第7話

 朝早くから準備に精を出し、予定通りに出発した私たちは山梨に向かう電車に乗っていた。


 「湖夏さん、電車の中から富士山って見えるかな?」


 「鎌倉の結界を超えたら直ぐにでも見えるわよ」


 「楽しみ!富士山と言えば日本最大級の霊山だもんね」


 地形だけで考えるのならば、鎌倉からでも富士山が見える場所はあるのだが、残念ながら本当の富士山を見ることは叶わない

 鎌倉は守護に重きを置いた土地であり、鎌倉の地を覆うように巨大な結界が設置されているのだ。それは様々な理由から、現代にも残っている。


 それらは外からの侵入を防ぐものでもなければ、何者かの通行を遮るような結界ではなく、ただ、内と外を隔てるのみ。

 その主な効果は情報の誤認。外から見えないようにして、内から見える景色を幻術でそう見えるように描いているだけである。それだけ聞くと、意味がないと思うかもしれないが、陰陽術に限らず、様々な術において見えないというのはそれだけで大きな影響を及ぼすのだ。


 例えば、目の前の相手に呪いをかける場合、その相手に向けて使えばいい。離れた場所ならば、その人物の特徴、位置情報を設定して、その相手に届くように使う。

 しかし、その術がどこそこにいる誰々だれだれ、という情報で放たれた術であった場合、対象を探そうとしても見つからない場所にいるならば届くことはない。というように、守りにおいては大きな効果を発揮するのだ。


 という訳で、鎌倉には外の景色が見えない結界が敷かれているので、本当の富士山を私はまだ見たことがないのだ。

 ちなみに、大きく変化した幻を見せようとすると、大変だが同じ景色を再現するだけならば簡単で維持もしやすくなる。この結界は少ない霊力で大きな効果を発揮するという面で見ると、この国でも最高峰の結界の一つなのだ。


 「……なんとか時間を作って町でも歩く?」


 「出来る事ならしたいんだけどね、そんな余裕は流石に無さそうだよ」


 湖夏さんと一緒に知らない街で食べ歩きなんかしちゃったり、そんな事が出来たら楽しそうだけれど、残念ながらそうはいかない。

 そもそも、あまり時間をかけるわけにもいかないから。


 「出来るだけ早く終わらせればその時間もできるかもしれないわよ」


 もしかしたら、本当にもしかしたらそんな可能性もあるかも知れない。それは否定できない。


 「確かにそうだね、手際良く進むようにしようか」


 その為にも、今回の目的を再確認しようと鞄から書類を取り出す。

 今回は鎌倉から甲府に向かい、そこにある陰陽連の甲府支部へと向かう。ここは関東支部の下部組織で、今回はそこで件の前の保管者との会合を行う。


 今回の相手は山梨の甲府で鉄鋼業を営む中小企業の社長。この人物は陰陽師の界隈にも少し関わっていて、軽く事情の説明だけ行われているとのことだ。

 なので、一般人と話す時のように内容に気を配ったりする必要もなく進められそうだ。


 「陰陽連の人から事前に貰った資料だと、甲府の古類こるい鉄工所の社長で今で三代目の会社ね」


 「その程度の情報しかないのね。思ったよりも陰陽連も大した事ないじゃない」


 湖夏さんは割と誰に対しても厳しいけれども、今回、実は陰陽連は凄い事をやっているのだ。

 急に依頼したのに、僅か数日で快く協力を申し出てくれたばかりか、会合のセッティングまで手伝ってくれている。その上で過去の情報まで教えてくれるなんて他に出来る組織があるだろうか。

 その辺りの事を湖夏さんに説明したのだけれど、湖夏さんは取り合ってくれない。


 「そもそも、今回の一件は陰陽連の不始末から始まったのだから、その位は当然よ」


 「そんな事言わずに、陰陽連の大人だって忙しい中頑張ってくれたんだから、感謝しないと」


 ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く湖夏さんに苦笑いしながら、私は改めて電車の外の景色に目を向けた。


 「それよりも、私初めて電車に乗ったけどこんなに早いんだね」


 窓から流れる景色は次々と後ろへと流れていき、山も雲もまるで動いているかのように自ら後方へと向かっていくようだ。


 「人間の作る物はこの程度じゃないわよ。いつか、飛行機に乗る日が来たら、感動もこんなのとは比べ物にならないわよ」


 改めてこんなに大きな鉄の塊が陰陽術を使わずにこんな速度で動いているという事実に感嘆の声が漏れる。

 電車という物は知っていたし、見たこともあるけれど、外から見るのと中から見るのとではこんなにも景色が違うとは思ってもみなかった。

 それならば、空を飛ぶ飛行機はどんな景色が待っているのだろうか。


 「飛行機……いつか、そんな日が来るといいね」


 返事を期待しての言葉ではなかった。

 ただ、気付いたら漏れていただけだった。


 「きっと来るわよ。楽しみにしてなさい」


 それでも、声が誰かに届いて返ってくる事に、なんだか無性に嬉しくなって私は笑顔で頷いた。


 「うん」


 電車は進む。目的地に着くまで、黙々と。

 止まることなく、全てを後ろへと置き去りにして、進み続ける。




 いつからか見えていた本物の富士山が、まるで私達を歓迎しているように感じて、それが鎌倉という地と氏神という家を置き去りにして来たように感じて、居心地の悪さから、気が付けば私は自然と目を背けていた。

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