第21話 Route 666
『さあ、
朝焼けを浴びて上陸してくる、体重百トン超の巨大バッファロー型魔獣クユータの群れ。
魔王の合図で最初に上陸した、先導役が千頭ほど……
その背中いっぱいに騎乗する護衛役の魔獣や魔人たち、上空には偵察と警戒担当の鳥型魔獣たちの姿。巨大都市ロサンゼルスの廃墟を蹴散らし、一路東へ向かって突き進む。
彼らを見送り、僕らが乗る一頭も動き出した。
その後に続く、先陣の本隊。
長大な砂浜を埋め尽くして休息していた魔獣の半数を、その背の上に騎乗させつつ上陸してくる。二日ほど後れて出発するだろう後陣まで全て数えるなら、およそ百万という魔獣と魔人からなる魔王の軍団。彼らによる北アメリカ大陸横断の旅が、こうして始まった。
「ふぅ、やっぱり揺れるねぇ……」
「大丈夫かの? お兄ちゃん」
ただの人間な僕を心配してくれる、美少女な魔王イヴリス。
海上に比べて、陸を突っ走るクユータの乗り心地は最悪と言ってもいい…… だから速度は抑え気味に、この先の山岳地帯は道なりに進むという。僕のためにね。
「……ぅん、まだ平気だよ」
「無理はするでないぞ」
そう言って、振り落とされないよう後ろから抱きしめてくれる。
先導役のクユータたちも、周りを固めて後に続く彼らも…… 地形なんかお構いなく山頂に駆け上がり、谷を飛び越えて直進していく。騎乗してる魔獣と魔人たちは、振り落とされても自力で元に戻れるらしい。僕だったら、命がいくつあっても足りない……
「わたくしが、運んでさしあげますのに……」
「…………今は、いいかな。ありがとうサラさん」
天使サラフィエルの提案を、丁重に断る。
彼女は、僕ひとりくらい抱いて飛べるという。確かに、その方が楽だし速いだろう。でもね…… 天使一番の美女に抱き上げられたら、僕の理性がいろいろ危なそうじゃん。緊急時には頼むかもしんないけどさ……
そのサラさんが造り使役する、ゴーレムが三百体ほど。
周りを固めるクユータの背の上にあって、僕を直接護衛してくれてる。何体まで使えるのか一度聞いたことあるけど、千体はいけるらしい。それ以上だと、サラさん本体の戦闘力が低下しちゃうからとか…… 天使ってスゴいね。
他にも、偵察隊の司令部になってるクユータが数十頭。
偵察や警戒役の鳥型魔獣ゴラブやサクル、ファハやカトラスまで。交代で飛び立ち、または休憩している様子も賑々しい。
先陣の巨大バッファロー型魔獣クユータ、約二万頭。
見渡す限りの大地を埋め尽くし、多数の魔獣を背に乗せ、巨大な蹄で北アメリカ大陸に荒い道を刻みつつ突き進む。全てを破壊しながら……
「ふぅ 広くて、気持ちよいのう」
「……ホント、大陸ってスゴいんだね」
地図では谷っぽい所も、実際に通ると広々とした平原に圧倒されちゃう。
土地の広さがハンパないし…… さすが大陸、スケールがぜんぜん違うね。
目指す地はニューヨーク、約四千キロの彼方。
その前に立ち寄るとしたら、ワシントンぐらいかな。巨大彗星の落下前に、アフリカにあるらしい地下都市を探したいから、なるべく時間を節約して直行したい。
「こんな大勢でつき合ってもらって、悪いね……」
「なんじゃ今さら、みな喜んでおるぞ」
そうなんだ…… 僕が見る限り何故か、みんなスゴい高揚してる。
預言者として僕を担ぎ上げてるんだろうけどさ…… 僕って、ホントに預言者なんだろうか? それも眉唾だけど…… とにかく今やるべきは人類の捜索と、僕の生き残り策の探索だろうし。得られる協力は、ありがたく受けておこう。
「海の魔獣たちも大変だろうし…… 無理してなきゃいいけど」
