美少女魔王と人類最後の僕の日常9~

もるすべ

第9話 温泉と美少女魔王

「ふわあ~ 気持ちいいのじゃ」

「ほんとう、ス・テ・キ ですわ」

 温泉の湯に恍惚とした表情で蕩ける、美しい女子が二人。

 清々しい夏空の下、波打ち際の露天温泉につかって、惜しげもなく目映い裸身を披露している。直ぐ目の前には、遥か遠くアメリカ大陸まで続く太平洋が、魔王と天使に傅くように凪いでいた。


「お兄ちゃんも、一緒に入ればいいのに…… ぶぅ~」

 不満そうに、頬を膨らませる美少女。

 身長百四十に満たない華奢な体に、健康的な褐色肌。月白色に輝く長髪を今は結い上げ羊の角を揺らしつつ、緑色の瞳を愛しい人がいる方へと向ける。はにかみながらも見て欲しいとばかりに、控えめな胸をときめかせ頬を染める、魔王イヴリス。


「いろいろお調べですから、きっとお忙しいのですわ」

 いっぽう、おっとりすまし顔な美女。

 身長百六十ほどのグラマラスな肢体、透き通る白い肌、結い上げた金髪。今は湯気に曇った黒縁眼鏡をハズして、瑠璃色の瞳と天使一番の美貌をさらしている。気持ちよさげに白い翼を温泉に浸し豊かな胸を湯に浮かべ、ご満悦な様子の、天使サラフィエル。


「しかし、日本では裸で入る決まりとはな…… こんな外でのう」

 そんなことはない。

 これが平素なら、湯着などを身につけるのが露天温泉のマナーだろう。ただしかし、世界も人類も魔王が滅した今となっては、気にすべき他人の目などない。人類ただ一人の生き残り、魔王の思い人を除けば。


「とりま…… 気持ちはよろしゅうございますわ」

 ザバリと立ち上がり、イヴリスの視線の先へ振り向くサラフィエル。

 湯が滴る白翼をひろげ遠くに眺めやる、大量の資料に取り組む少年の姿。第一夫人に推したイヴリスに一向に手を出さない少年に、何かきっかけがあればと混浴に誘ったところではあるが…… 安定の朴念仁ぶりに呆れが止まらない。

(もう! お子ちゃまなんですから、ノア様ったら)


ブルブルッ バサササッ

「ぶっ! 何じゃきさま」

 翼を震わせ、盛大に水滴を飛ばしたサラフィエル。

 無意識なのだろうが、顔に水しぶきを浴びせられたイヴリスは堪らない。とっさに、傍らに控える魔獣バトリークに反撃を命じようとして、さすがに魔王げないと思いとどまった。


「あらあら、ごめんあそばせ」

 タオルを手に優しく、魔王の顔を拭いてあげる天使。

 魔王の方は不満そうだが、その様子は仲の良い姉妹のようで微笑ましい。




「だいぶ集まってきたね」

 ノート片手に資料に目を通していた僕は、ふと顔を上げた。

 倒壊して廃墟と化したホテルに羽根を休める、カラス型の魔獣ゴラブたち。波打ち際をヨチヨチ歩いている、ペンギン型のバトリークの群れ。かわるがわる、空いてる男湯の方で水浴びしてるのも可愛らしい。何種類なのか、何万…… 何百万いるのかも解らない魔獣の中でも、一際目立っているのが……


「巨大なバッファロー、クユータ」

 ゆっくり集結しつつある、百トンを超える巨体が数万頭。

 海や山、廃墟に聳え立つ恐竜サイズの体を、どうやって維持してるかと思えば。土を食べて水を飲むだけでいいらしい。よく観察すれば、皮膚が濃い緑色してるのに気がつく。たぶん、形は動物なのに、光合成でエネルギー作ってるんだと思う。胃とか腸の中に、共生菌なんかも飼ってるんじゃないかな。


