわ~!バカバカバカ~!見るなぁ!」
「分かってる、見てない」
何を見るなとは指定されていないので、ほどほどに堪能するアカリ。本当に遠慮なく見てしまうのは人の道を外れかけているアカリにだって良くないのは理解する。
「自分で出て来れるかい?」
「ちょっと……無理かも」
「じゃあ引っ張るよ?」
「絶対だめ!」
引っ張るにはこのレティシアの何処かを抱えなければならない訳で、引っ張って良いと言われたら、それはそれで困るのだ。
「どうしようか」
「中から、手伝ってくれたらいけそう」
「中とは?」
「中にね、さっきの祭壇があるの。だからどこかに入口があるんだと思う」
アカリが塔を見回すと、入口は直ぐに見つかった。
「待ってて」
塔の入口はアカリが少し屈んで入るくらいの高さで、中は想像していたよりも明るかった。
他にも窓はあって、見回すと左から、壁、窓、壁、窓、壁、レティシア、壁、入口。
八角形の部屋になっている。
その中でも窓に嵌まり込んだレティシアはまるで壁に掛かった美の女神の胸像だ。
アカリはじっくりと観察した。当然解決のために。
「なる程。外側の窓を隠していた壁は下にスライドするようになっていたのか。レティシアにさんが手を突いたのと変形のタイミングが重なったんだ。嵌まり込んでると言うより、掴まるところがなくて動けないというところかな」
別にお腹とか胸が引っかかっているという事ではないのだ。少し外に押し出せば、簡単に抜けるだろう。
「さあ、
無難なところ、肩を押す事になるのだが、それだと関節が変な方向に曲がってしまわないだろうか。アカリは窓のあたりからレティシアのお腹、肩周り、胸周りを丹念に観察する。
「近い近い!ヘンタイ!」
「そう言われても」
「アカリさんは後ろ向いて座ってて……もうちょっと近く。私があなたの背中を押すから、ちゃんと踏ん張ってくれればいいの!」
アカリはレティシアに言われるまま、屈んだ姿勢で背中向きに進む。
「は~い。そのくらい。」
手を着く所が欲しかっただけなのだから、アカリの背中を軽く押せばよい。
ただ、近くに迫った想い人の背中を前に、レティシアは思ってしまったのだ。これはチャンスだと。
「も、もうちょっと下がって……えい!」
「レティシアさん、僕の背中を押すんじゃなかったの?どうして抱きついてくるんだい?」
「いいの。しばらくじっとしてて」
再会の勢いが削がれた以上、キスなんて恥ずかしくて出来ないが、代わりにこうやって抱きつくくらいは許して欲しい。
「何か、こんなこと前にもあったね」
「さあ?私は気を失っていたから、覚えてないし」
山での痴女事件の頃からすれば、格段に進歩したと言えるだろう。
「温かいね」
「うん」
こうなると、レティシアがくっついたまま、アカリに引っ張られる方が良いという事になって、結果彼女に潰されたアカリが背中に良いものを感じたりした。
さて、二人の自制心はどこまで保たれるのやら。
「ところでアカリさん。ここのギミックは作動しないって言ってました?言ってましたよね?」
「照れ隠しに煽ってくるの、止めていただけませんか」
「うるさい!エッチな人には言い返す権利はありません」
「……この石を君が受け取ったのは、青い惑星だったろ?だから、向こうの月限定での話だと思っていたんだ」
「結局何だったの?」
二人は塔の外に出た。
わざわざここまで伸びた塔だ、何か変わったことが起こっているかもしれない。
「巨大な月が塔の真上に……!」
「ないですね……」
元々どのように作動するのが正解かわからない。だから今の状態が正しいのか半端なのか判断ができない。
「帰ろうか」
「うん」
調査らしいことは何もしていないが、ここで切り上げても構わないだろう。
「レティシアさんは外で待ってて。僕が石を取ってくるから」
「え?ありがとう」
「もう何もないと思うけど。僕がどっかに飛ばされちゃったら、遺跡の入口にバギーを置いてあるから、いったんそれでハイペリちゃんのところまで戻って」
「……そういうこともあり得るのね。でもアカリさんは大丈夫なの?」
「まあ、僕は訓練を受けているし、装備も一応持ってきてるから、一週間くらいは大丈夫。宇宙空間に飛ばされたら一瞬だけど!」
アカリの宇宙船乗りジョーク。どこまで本気かわからないので、一般人には全く面白さが伝わらない。
それでも、石を祭壇から取った瞬間にアカリが恒星の中心に転移させられたり、塔が崩れたりという事はなかった。
「はい、返すよ」
「ありがと。アカリさんがあんなこと言うものだから、ちょっとドキドキしちゃった」
「いいかい?一つ教えてあげる。フラグって言うのは折りに行くと良いんだよ!」
自分からこうしてね、ワザと発言することによって……。
アカリの力説を余所に、レティシアはこのお付き合い、早まったかも知れないと思っていた。何度目だろうか。
アカリからネックレスを受け取り、かけ直す。
「あれ?」
「どうした?何か問題でも?」
「うん、ちょっと……」
レティシアは月の石に付いている、4つの宝石を覗き込んだ。
さっきまで赤と青の2つの宝石の中でうごめいていた炎が消えている。
「火炎竜と水竜が、消えかけてる……」
「え?竜?何」
「ん、そうよ。……ココの宝石に住んでるの。おーい、君達大丈夫か~」
レティシアがまた変なことを言いだして、石に話しかけている。
珍妙な行動だが、そういえばさっきも見た。
「どういうことだ?」
「ん~説明するのは難しいんだけど」
「いや、結構!」
「ええ!?気になるでしょ!?」
「そこに、理由があってドラゴンが住んでいるなら、もうそれでいい、お腹いっぱいだ!」
「どういう事って聞いたの、アカリさんだよ!」
「いいんだ……僕は静かに飛んでいたいだけなんだよ……」
アカリがあまりにも悲しそうにつぶやくので、レティシアはそれ以上の追及をやめた。
喉まで出かかっていた言葉は飲み込んで。また近いうちに吐き出すだろうから、今はいいのだ。
「それで、どうすればいいんだ?」
「分かんないよ。なんか良さそうな所に置いておくしかないんじゃないかな?」
「このへんに置いていこう」
「駄目よ!この子たちは私の家族なんだから」
レティシアに「家族」と言われてしまうと、無理に取り上げることもできない。
この人にはもう、家族と呼ぶことができる人達は全ていなくなったのだから。
「えっと、船に火と冷気の次元鉱石がある。一緒に置いておけば、少しは足しになるんじゃないか」
「さあ、本当にもう戻ろう」
「ハイペリちゃんを呼べないの?……登っていくのはちょっと面倒だよね」
別に疲れたわけではないが、便利なものがあるならば頼りたい。
「遺跡が邪魔をしてね、外への通信はエネルギーをすごく使うんだよ。バギーまで行けば通信できないこともないけど。それに今は町で客引きしてるから動けないんだ」
「私の居場所は分かったのに?」
「レティシアさんに渡したその通信機はビーコンにもなっていて、弱い電波を周期的に発信しているんだけど、たまにほんの一瞬、遺跡の妨害を抜けることがあるんだよ。それを解析した。さあほら、バギーまで急ぐよ。二時間のドライブデート。お付き合い頂けるだろうか」
「もちろん!」
「ディナーにはちょっと早いけど、着いたら冷たいものでも飲もうじゃないか」
「アカリさんて、本当にステキ!」
グリーンヒルズのプロが先導する帰り道は、道に迷うことはなかった。
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