第二章◆雷獣と誰かと【side 早弥】

 霊弥れいやくんが落雷の被害にって間もなく、公園には謎の生き物が降り立った。


 茶色と黄色の、とげのような毛並み。耳は丸くて、鼻のあたりでハチワレ。腹は白いけど、表から見るとどこも地味な色をしている。するどいカギ爪は、切れ味が良さそうだ。ふんわりした尻尾が、左右にゆらゆられている。


 何、こいつっ……。


「……ほう……ワシの雷の威力いりょくでも死なぬとは、資質のありそうな男じゃ。やはり! ワシの目に狂いはなかった!」


 幼女のようなかわいらしい声をしてるくせに、話し方はやけにけている。

 しかも、動物なのにしゃべるなんてっ……。

 ……いや、違う。

 こいつは……なんかじゃない。

 あのとき……六年前、僕たち小鳥遊家に押し入り、あったはずの幸せを無感情、一瞬いっしゅんうばった「ナニカ」と同類だ。


「ところで……この男……ずいぶん苦しそうにしとるの。少しばかり強すぎたか? ……はあ。その苦しみを解いてやろう。さあ……来い来い」


 そいつの言葉で、ハッと後ろを振り返る。

 破けた服の胸元あたりを握り、痛みをこらえている。苦しまぎれにゆがんだ顔は、今にも喀血かっけつしそうだ。


 苦しみを解いてやる。


 霊弥くんには……その言葉の意味は、十分すぎるくらいわかっていたに違いない。

 苦しみを解くとは……すなわち「死」だ。

 自分が死のふちをさまよったとき、あのとき痛みは失せ、昇天しょうてんしていく心地がしたのを今でも覚えている。

 霊弥くんだって、同じだったはずだ。


「……断る……」


 必死にしぼり出した細々とした声をに、そいつが滑稽こっけいそうに笑う。

「何が面白い!」

「ほう! ワシのお誘いを断るとは、度胸どきょう大概たいがいにしたまえ。偉大なる天のあやかし、この雷獣らいじゅう雷凰らいおうさまに……」


 雷凰と名乗る雷獣が、そう言いかけた瞬間。


 ブシャッ!! と血しぶきが舞った。


 えっ……!?


「いい加減、だまりたまえ雷凰。雷一族は貴様の父親、雷嵐らいらんで終わるべきだった」


 りんとした男の声に、全員が目を見張る。


 そこにいたのは、人間じゃない。

 陶器とうきのような白肌、深い蒼色の瞳、青みがかった長い黒髪は一つにゆるく結っていて、髪飾かみかざりは、金箔の貼られた鳳凰ほうおうをモチーフにしている。浅葱色あさぎいろの着物には絢爛けんらんとした花の模様があしらわれていて、濃紺のうこんの袴はスカート状で、足の前あたりがスリットのように綺麗きれいに開かれていた。草履ぞうり漆塗うるしぬり加工がされていて、五センチほどですごく高い。そして何より目を引くのは、背中から生えた、白と灰色の巨大な六つの翼。


 この子……人間じゃない……!!


「何をしてるの? わざわざ強い人の状態にもならず、グダグダ人間相手にごとを吐いて。馬鹿なの?」


 その子の持っていた、白と赤の札が、三つに分裂ぶんれつする。


「君が生身の人間相手に暴力をふるうなら――」


 ブシュッと、血しぶきが舞う。


「自分が生まれながらに持った能力を、しみなく使うよ」


 雷凰という雷獣は、全身をズタられ、苦しそうにもがいていた。

 静かに歩み寄り、もう一つの札をかかげる。

「……………」

 ブツブツと、何やら言葉を唱えていた。

 雷凰は黄金の光の中にい込まれると、そのまま消えていった。


「す……すごい……!!」


 か……カッコいい……!!

 一瞬であんな、凶暴きょうぼうそうな雷獣をぶったって倒しちゃうなんて……!!

 ……あれ?