「究極のエコ生物かも、スゴい」

 研究して再現できたらさ、食糧問題とか解決しそうじゃん。

 と言っても…… 人類滅亡した後じゃ、研究できる人もいないんだけど。他の魔獣も基本は同じ原理で生きてるみたいだし、人類どころか他の生物まで絶滅した世界でも、彼らは困らないんだろうね。お互いを捕食する必要も、無さそうだし。


「さって…… 読み切れない分は、海の上でかな」

 廃墟を漁って、政府や研究施設とかから集めた資料。

 専門用語も多くて難しいけど概要は見えてきた、あと三ヶ月ほどで地球に衝突すると魔王が言ってた、巨大彗星のね。


「地球への衝突確率、九十パーセント以上……」

 と言われても、ただの高校生にはよく解らない。

 記録も二ヶ月前が最後だし…… バッテリーが残ってたノートPCで日付け確認したから、だいたい合ってると思うけど。それで、魔王が世界を滅ぼし始めたのがその頃みたいだしさ。人類滅亡後の観測情報なんて、あるわけがない。


「推定直径…… 四百~七百キロメートルて?」

 この情報も最初はピンとこなかったし、振れ幅大きすぎない?

 ただ、比較で恐竜絶滅させた隕石の直径が約十~十五キロメートルて書いてあるから…… これ本当なら、とんでもないことにならない? 魔王に滅ぼされてなくても、どっちみち地球滅亡するんじゃないの? これ。


「でも、天体どうしの衝突って……」

 それこそ天文学的な話だし、心配してるだけじゃ埒もあかないよね。

 とにかく情報が欲しい、天文台とか壊れてないのあったら観測とか…… シミュレーションとかね。というわけで、資料やマニュアル読めなくもない英語圏を目指すことにした。具体的には、ハワイに幾つかあるらしい天文台へ。その後は、アメリカ本土かな。


「まあ、何も解んなくても……」

 結果は変わんないだろうし、僕に何か出来るわけもない。

 旅行と思えばいい、人類最後の僕にとって世界を知るためのね。何事もなく過ぎちゃったらさ、落ち着いて定住できるとこを探そう。生きる努力を続けることは、人類最後の僕にとって義務だと思うんだ。たぶんね。


「温泉、僕も後で入ろう。これが最後かもだし」

 誘われたけど、女子と一緒なんて無理だよ。

 女子ふたりに、日本離れる前に何かしたいことないか聞いたら、温泉入りたいって言うから魔王配下の魔獣に、ここ見つけてもらったんだ。建物ぜんぶ倒壊してて、入れるのが露天しかないし、男湯女湯の仕切りも壊れて無くなってる。だからさ、こうして背中を向けてなきゃ、目の毒じゃん。




「いいお湯じゃった~ お兄ちゃんもどうぞ」

 肩越しにまわされる、イヴリスの濡れた両手。

 資料に落ちる水滴。仕方ないと思いつつ注意しようとすると、小っちゃな顎が肩にちょこんと乗ってくる。温泉に上気した頬に、いい匂いにくすぐられちゃうし。背中に押しつけられる控えめなフニフニ…… 服越しにしてはリアルな濡れた感触に違和感覚えて、振り向いてみてビックリだよ!


「なっ なんで何も着てないのさ!」

「ふに?」

 ふにじゃないよ、全裸じゃん君ぃ!

温泉に上気した褐色肌が眩しくて、胸に可愛い桜色が二つ。小っちゃくて華奢ながらも女性らしい体のライン、女の子座りした太腿の間にかげりの無い膨らみ。髪を結い上げてるせいで強調されている細い首筋、はにかむ笑顔もかわいすぎ。


