第10話 01-210 再び塔へ

 僕らには選択肢があった。

 この事象を無視して目的の物を探すことを優先するか、この事象の発生した原因を突き止めるか。

 いや、原因なんて分かり切っている。僕の横で未だに「何でだろう?わかんないな」とか言いたそうな顔を維持し続けている女性だ。

 別に責めようと思っているわけではない。不思議な遺跡なのだから不思議な事は起こるのだ。ただなんか可愛くとぼけているのが気に入らない。

「じゃあ、休憩もできたし、進みましょうか」

 僕は無視して進むことにした。

「ちょっと待とうか、アカリ君!」

「どうしましたベアトリクスさん。原因が分からないものは置いておいて、先に進みましょう。だって分からない物は調べようが無いじゃないですか」

「君って……そんな意地悪な面もお持ちなのね……」

「どうして貴方が照れているんですか」

「……とぼけていたのは謝るわ。たぶん昨日の塔で偶然押してしまったあのボタンが関係しているんだと思う」

 不注意、偶然。故意ではないのは確かだが、あの後も結構触っていたようにも見えたけど。

「私のせいじゃない!そこは譲らないもん!」

 僕の視線が責めているように感じたのか、故意ではないことを強調してくる。相当動揺してもいるみたいだ。まあ誰もボタン一つでこうなるとは想像もできなかっただろう。

 ともかく、遺跡探査の安全性が損なわれてしまったのには違いない。この先に進むべきではないという事だ。依頼は失敗。顧客も分かってくれればいいのだけど。

「ベアトリクスさん、僕もからかいすぎたよ。ゴメン」

「ほんとに悪いと、思ってる?」

「思ってますよ。それで」

「?」

「探検はお終い。依頼は失敗です」

「ええ!?」

「もう一回あの塔を調べてから帰るよ」

 ベアトリクスさんは混乱の中さらに驚いていたけれど、流石に経験豊富な冒険者だ。理由には直ぐに思い至ったようだ。

「ベアトリクスさんも知ってるでしょ?というか、契約にもあったんだけど。この先のね安全が確保できない」

 この先は元々安全かどうか分かっていない。だから本当の理由は帰り道だ。

「そうね……食料の予備は持ってきてるけど、元来た道もどうなってるか分からないから、予備はそっちの備えに回すべきだわ」

「そういうこと。でも、昨日の塔までの道は探査済みだから、あの塔の変化だけは調べよう」

「アカリ君的には、昨日目的地が違った時点で帰る選択をしてもよかったんだもんね。私が探検したそうだったから合わせてくれたんでしょ?」

「いや、今朝までは結構楽勝なつもりだったよ」

「そうなの?」

「僕も探検素人だしね、退き際の見定めは難しいよ」

「君が素人な訳があるか!」

 少し楽しかったのは秘密だ。そうでないとこれからもずっと誘ってくるだろうから。


「ホント、ピクニック日和ね」

 アカリ君の車で引き返しはじめて数分。本当にいい天気だ。景色も怪しい神殿とは思えないほど綺麗だ。柱はシミ一つ無く白いし、水面も土埃一つも浮いていない。

「どうして柱も水面もこんなに綺麗なの?」

「それはロマンチックなささやき?驚いたときの独り言?」

「両方よ」

 憎たらしい。

 この青年は、この星で一番私の好みに合っているのは間違いない。肉体のスペックは故郷の漢達にも劣らないだろう。探索している間も二人の息はピッタリだった。賢さ、観察力、実行力も申し分ない。……容姿も好みだ。

 ただ、性格は合わないのかもしれない。調子が狂う。キザな台詞だって普通に言ってくるし、さっきもだけど嫌みだって隠しもしない。変なところで頑固だし。

「あのボタンは」

 私のイライラに気付かない彼は話を続ける。

「どこかの水門を開けるだけだと思っていたんだけど、清浄機能も起動させたんだね。ベアトリクスさんが言うように水が綺麗すぎる」

 そうそう。私はとっくに気付いてたんだから。

「あとは水量が謎だな。一晩でこんなに池になるものだろうか」

「それは私も思った。ハイペリオンの上空からの写真にも、水源になるような湖とかは写っていなかったわ」

「よく見てるんですね。そうか、ますます謎が深まる」

 褒められた。

 この程度で嬉しくなるとは。自分で言うのも……この場合は考える、か?どちらにせよ、簡単すぎるな、私。


 バギーは朝のスタート地点まで戻ってきた。

 ここまでで朝と変わったところは特にみられなかった。変化は止まっていると考えていいだろう。

 2人は車を降りて塔に入る。

 窓のない塔の階段は相変わらず暗いが、しばらく上ると光が射し込んできて明るくなってくる。

 遺跡作動のスイッチだと思われるブロックがあった階。

「えっと、ここだったわよね」

 ベアトリクスは昨日自分が座ったブロックを見つけて、表面をぺたぺた触りだした。

「んー、昨日の凹みはなくなってるな……。そういえば朝出るときどんなだったか見てない」

 何という怖いもの知らずのお姫様だろう!ボタン一つで大きな池ができるのだ。未だ知らないギミックのスイッチが多く配置されているだろうその天板を、どうしてそんなに考え無しに触ることができるのか!

