第10話

 普通の人が陰陽術と言えば、何をイメージするだろうか。

 一番有名な陰陽師でもある安倍晴明あべのせいめいの扱う式神が思い浮かぶ人も多いのではなかろうか。

 もしくは、漫画や映画を代表とするような、派手な火や水を出す術、他には占いをするための占術せんじゅつだろうか。


 同じ技術とは思えない程に共通点のないこれらの術だが、実はその全てが正解である。

 その説明をするには、陰陽道おんみょうどうの始まりから話さなければならない。


 陰陽道とは、一般的には大陸から伝わって来た陰陽五行思想いんようごぎょうしそうに基づいて、日本独自のシャーマニズムであった鬼道きどうなどを吸収しつつ吉凶を占う占術とされていた。

 しかし、平安時代に著名な怨霊おんりょうが生まれ、御霊信仰ごりょうしんこうが最盛期を迎えると怨霊による災厄を回避するために呪術も発達していった。

 その後も、各地で暴れる妖怪に対抗すべく各地で妖怪狩りをしていた侍の技を取り込み、更には大陸から伝わってきた仙術、ローマで発展した《エクソシスト》祓魔師の技術。ヨーロッパからは魔術まじゅつまで、その全てを貪欲に吸収し、独自の発達をした全ての技術を扱う者が陰陽師おんみょうじなのである。

 このような進化の歴史を持つ陰陽道は、多種多様な術を持っており、もはやかつての陰陽術とは別物と言っても良い物となり、炎を飛ばす術や標的を氷漬けにする術といった、攻撃的な術が一般的になったのである。

 最近は人手が足りないこともあり、効率良く妖怪を退治するために強力な破壊の力を持つ術が尊ばれているため、そのような術師が増えている事から古い時代のような占術、呪術を専任とする陰陽師が減少の傾向もあったりする。 


 つまり何が言いたいかといえば、ヒーローや超能力者みたいな派手な術を使う術者も、占いをする人も怪しい呪術師も全部ひっくるめて陰陽師であるということだ。


 私も例に漏れず、様々な術を扱うのだが、そもそも私は祈祷師きとうし、または巫女みこと呼ばれるような術者なのだが、主に扱う術は占術や穢れを祓う術、神楽かぐらなどの神事であり戦闘に長けているとは言えない。

 とはいえ、泣き言を言っても状況が変わるわけでもないから、慣れない術を使うしか無い。


 今回、私が使う術は呪術である。祈祷きとうと呪術は表裏一体であり、祈祷も見方を変えれば呪いである、という旨の解釈を利用して呪術を強化出来る事もあり、巫女が扱うことの多い術だ。私も苦手な分野ではあるものの、戦闘をせざるを得ない時によく使う術の一種である。

 しかし、今回は結界の内側の敵を殲滅する訳で、こちらに有利なフィールドでの戦いになる。だから、例え不慣れな術であっても万が一にも呪詛返しなどをされて負傷することは無いだろう。


 結界の内側に備え付けられた建物から、術の発動に必要な陣を描いた紙を12枚ほど用意して地面に敷き詰めて、意識を集中させる。


 「思惟罪業しゆいざいごう


 術を発動すると同時に紙の上にそれぞれ立体的な山の模型が生まれる。


 「じゃあ、第一区画から順番に呪っていこうか」


 立体模型の山の全体に赤い点が生まれ、それを1つずつ呪っていく作業を始める。


 呪術は苦手な分野ではあるものの、比較的に簡単な術である。相手に悪意をぶつけるという性質上、野良の術士や一般人からなった人に多い傾向がある。その思いの強さによって強力にもなっていくた研鑽が多少少なくてもどうとでもできるという事もある。

 私も、今回は一体一体に真摯に(呪術に真摯というのもおかしな話ではあるが)呪いをかけていく。

 この山から出て行け、という思いと、人に害を加える妖怪を許しはしない、という思いをありったけぶつけていく。


 妖怪たちも馬鹿ではないから、その内に霊力の高まっているこの場所に襲撃してくるだろうが、初日ではそこまで集っては来ないだろう。その間に削れるだけ削っておいて、出来るだけ直接対決を避ける形で進めたいものだ。

 誰だって怪我したくないだろうし、痛いのは嫌なものだ。遠くから倒せるのならそれに越したことはない。


 痛いのは嫌だけど、それでもこの場所は譲るわけにはいかない。

 何者であったとしても、どのような理由があったとしても、どれほど些細な存在であろうと、もしもの可能性すら許すわけにはいかないのだ。


 「この場所に、貴方達は存在してはいけない」


 呪いはいつまで経っても苦手なままだ。

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