「…………きれい」

「ふふっ ありがとうなのじゃ」

 初めて見ちゃったイヴリスの裸が綺麗すぎて、可愛らしくて、目が離せない。

 知らないうちに伸びた手が、火照った頬を撫でおちて可愛らしい顎を引き寄せた。星の瞬く緑の瞳に優しく見つめられ、そっと唇を撫でた指先が甘い吐息にくすぐられる。


「いいの…… かな?」

「当然じゃ、よいにきまっておろう」

 その言葉に誘われ、そっと唇を寄せていく。

 もう馴染んじゃった花のような心地いい香り、羊の角に刺されないようによけて、鼻の先がちょこんと触れる。閉じられた目元で、月白色のまつげが震えてる。


「……好きなのじゃ」

「ぼっ 僕も」

 優しい吐息にふれながら、そっと唇をあわせた。

 ビックリするくらい柔らかくて甘い、美少女との口づけ。僕とイヴリスが交わす、二回目のキス。スゴいドキドキして、唇を離した後も可愛いイヴリスをギュッと抱きしめちゃう。もう我慢できない、いいよね? このまま押し倒してもさ…… 本能のままに。


ガスッ

「痛っ! つぅ……」

 額に突然の激痛、イヴリスの羊角に刺された?

 手の中からスルリと抜け出す小っちゃな美少女、その勢いのまま手を引かれて立ち上がる。イタズラっぽく見上げるイヴリスを、気まずく見下ろす僕。下心に挫折しちゃった僕には、美少女の無邪気な笑顔が眩しすぎた。


「ほら、温泉に入るのじゃ。背中を流してやろうぞ」

「…………そうだね」

 そういえば、そんな話ししてたね。

 だいたい真っ昼間から何考えてんだよ、僕は。サラさんが見てるかもしれないのにさ、さすがにマズいだろ。というか、イヴリスのことをちゃんと知るまでエッチなことはしないと決めてたじゃんか、僕。


「あらあら、仲がおよろしいこと」

「へっ へへ~ん、いいじゃろぉ」

 イヴリスに手を引かれて行くと、サラさんとすれ違う。

 こっちはちゃんと服を着てくれてて、ホッとする。ただそれでも、温泉に火照った湯上がり美女のしっとりした魅力がハンパない。魔王といい天使といい、健全な男子高校生には刺激が強すぎるじゃん。……わざとやってない? このひとたち。




「な、気持ちよかろ?」

「うん。気持ちいいね、これ」

 ふたりで浸かる温泉、ぬるめのお湯も気持ちいい。

 背中を流してもらってるとき一悶着あったけど、今は落ち着いてくれて、仲良く湯船に並んで海を眺めている。露天温泉なんて初めてだし、眺めがいいって…… こんなに気持ちいいんだね。海風が涼しくて思ったほど暑くないし、日が暮れたら、もう一度入ろうかな。


「ちゃんと持っておるな、安心したわ」

「あ、これ?」

 僕が首から下げている鍵、大切な箱を開けるための物らしい。

 魔王に預けられてから肌身離さず、普段は服の下だけど、今は僕の裸の胸で揺れてる小さな鍵。箱の中身は秘密で、イヴリスが言うまで開けちゃダメらしい。


「そこなクユータ、もうちょい前へ」

「やっぱり大きいね」

 魔王の指示で巨大な魔獣が動いて、僕らを影で包んでくれる。

 海上にも転々と佇む巨大バッファロー、海岸に遊ぶペンギンの群れ、水平線のあたりに時々見える大きな竜みたいな姿。陸の方でも続々と集結する、魔王配下の魔獣たち。


「そろそろ、全員集合?」

「そうじゃな、明日には出発できようぞ。……ふぁああ」

 湯船の縁に仰け反り、大きく伸びをする魔王。

 見た目は小っちゃい女の子だけど、こうして配下の魔獣に囲まれてみると、スゴい存在なんだって思い知らされる。そりゃ、世界を滅ぼせるだけあるよね。肩とか揉んで機嫌とっておくべきかな、僕の我が儘につき合わせることになるんだし。


「きれいだね、それ」

「ふふふ…… 美しかろう」

 イヴリスの胸を飾る、緑色の宝石?

 美少女の裸に魅せられてスルーしてたけど、胸の真ん中、サラさんなら谷間があるあたりに付いている百円玉くらいの大きさの綺麗な石。なんか、肌に直接くっついてるように見えるんだけど…… 魔王だと、そういうのもありなの?


