鬼狩り紅蓮隊、再び悪路王と相対するの事

「な!?お、おい、コイツ……!!」



金平の突然の絶叫に驚いた影道仙ほんどうせんはつられて上を向く。そこには自分たちに顔を向けてギギギと鈍い音を立てながら「悪路王あくろおう」が再びその動きを再開しようとしている姿が映った。



「そんな!?今の今までピクリとも動かなかったのに!?」



影道仙が「眼鏡」の奥でその目を見開いて金切り声をあげる。「悪路王」はそののっぺりとした顔の表面に蛍のような光をグルグルと走らせ、やがて右目の位置でピタリと止まると、頼義たちに向けて焦点を合わせるようにその輝きを増していった。


鈍い音と共に表面を覆っていた岩盤がバラバラと剥がれ落ちる。その下から再びあの煮えたぎる溶岩がそこかしこから噴き出し、落下しては周囲の草木を焼き尽くして行く。


「悪路王」の周囲を取り囲んでその様子を見張っていた兵士たちが恐怖の叫び声を上げた。最初命じられここ鹿島に赴いて実物を目にした時は、何か趣味の悪い展示品オブジェか何かのように思っていた巨大な岩の塊が突如動き出し、猛烈な熱風と炎を撒き散らして自分たちめがけて襲ってくる。あらかじめ頼義に事の深刻さを説明されてもいまいち実感の湧かなかった兵士たちは、ここにきてにわかに今自分たちが必死の「戦場」の最前線に立たされていることを悟り恐慌をきたしていた。



「みな落ち着け!各小隊長は点呼して人員を確保、速やかに兵を引いて陣形を立て直せ!!」



頼義の叫びも虚しく兵士たちは散り散りになって逃走して行く。人間相手ならば百戦錬磨の坂東武者たちも、よもや化け物、それもこれほど巨大な存在を相手に戦ったことなど当然無く、その対処もわからずにただ恐怖に怯え右往左往するばかりだった。


巨人は足元の人間たちの騒ぎなどには目もくれず、再びその手足をあげて何処かを目指して「進撃」を再開し始めた。



「くそっ、どうすんだよオイ!!このままじゃアイツに蹂躙されるがままだぞ!?」



金平も突然の緊急事態に先ほどまで緩んでいた空気も吹き飛ばされ、背中に少女を背負ったまま頼義に問いかける。先ほどまでウトウトと目をトロつかせていた少女は再び目を覚ましてはるか真上にいる巨人の顔を見上げてはきゃっきゃっと無邪気な笑顔を見せている。



「仕方ない、兵士たちはそのまま散るに任せましょう。下手に号令をかけて足を止めさせたらかえって巨人に踏み潰されてしまう。金平はその子を安全な場所まで避難させて、私と影道仙どのでなんとか足止めを……!」


「ひえええ、それは大役。しかし止められますかねえあの巨人を?頼義どの、もう一度あの『八幡神』を降臨させる事は……!?」


「わかりません、あればっかりは私の意思でどうこうできるものでも無いので……!」


「ですよねー!!そんなに都合よくコトは展開しないかー!!」


「ひとまず散開を!!ひと塊りになっていては!!」



頼義の号令で三人は一斉に三方それぞれ別の方向を向いて走り出した。金平の背中に背合わせに担がれた少女は追いかけっこでも始まったと思ったのか大はしゃぎで手足をばたつかせて喜んでいる。その頭を後ろ手に押さえての中に引っ込ませながら金平は全力で走る。



「金平!!」



遠くで頼義と影道仙が別方向から同時に叫ぶ声が聞こえる。頼義はともかくお前が呼び捨てにするんじゃねえよと頭の中で思いながら金平はチラと後ろを振り向いた。




「な、な、な、なんで俺を追いかけてきやがるんだよバカヤロー!!どうせ追うならあっちいけあっち!!」



金平は影道仙のいる方向を指差しながら逃げ足を加速する。河口に手足を浸していた悪路王が鈍い動きながらも、まずその右手を持ち上げて一歩を踏み出す。続いて左手と右足を同時にあげて前へ進もうとする。その度に川面に高い水柱が立ち、周囲の地面を振動させる。一歩一歩の動きは遅いがあの巨体である、その一歩ごとに金平との距離を少しずつ確実に縮めて行った。


金平はジグザクに蛇行しながらなんとか悪路王の追跡から逃れようと身を隠したり、時には非情にも逃げ惑う兵士たちの影に隠れてまでしてその目を逃れようとしたが、どれだけ手を替え品を替えその追っ手を撒こうと努力しても、「悪路王」は逃すことなく何故か金平だけを執拗に追いかけ回してくる。



「なんだよなんなんだよ!?俺に恨みでもあるのかテメー!?俺はテメーなんぞに怨みを買う覚えはねえぞバカヤロー!!」



金平は肺を焼きつかせながらも渾身の力を振り絞って追っ手をかわそうと走る。その間にも相手に対して悪態を吐く事だけはやめないのだから呆れたものである。


走り続けながら、ふと金平の頭にある考えがよぎった。まさか……



「おい、まさか、追っかけてるのは俺じゃなくて……」



金平の真後ろで悪路王の巨大な手が叩きつけられる。金平は振動に足を取られながらも必死になって距離を稼ごうとさらにその逃げ足を加速させる。



「こいつが目当てあのかあ!?」



金平の背中で、少女は怖がる様子も見せずに悪路王の巨体を見上げていた。

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