「優しいのう、お兄ちゃんは。なぁに、リフヤタンに任せておけば心配いらぬわ」
海の魔獣たちとは、ニューヨークで合流する約束。
全長数百メートルの巨大竜リフヤタンに率いられた彼らは、海上を南から迂回して大西洋に進むらしいけど…… それってスゴい遠回りじゃん。大丈夫かな? 無理して疲れちゃわないか心配だよ。
そう思ってるうちに、進路は道なりに北から東へ。
カーブの内側はともかく、外側はスゴい速度で追いつこうと飛ばしてるし。中心の僕が乗るクユータだって、高速道路を車で走るくらいの速度は出てるだろう。
西部劇の舞台みたいな、乾燥して荒れた山野が続く。
その大地を踏み荒らして突き進む、巨大バッファローの群れ。まるで、人類に対する野生の反乱を見ているかのように錯覚しちゃう…………
「……以上、いずれも同様です」
「やっぱり、どこも廃墟か…… ありがとう」
カトラスからの報告。
翼長三メートル超、大型の鳥型魔獣……アホウドリかな? 彼らには長距離偵察で、世界各地の様子を伝えてくれるようお願いしてる。太平洋と北米は終わってて、最近は南米とアジア方面からの帰還が増えていた。アフリカからの帰還組が待ち遠しいね。
「リーダーと話したいから、後で…… 夕方に停止したら来てくれるよう頼めない?」
「わかりました、向かわせましょう」
ちょっと、試したいことがある。
スゴく小型のカメラをロスで見つけたから、カトラスに装着してもらって偵察のときに撮影できないかと思ったんだ。彼らの報告を疑うわけじゃないけどさ、やはり情報は多い方がいいからね。もちろん彼らにちょっとでも負担なら、止めるよ。
「それじゃあ、ゆっくり休んでね。お疲れさまでした」
「ノア様も、お健やかに」
カトラスを見送り地図を仕舞うと、もう出来ることはない。
イヴリスやサラさんと話すか、雄大な景色を眺めるくらいだ。海上と違って、この揺れでは作業も読書も無理だし。クユータの背中に貼り付けさせてもらった太陽光パネル使って、バッテリーを充電してるくらいだね。
そう、充電は大事。
廃墟で見つけたスマホやタブレットにデジカメ等々…… 撮影データに地球滅亡時の様子がないか確認してるけど…… ロックされてたりパスワード要求されたりもあって、今のところそれらしいデータは見れていない。
PCに接続できれば、AIのメハがなんとかしてくれるかも?
それに外側が破損しててもデータが無事なら…… というわけで、ケーブルやアダプターとかもロスで調達ずみだよ。他にもいろいろ、ね。
「夕刻には停止して、夜は休むのじゃな?」
「そう、それでいいよ」
僕を後ろから抱きしめてる、花のように薫る小さな美少女魔王。
予定の確認に、肯定で答えた。このまま二十四時間乗り続けるのは無理だし、クユータにも休憩してほしい。襲撃への警戒もあるし…… 僕にもやりたい作業がある。
「食事の支度もありますから、助かりますわ」
「いつもごめんね、サラさん」
クユータのモフモフの上に寝そべる、天使一の美女サラフィエル。
僕に向かって、いつもどおり気にするなって言う。けどさ、食事だけじゃなく護衛までしてくれて、何重にも助けられてるし。もう、感謝しかないよ。
「それでは今宵も、お二人は子作りにお励みですわね」
『なっ…… 何を言うておるかぁ?! きさまはぁああ……』
僕が絶句してると、イヴリス叫んじゃうし……
ホント、エッチだねこの…… 天使。念のために言うと、魔王イヴリスはキスまでしか知らないんだし。僕だって、彼女にそれ以上のことはしてないよ。
「アハハ…… ちゅっ」
