第13話 呼んでねぇ
タァーン
「お兄ちゃん? どうして…………」
銃声は、思いのほか響いて魔獣たちの動きが止まる。
イヴリスまで驚いちゃったけど、肝心の敵の様子はどうだろう? 素人の僕が撃った銃弾が当たったとは思えないけど……
『僕だぁ! 心配ない』
タァーン タァーン
左からの敵へ、続けて二発。
味方の魔獣たちに絶対当たらないように、ただそれだけに気をつけて撃った。敵の動きを一瞬でも止められるようにね。そう、けん制になればいい。
タァーン タァーン
『これでおしまい』
次いで振り向いて、右の方へ二発撃って弾が切れた。
カラになった拳銃を、一瞬捨てそうになって止める。敵に弾切れを教える必要はない。問題は、僕のアドリブが戦闘にどう影響したか? 味方を邪魔してなきゃいいけど……
「ふっ やるではないか」
「急に邪魔してごめん。あと、もう銃弾がない」
イヴリスに褒められて、少しホッとした。
味方も動き始めて、カルブとアルカト…… 狼とヒョウが敵を激しく攻撃する。空の方でもファハが何者かを追い始め、ゴラブたちが飛び立っていく。
「何を言う、十分じゃ。見よ、アホウどもの慌てようを」
魔王の言うとおり、敵の動きが鈍い。
素人の僕にも分かるほど、戦闘は有利そうに見えた。人数は、敵の方が倍くらい多いみたいだけど。僕の射撃が少しでも役に立って、魔獣たちが無事だったら嬉しい。
「うん、役に立って良かった」
「にしても、少ない手数を最大効果を狙って最初に使い切る度胸…… 惚れ直すわ」
僕の考えを普通に言い当てるし、やっぱり魔王は魔王か。
命令を出した後は、戦い方をそれぞれ群れのリーダーに任せて、スゴイ戦い慣れしてるように見えるし。こんな小っちゃな美少女なのに、貫禄がハンパない。
「勝てる?」
「ワシの
語尾に美少女口調を使って、僕を安心させようとしてくれてる?
前方で敵を蹴散らしたゴーレムが引き返し始めてるし、僕にも味方が優勢に見える。でも、敵の手数がこれで終わりだろうか? なんて思ってるところに、アルナブの警告。
「「「上! うえ、防御して!」」」
「リヤーフ・デルゥ」
アルナブの警告に、即座に魔王の詠唱。
空から舞い降りてきた半人半鳥の…… フクロウ? を見えない何かが弾く。そこにファハに導かれたゴラブたちが下りてきて、敵フクロウを突つきまわして追い払っ……
「「後……」」
シュバッ
アルナブの警告も間に合わず、背中の方から鋭い音。
慌てて振り向けば、宙に浮かぶ男が一人。イフリートのような褐色肌に角を生やしたスキンヘッド、襲撃者の精霊だ。
「ちっ 邪魔しやがった」
『きっ きさま!』
魔王が飛び上がり、僕と精霊の間に割り込む。
気がつけば、奴が放ったらしい魔法が後方の山羊たちを傷つけ倒し、その中で翼をひろげて立ち塞がる魔獣サクルが一羽。その体から激しく噴き出している、血!
「なっ ……なんてこと!」
きっと僕を庇って、敵の魔法を受けたんだ。
スゴイ傷を受けながら微動だにせず、敵を睨んでるサクル。震えながらその体を抱きしめる魔王、彼女の月白色の髪がサクルの血の色に…… 怒りに染まっていく。
「呼ばれて飛び出て、ジャジャジャ・ジャーン」
『呼んでねぇ!』
無駄に陽気で空気を読まない男の、意味不明な発言。
ピシャリと遮る魔王に、ひょうきんな仕草で肩をすくめてやがる…… なんだよ、こいつ?
「……しぬな、死んではならん…… ダメなのじゃ……」
おそらく致命傷を受け、ぐったりする瀕死のサクル。
その血塗れの体を膝の上に抱きしめて、小さく囁きかける魔王イヴリス。僕が山羊から飛び降りて近寄ると、無事だった魔獣アンザたちが集まってきて、僕らを庇ってくれる。
「…………」
「しゃべるでない、傷にさわる。……ワシが、ワシが連れてきたばかりに……」
ちからなく、くちばしを動かすサクル。
だんだん、動きが鈍っていく…… チラッと男の方を見ると、こっちを攻撃するでもなく、腕組んで首をかしげて呆けてやがる。ホント何なの、こいつ?