「何か、意味があるの?」

「…………秘密じゃ」

 魔王はウソを言わない。最近、理解してきたこと。

 ウソで誤魔化したりしないで、どんなに聞いても秘密は秘密で終わる。その宝石みたいなのも、そうなんだろう。由来とか聞いてみたいけど、自分から話してくれるまで待つしかない。ただ、そっと手を触れて優しげに微笑む様子が、とても可愛らしい。


「ふふふ…… お兄ちゃんと裸の付き合いも出来たし、日本で思い残すことはないのじゃ」

「……うん、それはよかったね」

 屈託のない笑顔に魅せられ、さっき感じた下心が恥ずかしくなる。

 もしかしたら彼女、キス以上のこと知らないのかも。毎晩一緒の寝袋で寝てて、何もないんだしさ。そもそも魔王って、人間みたいに…… していい存在なの? 女の子の姿をしているからって、僕が勘違いしてるだけ?


「お兄ちゃんとワシの新婚旅行、楽しみなのじゃ」

「…………うん、楽しもうね」

 新婚旅行とぜんぜん違うけど、楽しそうだからいいか。

 巨大彗星で世界の終末がくるのか、人類の生き残りがホントにいないのか、人類生き残りをかけた箱船計画がどんなのか、知りたいだけなんだけど。僕も少しは楽しんでいいよね、旅行とか外国なんて初めてだし。あと三ヶ月くらいで、死んじゃうかもだし。


「ふふふ、幸せなのじゃ」

「うん…………」

 すり寄ってくる美少女の、肩に手をまわして抱きしめた。

 温泉に火照って心地よく薫る小っちゃな体、僕の胸に頬をつけて微笑む様子が、たまらなく愛おしくなる。そっと小っちゃな顎を持ち上げ、月白色に輝くサラサラな前髪をかき分けて、羊の角をよけ、可愛らしいおでこに優しく…… やさしく口づけた。


((愛してる))




グシャッ 

「もぉお! じれったぃぃ …………ですわ」

 サバの水煮缶を力任せに握りつぶした、天使サラフィエル。

 仲を取り持とうと画策した二人のお子様ぶりが、余程もどかしかったのだろう。素手で潰した缶詰から汁が吹き出し、飛び出した魚肉片が鍋に落ちる。「ふう ふう…… 」と荒く息をつきながら、次はどうしてくれようと策をめぐらせる四大天使が一人。


「ふぅ わたくしとしたことが…… 貴重な食材が、もったいないですわ」

 指でひしゃげたスチール缶をむしって、中身をすべて鍋に入れる。

 フレーク状になったサバに、普通に開けた缶詰の豆とトマト、茹でておいたジャガイモを加え火にかけた。廃墟で集めた、雑多な調味料の中から胡椒とガーリックを選び出す。


「海に出たら、食事がたいへんですわね」

 集めた食料と調理器具に不足はないかと、見渡してみた。

 量だけは十分だろうと思いながら、サバとジャガイモのトマト煮を味見して仕上げに入る。皿と缶入りクラッカーを用意して、デザートのフルーツ缶を選んだ。

(今日は、わたくしが好きなピーチね)


「そうそう、次はスタミナ料理を試してみましょう」

 こっそり集めておいた、強壮剤の数々。

 さすがに封印していたのだが、乙女の裸を見せても効果がないとなれば致し方ない。童貞の朴念仁には、強硬手段が必要とみえる。いや、ぜったい必要だと大きな胸を張る。

(このバイアグ…… なんか、よさそうですわね)


「ノア様、きっとギンギンですわ~ オーホッホッホ!」

 愉しげに高笑いをあげる、天使ナンバー四のサラフィエル。

 いっぽうで、厨房の照明を担当するコウモリ型魔獣のファハは、こいつ静かに見守れないのかと呆れていた。ただ、一介の魔獣が天使に意見できるわけもなく、ジト目にした単眼で静かに天使の動きを追っている。


(天使って、こんなアホの子なん?)

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