「ふにぃ! ……お兄ちゃんまでぇ~」
振り向いて、美少女のおでこにキスをした。
真っ赤になって照れてる様子が、スゴく可愛らしいし。もうさ、誘惑がハンパないんだけど………… 健康な男子高校生には無理ゲーじゃん、これ。
それでも、彼女が人類を滅ぼしたと…… 自称しつつ何処かに隠してるかもしれないという疑惑が、僕の理性をギリギリ保たせていた。
真相を知るまでは、何かに流されたくないからね。
『停止ぃ~ 全軍、警戒隊形!』
朝焼けに始まった旅は、夕焼けに中断する。
カラス型魔獣のゴラブたちが、魔王の号令を伝え飛ぶ中。
モウモウと土煙をあげる巨大バッファローの群れが急停止、ゴウゴウと大地を踏み鳴らして隊形を整え始めた。魔獣と魔人たちによって、すぐに防御円陣が組まれるだろう。
その中央にあって、僕らは荒野に降り立つ。
不自然な風が土煙を吹き払い、ゴーレムたちが今夜のキャンプ地に荷物を下ろしてくれる。それぞれ誰かが魔法を行使したんだろう、魔王軍を覆っていた土煙も、いつの間にかきれいに吹き払われていた。
ゴーレムたちは、引き続きテントを張り荷物を広げる。
雑用から解放されて、すっかり甘やかされてるけど…… 時間の節約になるし、ありがたく受け入れてる。そうして魔王が軍団の視察に出かけて、サラさんが夕飯の支度をする頃、僕はアホウドリ型の魔獣カトラスのリーダーを迎えた。
「どうかな?」
「なるほど…… 一度試させてください」
夕飯を待つ間、魔獣カトラスのリーダーと打ち合わせ。
カメラの装着は問題なさそうだけど、問題は撮影が勘まかせなところだね。ちなみに、彼らも魔法を少し使えるから、シャッター操作は問題ないらしい。
「じゃあ…… 明日にでも、どこか近くの街を撮影してみてくれる?」
「分かりました。明朝、何羽か…… ゴラブやサクルにも声をかけてみましょうか?」
まずは、試しに使ってもらうことにした。
撮影データも、明日の夜には一緒に確認できるだろうし。最初はうまくいかなくても、少しずつ工夫していけばいいからね。
「そうだね…… でも、機材の数はそんなにないから」
「では、特に気がきく者を選抜しましょう」
そうしてくれると、スゴく助かる。
データが大量すぎても、僕がチェックしきれないかもだし…… きっと時間も限られているからね。直ぐやること、後でやること ……あきらめること? これからは優先順位をつけて行動しよう。とか思いながら、カトラスのリーダーを見送った。
「おおぅ! 旨いのう」
「ホント美味しいよ、サラさん。またレパートリー増えたね」
「いつもお褒めいただき、おそれいりますわ」
和風パスタに舌鼓を打つ、夕餉の団欒。
美少女な魔王イヴリスと僕、それと優秀なシェフで大人な美女の天使サラフィエル。そして照明役のコウモリ型魔獣ファハの、どこか暖かく…… 優しいあかり。
「そこで、イフリートがの……」
「アハハ…… それ、言っちゃっていいの?」
「それは初耳ですわ、ふふふ…… 」
魔王と人間と天使、ぜんぜん立場の違う三人。
それでも、美味しい食事を囲めば自然と会話が弾む。とある魔人の失敗にまつわる、たわいもない話にも、和気あいあいと盛り上がっちゃう。当人に悪いと思いながら…… ね。
「ごちそうさま、スゴく美味しかったよ。サラさん、ありがとう」
「うふふ…… おそまつさまですわ」
フルーツ缶をデザートに、夕食を終えた。
さて、食後のお茶も飲み終えたら作業を始めよう。まず、カトラスたちに使ってもらう撮影機材の準備だね。それから、廃墟で集めたスマホとかのデータ確認…… けっこう忙しい。