「呼ばれず飛び出て、ジャジャジャ・ジャーン」
『やかましいわ!』
『なっ 何考えてんだ、バカヤロウ!』
男の戯言に腹立って、思わず僕まで怒鳴っちゃう。
その声の響きに、まわりの静寂に気がついた。そう、戦闘が止まってる。味方の魔獣たちは敵を警戒しつつ、その敵も動きを止めて戦場はしんと静まっていた。
「…………あの~」
「死んだぞ……」
魔王の膝に抱かれ、鷹型の魔獣サクルは静かに息を引き取った。
僕の命を守ってくれた者の死に、心が締め付けられる。それでも、まわりの雰囲気の異様さが気になった。さっきまで激しく戦っていた者どうしなのに、味方だけじゃなく敵までもが、ひとりの死をこんなに気にするなんて、理解が追いつかない。
「……うぅ ワシに、ワシなんかに…… ついてきてくれたのに」
肩をふるわせ、嗚咽を漏らし始めるイヴリス。
その横に寄り添い、触れ難いものを感じつつも勇気を出し、そっと華奢な肩に手を添えた。覗き込んだ美少女の顔は、ポロポロこぼれる大粒の涙に濡れ、自らを責める言葉を小さく呟いている。かける言葉が、僕には見つけられない。
仲間の死を悟ったんだろう、サクルたちが集まってくる。
「…………すまぬ」
ただひと言だけど、配下の魔獣を思う魔王の気持ちがよく解った。
サクルたちにも解っているんだろう、彼らは何も語らず、ただ静かに頭を垂れた。
「おまえたち………… うっ ぁあ…… こんなところで」
サクルたちの気持ちを察したのだろう、魔王の嗚咽が大きくなって……
「あぅああ…… 死なせてしもうたぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ………… 」
大気をビリビリ震わせるほどの、慟哭。
天を仰ぎ牙を剥きだして、羊角を揺らし涙を滝のごとく流し叫び泣く、魔王。たかが配下の魔獣ひとりへ向けられた情の深さが、居並ぶ者の心に染み入る。
見れば敵のすべて、例の男までがピタリと平伏し、魔王に頭を垂れていた。
「我らが天使さま、どうかお許しを……」
『はぁあ?! 黙れジャーン!』
許しを請う男、ジャーンの言いようが逆鱗に触れたか?
流した涙が沸騰するかのように、悲しみが一瞬で怒りへと変わった。
『よくも我が
「ひっ ひぃい!」
サクルの遺骸を抱いて立ち上がる、魔王イヴリス。
ドンッ!! ズォオオオオ…………
魔王が地面を踏みつけると、突き上げるように大地が跳ねる。
『ぅおおぉおぁあああああああ……』
まるで地獄の底から湧き上がる唸り声が、グラグラと激しく大地を揺らす。あちこちで地面が裂け、巨大地震に見舞われたかのごとき衝撃に、敵も味方も倒れ伏して恐怖に震えるしかない。ただ一人、凜と立つ魔王その人を除いて。
『我が光よ、愚か者どもを殺し尽くせ…… コッル・ヤクトル・ダウゥ』
眩しい光をまとい、詠唱する魔王イヴリス。
敵の誰しもが死を覚悟したであろう、そのとき。恐怖を振りまく小っぽけな体を、背中から抱きしめる白い手、白い衣に白い翼。
『止めるな! サラフィエル』
「駄目ですわ! あなたが本気で魔法を行使しては、箱が……」
天使に諭され、悔しげに息を吐く魔王。
全身にまとっていた光が、スッと消えた。それに…… 箱って、魔王が前に言ってた大切な箱のこと? この状況と何の関係があるんだろう。イヴリスが天使と呼ばれたことも気になるけど、さすがに今は聞ける空気じゃない。
「ふんっ 今だけはサラフィエルに免じて見逃そうぞ、さっさと去ね!」
「賢明ですわ。さっ、そちらの花屋さんも」
許しはしないが、今は見逃すと言う魔王。
たしかイヴリス、相手が名乗らないのに男の名前呼んでたし、サラさんもだ。おそらくこの人たち、知り合いなんだ。それが襲ってきたり戦ったりって、どうなってるの? これ。
「でっ ですが、て…… 魔王さま」
『ただし! 次はないと心得よ。今度その
男…… ジャーンの弁明を、ピシャリと封じる魔王。
そのまま振り返ると、サクルの遺骸を優しく抱いて、山頂への道を歩いて行く。配下の魔獣たちがその後に続いて、襲撃者の方も男を残して立ち去って行くようだ。僕の側にはアンザが一頭とファハ一匹が残り、天使とゴーレムが周りを固めている。
「は~い、ケガした子はこっちにいらっしゃい」
サラさんは、傷を負った魔獣たちを治療するらしい。
目配せで促されて、僕もアンザに騎乗してイヴリスを追うことにする。ゴーレムたちが後ろを固めてくれて、護衛が心強い。
だけど、僕の立場ってホント…… 何なんだろうね?
