罰ゲームで告白してきた黒ギャルと付き合うことになった件~あの、これいつ終わるんですか?~

上田一兆

第1話

「手伝うよ」


 優太朗ゆうたろうが日直の仕事で集めたノートを職員室まで運んでいると、クラスメイトの女子に声をかけられた。


「いや、大丈夫」


「いいよ、持つよ。二人で半分こしたら軽いし」


 藤野ふじの結衣ゆいはふにゃりと柔らかく笑い、優太朗の許可も取らずに半分取って先に歩きだした。腰まで伸びた艶のある黒髪が可愛らしく揺れている。


 あ、お礼言いそびれちゃった、と思った。


「……失礼しまぁす」


 職員室に入る藤野の声は緊張して縮こまっていた。それでも優太朗よりは何倍も堂々としていた。彼には1、2個学年が上のお姉さんみたいに思えた。


「あ、ありがとう」


 子供とは背伸びしたい生き物だ。優太朗も彼女のように大人っぽくなりたくて、言いそびれていたお礼を職員室を出た時に言った。


中森なかもり君っていい人だね」


「え、なんで?」


「お姉ちゃんが言ってたよ。きちんとお礼を言える人はいい人だって。だから中森君はいい人」


 藤野はえへへと笑った。同級生に正面から褒められることなんてないから、照れて何も言えなくなる。


「ふ、藤野さんも、いい人だと、思う……」


 ようやく絞り出した一言がそれだった。


「中森君にそう言ってもらえるなんて嬉しいな」


 藤野は優太朗の目をまっすぐ見ながら、はにかんだ。


 彼女はクラスの中心グループに所属していて、明るい子だ。以前から可愛いとは思っていた。でも特に関わりがあったわけじゃないから、好きでも嫌いでもなかった。


 けれどこんな風に言われたら――。


 キーンコーン、カーンコーン。


 予鈴が鳴った。


「あ、次の授業始まっちゃうよ。急がなきゃ」


 藤野は授業に遅れないように、でも先生に見つかって叱られないように、早歩きで教室へ向かった。


 優太朗は彼女を追って走り出した。



「す、好きです」


 授業の合間とかによく話すようになってから一月が経った頃、優太朗は彼女に告白した。


 自信なんて全然ないけど、よく話しかけてくれるし、話している時には楽しそうに笑ってくれていたから、嫌われてはいないと思っていた。


 ドキドキ。


 体育館の裏手で緊張しながら返事を待っていると、彼女の口から息が漏れた。


「フフ、アハハ、フハハハッ」


 藤野は腹を抱えて笑っていた。


 え?


 予想外の反応に思考が停止する。


「ほら、私の言ったとおりでしょ?」


「やっぱ結衣は強いなぁ」


「いや、こいつが弱いんでしょw」


 藤野の声に反応して、校舎の影から3人の女子が現れた。いつも藤野と一緒にいる子たちだった。物陰からこちらを窺い、嗤っていたのだろう。


「これで一年間給食のデザート、私たちの物だからね」


 藤野が勝ち誇ると、もう一人の、賭けに勝ったのだろう少女も得意気に笑みを浮かべた。


「はいはい、仕方ないわね」


 残りの二人は潔く負けを認めたが、その表情には、別に給食のデザートなんて大したことないし、といった感じの強がりが滲んでいた。


「結衣がアンタみたいなの好きになると思った? ミノホドを知りなさいよ」


 一人が優太朗を罵倒すると、残りの三人は同意するように嗤った。


「そういうことだから中森君とは付き合えないの。ごめんねw」


 藤野の目は醜く歪んでいた。今までに見たことのない笑み。純度100%、混じりっ気なしの、人を馬鹿にするためだけの笑顔だった。


 ブツンッ。


 優太朗の中で何かが切れた。


「ウワアアアアアアッッッ!!!」


 小学生の優太朗が涙を浮かべながら飛びかかるのと、高校生の優太朗がベッドから飛び起きるのは同時だった。


 寝汗でぐっしょりと濡れたシャツが肌に纏わりつき気持ち悪かった。呼吸が荒く、肩で息をしていた。


 周囲を見回すと、見慣れた自分の部屋だった。棚に漫画が並べられ、吊るされたハンガーには制服が掛かっている。ごく普通の、冴えない男子高校生の部屋だった。


「ハアァ~、最悪だ」


 優太朗は大きく息を吐き、顔を手で押さえた。ここ最近は思い出すことも少なくなっていた小学生の頃のトラウマを、なぜ月曜の朝に夢に見るのか。間の悪さに何か嫌な予感がして、本当に最悪な気分だった。


 かといって学校をサボるわけにもいかない。


 優太朗は憂鬱な気持ちを抱えながら登校の準備を始めた。


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