 その後ろ姿には、翼がない。よく見ると、着物には柄もない。髪飾りも、ない。


「え……?」


 おそるおそる近づくと、その子がパッと振り返った。

 すごく綺麗な目をしていた。

 目にたたえられたなみだのせいか、うるうるとれている気がする。


「あ、あの……君は……」

「おまえ、人間か」


 不可思議ふかしぎな言葉を口にされ、思わず顔をしかめ、眉間みけんにシワを寄せた。

 何? 人間かって……。


「僕はヒトだよ! 当たり前でしょ!?」

「馬鹿。おまえが類人猿るいじんえんでもほかの間抜けな生き物でもないことは、見ればわかるだろ」


 な、何……この子……!!

 超腹立ちょうはらたつんだけど……初対面の、どこの馬の骨ともわからない子に、こんななぶりものにされたんだけど!!

 初めて会った人にそんな態度っ……あるわけないよ!!


「ふざけないでよ!! ねぇ!! 無視しないで!!」


 僕が憤慨ふんがいでどうにかなりそうなのも横目に、傍若無人ぼうじゃくむじんに背を向ける。

 だけど――その子は全然、悪意で無視をしているわけじゃなかったんだ。


「その怪我人けがにんるから、こっちおいで」


 その怪我人って……れ、霊弥くんのこと……。

 まさか……霊弥くんを心配して、気にかけて、……ってことだったの?

 ぞ、存外に優しいな……。


「この傷……あやかしの雷か……よく生きれた」

 感心するように言ったその子が、傷ついた霊弥くんの体に触れる。と、


 シュッ


 ……え?

 霊弥くんの、雷による傷、という傷が――な、ない!?


 驚きのあまり、誰一人として声を発することができなかった。強いて言えば、霊弥くんの「はっ……」という息の音。


「図体は普通の人間とさほど変わらないのに……興味深いな。いやしかし、さぞ痛かったと思う」


 何この子、つらつら小難こむずかしいこと言ってるんだけど。すごい歴史的書物に書かれていそうな言葉。


「あ、自己紹介が送れた。俺の名……」


 声からしてそうだとは思ったけど……、君はなんだよね。見た目のせいで忘れそうになるけど。

 その言葉をさえぎるように、シュン、シュン! と素早すばやい光線が飛んできた。


「この子の名前は! 五龍神田寳來ごりゅうかんだほうらいとございます。絶対絶対ぜぇーったいご崇拝すうはいしなさい!」


 赤紫色あかむらさきいろうろこが特徴的な、爬虫類はちゅうるいのような生き物だった。えっと……なんだこれ。

 耳を貫くようなかん高い声がして、キーンと云う。

 な……なんて高音だよ……。

 僕は芸術コースを音楽科、その中でも声楽科に所属しようと思っているから、それなりに高声には慣れているはずだけど……。


「やかましい、天馬てんま。だまりなさい」


 そう言うと、寳來ほうらいくんは手のひらに爬虫類物体(どうやら「天馬」と言うらしい)を載せ、そのまま、


 ブシャッ!


 と、握りつぶした。

 うわっ……気持ち悪いぐらいにグロテスクなことする、この子ぉ……。


「何してるの〜……」

「こいつは俺の妖力ようりょくでつくり出したものだから、同じ細胞さいぼうでできてる。しゃべりすぎでうるさかったから、体内に取り込んだの」


 ……なんか、スゴいねぇ。

 何も知らないほんじょそこらの人間の僕たちからしたらもう、何言ってんのか、わかんないや。

 妖力って何なのかわからないし、自分の力で生き物なんかつくれないし、体に取り込むとか早々に死ぬし。

 ばけものなのかな、この子。


「それじゃあ、俺は早々につよ」

 え、え、待って待って!

 さっき出会って助けてもらったばかりなのに……も、もういなくなっちゃうなんて!

「い、行かないでよ!」


 とっさに手を伸ばしたけど、その子はもう一度翼を広げて、飛び立ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る