「ベアトリクスさん、どうなっても知らないよ。そんなに触っちゃってさ」

「大丈夫。軽~く触れてるだけだからさ。乙女のタッチで」

 アカリはため息をつく。

(絶対この人、また何か押すぞ。ちょっと離れていた方が良さそうだ)

「ベアトリクスさん、僕上に行って周りの様子を見てくる」

 告げるだけで答えを待たず階段を上る。

下から「わかったー」と返事が聞こえた。


 この塔は第三遺跡(東)で一番高い。この部屋から遺跡の全体像が見渡せるかもしれない。昨日は野営の準備などで確認できていなかったことを思い出して、アカリは記録機で景色を撮影していった。

「あっ」

 下の階からベアトリクスの声がした。

 何かしてしまったのだろう。続きがないのは、恐らく誤魔化そうとしているのだろう。アカリは全てを読み切っていた。

「ベアトリクスさんってポンコツ系なのか?前はそうでもなかったよな」

「え、ちょっと、ナンデ」

 階下からは小さいが焦る声。アカリからポンコツ認定を受けたばかりだというのに。これはポンコツ殿堂入りも夢ではない。

「帰りたいな……」

 アカリにしては珍しく、弱気が出てしまう。つい思ったことを口にしてしまった。

「さて……」

 ポンコツ美女を助けに行きますか。弱気を振り払い、階段へ向かうため振り向いたときに、それに気が付いた。

 祭壇の上に、見覚えのある形。いつの間にか神具が復活していた。

「えっ?あ、ベアトリクスさん!ちょっと!」

「アカリ君!?こっちもそれどころじゃないんだけど!助けてよ」

 助けてと言われるまで酷いことになっているとは、アカリも思っていなかった。アカリの中ではポンコツ殿堂入りした彼女だが、今まで様々なトラブルを乗り越えてきたのも事実。

 バッグから箱を出して祭壇の上の神具を丁寧に納める。事前の調査通りに箱にはぴったりと納まった。

「ここまでぴったりって、偶然としてありえるのかね」

 遺跡は、星団内の各所な点在する似たような遺跡は、各星の各地域で発生した文明が遺したもの。形が似ていても偶然だ。だって、巨石文明までしか達していない古代生命体が星間移動ができる筈がないのだから。

 箱に入れるときにちらりと見えた、アルファベットとアラビア数字のような「模様」は気付かなかったことにした。

「ベアトリクスさんは静かになったな」

 階段を降りると、フロアの様子はひどく様変わりしていた。整然と並んでいた石のブロックはフロアのあちらこちらに散らばっていた。ブロックの表面はスイッチが押された結果なんだろうか、凸凹している。勝手に動いているものや光っている物まであるようだ。

「ベアトリクスさん、どこですか」

 フロアを見渡すが、ベアトリクスはいない。彼女が持っていたバッグはあるのだが、本人がいない。

 ついでに上ってきた階下への階段もなくなっていた。

 床の移動があったのだろう、今は止まっているみたいなので、とりあえずベアトリクスを探す。天井に張り付いてはいない。血の痕もないのでブロックに潰されたわけでもない。

 通信機が使えれば良いのだけれど、エネルギーの大量消費はまだ避けたいところだ。

 ベアトリクスのバッグを拾い、階段のあったフロアの中央へ戻る。床に触れてみるが穴などはなくまるで元からあった頑丈な床のようだ。

「ベアトリクスさ~ん」

 大きな声で呼んでみる。静かなところだったら、100メートルは声が届く自信があった。

 何度か呼ぶが返事がない。

「これは、良くない気がするね」

 自分一人ならば、この程度の塔からの脱出は問題ではない。ベアトリクスもそのはずなのだが、仲間をおいて脱出を優先させるか、悩むうちに間に合わなくなるということも考えられた。

 死なせたくない相手ではあった。好意もそれなりに持っていた。恋人としてかというと、まあ勘弁してほしいが。それよりも、こちらからお願いしてパーティーを組んだ相方の王女様を死なせてしまったら、どうなる?

 非常事態にまずは保身を考えてしまう、ヒーローには少し不向きなアカリである。

 いろいろと言い訳を考えていると、通信機に着信があった。左腕の金色の腕輪を操作して確認すると、メッセージがあった。

『下。地面』

「下?」

 アカリがフロアの端から下を覗き込むと、ベアトリクスが上に向けて手を振っていた。無事だったようだ。

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