「では、ワシは寝袋を暖めておくかの…… あまり待たせるでないぞ」
「うん…… 眠かったら、無理せず寝ててね」
魔王は眠たげにテントの中へ、サラさんは後片付け。
僕はノートPCを起動して、スマホやタブレットとかの電源もどんどん入れてく。ロックがかかってないのは、そのままデータチェック。開けないのはPCに接続して、AIメハ任せになるだろうね。
「これ…… いつ終わるんだろ?」
大きな箱に何箱も……
廃墟で探し集めるだけでも大変だったし、充電もぜんぜん終わってないしさ。世界滅亡時の撮影データとか、なかなか見つかんないじゃん。…………まあ、気長にやろうか。
「ハロー、メハ」
「ハロー、ノア。感度良好、こっちはどうかな?」
ここでも衛星電話は、ちゃんと繋がっていた。
話す相手は、ハワイ島にある天文台の管理AIメハメハ。情報交換に、一日一度は連絡するようにしている。巨大彗星の観測結果とか、気になるからね。
「そっちも感度良好、何も変わりない?」
「オールオーケー、死神ちゃんも変わりないよ」
彼が言う死神とは、巨大彗星モルスのこと。
彗星にしては異例の巨大さで、地球に衝突するかもってことで
「落下地点は絞れた?」
「今んとこ、EUからアフリカあたりかな。以前に比べると、反対側だねぇ」
マジか?! この先、アフリカに向かうかもしれないのに……
でも、以前は反対側だったってことは、避難用の地下都市がアフリカにあるってのも信憑性が高いね。彗星に意志があるってのも…………
「じゃあ、アフリカにあるって地下都市は絶望的?」
「たぶんねぇ、地殻津波でペッチャンコさ」
…………相変わらず軽い、あまりにも軽い口調のAI。
それはさておき、生き残り人類の捜索先として最有力なところ、僕自身の避難先にも考えてたとこがそれって…… どうすんのさ?
「反対側は? そっちは? メハはどうなの?」
「ボクは地表に剥き出しだから、岩石蒸気で溶けちゃうよ。それに、地下だって可能性の話で確実じゃないよ。この規模の衝突を観測した記録は、存在しないんだからねぇ」
……そもそもAIに死の恐怖とかは無い、か。
どうする? 今からハワイに引き返してシェルター掘るか? 可能性にかけて? それとも地下都市に避難してるかもしれない人類の生き残り探して…… もし居たら事情を話して避難させるべき? ……それって間に合うの?
「星…… きれいだな」
メハとの通信を終え、PCの電源を落として防水カバンに仕舞う。
ファハにも休んでもらうと、仄かな星明かりだけになる。巨大彗星が夜空に姿を現すまでは…… ね。溜息をついて、苦すぎたコーヒーを飲み干した。
「なんなんだろ? これ」
静かな星空の下、僕を囲んで防御陣を敷く魔王の軍団。
陣を敷いたまま休息している、クユータや他の魔獣たち。夜空を照らしながら飛び交うコウモリ型の魔獣ファハたち、地上を巡回するヒョウ型の魔獣アルカト。長い耳をピンと立てているのは、不寝番のウサギ型魔獣アルナブ。
僕につき合って護衛してくれる魔獣たち。天使と、彼女のゴーレムもね。
「みんな何考えてる? 人類のこと…… 最後の一人の僕を、どう思ってる?」
たとえ聞いても、その真意は聞きだせないだろうね……
今は考えても仕方ない、もう眠ろうとテントに向かう。
中で待ってるだろう魔王の…… 美少女の花のような心地いい香りを、不意に思い出す。
(どうしよう?)
その薫りが、優しい温もりが…… スゴく愛しくて…… むしょうに欲しくなった。
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