(突然、手のひら返しで殺されちゃったりして………… ね?)
「天使さま、ありがとうございやす」
「あら、借りを返しただけですわ。お花のね」
傷を負った魔獣のみならず、襲撃側の精霊まで治療する天使サラフィエル。
かつて特注で買い求めた花の礼だと、笑いながらにうそぶく。そうまでされては、ジャーンも頭が上がらない。それゆえに、イフリートの命令と板挟みになって悩むことになった。
「あっしらは、どうすりゃ……」
「あらあら、まずは、仲直りなさることね」
出来るわけねぇと、苦笑いのジャーン。
天使の方は、そんなこと訳もないとばかりに話を続ける。
「明日あたり、お花を持ってお詫びに来なさいな。お花屋さん」
「……花っすか? なんで?」
「あら、女の子を口説くなら、まずお花でしょ」
(いやいや、魔王に告白しようってんじゃないんだから…… おっかねぇ)
あの魔王に告白などしたなら、今度こそ確実に殺られるだろう。
「さあ、これでいいわ。やんちゃさんたち、今日はお帰りなさいね」
「へぃ、ほんにありがとうございやす」
ジャーンは部下への治療に礼を言い、立ち去ろうとするが……
「いいこと、仲直りするのよ。ちゃ~んと仲直り出来たら、わたくしは今日のこと見なかったことにして、あ・げ・る・わ。うふふ……」
釘をさされて、冷や汗が滝のように吹き出す。
魔王のことを思ってとはいえ、神の通達に背いての襲撃である。上に報告などされようものなら、部下ともども処刑は必至だ。しかも目的を達さぬままでは、ただの犬死にであろう。
「あと、イブリース…… イヴリスの邪魔をするおつもりなら、わたくしがあなた方を皆殺しにしてさしあげましてよ。オーホッホッホ!」
応えに窮していると、さらなる脅迫に気を失いかけた。
力の差は歴然、この天使ならニッコリ笑いながらやってのけるだろう。もはや進退極まり、部下の命が惜しければ、この化け物に従うしかないとジャーンは悟った。
「………………明日、必ずめぇりやす」
か細い返事に、天使一番の美貌でニッコリ笑い返すサラフィエル。
深々と頭を下げたジャーン、もはや顔を上げる勇気もなく、そそくさと部下を引き連れ立ち去っていく。今夜中に花を用意せねばと、心中で焦りながらに。
(こっちの天使様も、おっかねぇ! あっしにはもう無理でさぁ、イフリート様ぁ~)
「……イヴリス」
横に並んで手を差し出すと、握り返してくる小っちゃな手。
「お兄ちゃん……」
山羊の背に引き上げようとすると、自力で跳んでくる美少女。
そのままアンザの背の上、僕の前に横座りに納まった魔王イヴリス。僕は、彼女が抱いてるサクルの遺骸ごと、小っちゃな体を優しく抱きしめた。
「……死なせてしもうたのじゃ」
「僕を庇ってくれたんだね…… ありがとう」
僕に身をあずけて、涙をこぼすイヴリス。
ごめんと言いかけて、ありがとうと言い直す。だってさ、謝ったりするのは何か違うと思うし、彼の勇気を汚しちゃう気がするから。
「ワシからも…… 感謝じゃ」
「うん……」
血に塗れたサクルの首を引き寄せ、その頬に優しく口づけるイヴリス。
僕も反対側の頬に指で触れて、そっと撫でた。きっと夜目が利かなくて敵が見えないから、反撃するよりも僕を庇う方を選んだんだね。スゴイ勇者だよ、君。
「……襲ってきたひとたちって、知り合いなの?」
尋ねても無言だけど、微かに頷いてくれた。
やっぱり、そうだ。そして、襲ってきたってことは、イヴリスが世界を滅ぼしたことや僕が預言者と呼ばれることと、何か関係があるんだろう。
「えっと、どうゆう……」
「ジャーンは気配を消すのが得意じゃからの、ワシの油断じゃ。……すまぬ」
聞こうとしたら、魔王の呟きに遮られちゃう。
そうだね、いま聞くべきことじゃない。そんなこと後でいい、後でいいんだ。
「お墓、作ってあげなきゃね」
今度はハッキリ、コクリと頷いてくれる。悲しげな美少女。
疲れたように、僕に体重を預けてくる。僕は彼女がゆっくり休めるように優しく抱きとめると、勇者の血に染まった月白色の髪に、そっと口づけた。
(君は、こんな小っちゃい体に何を抱えてるの?
……それって、僕には手伝えないことなのかな?)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます