金平経範、筑波山に向かうの事
「マジか……これを一人で登れと?」
金平はウンザリと言った顔で天を仰ぐ。なんでまた自分一人こんな目に会う事になったものだか。
陰陽師
異変が起こったのは今まさに出発しようとしたその時だった。物々しい装備に身を固めた
「バカな!!なんととんでも無い事を、その様な事をすればアイツらが黙っているはずがなかろう!!」
佐伯経範が大慌てで兵士たちを取り抑えようとしたが、兵士を率いている在庁官人らしき人物が
「自分は国司代行たる常陸介様より直々に任務を委託されおる。邪魔立て無用」
とにべなく経範を退け、構わずに森に火をつけようとし始めた。
「おい木端役人今すぐやめろ!アイツらだって生きてるんだぞ、焼き払うだなんて何てことを……!」
「木端役人とは聞き捨てならぬな小僧。お上の仕立てに逆らうと申すか」
「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ!せっかくここまで逃げおおせた連中を保護もしないで逆に焼き殺すってか!?」
「何を世迷言を抜かしておる、我らはただ邪魔になった木々を焼き払うだけのことではないか」
「だ・か・ら!あいつらはあそこにいるだろうが見えねえのかこの節穴!いいかテメエら、マジでやるってえんならオレも容赦しねえぞ」
経範が執拗に食い下がる。その必死さに金平はやや不自然さを覚えたが当の本人はいまにも目の前の役人に噛みつきそうな勢いで嘆願を続ける。
「退がれ下郎!田舎豪族風情が中央より派遣されておる我らに口出しするとは無礼千万。田舎者は田舎者らしく辺境の田畑でも耕しておれい!!」
たまりかねた官人の怒声を受けて経範の紅潮した顔から一気に血の気が引いた。そのまま一歩下がると俯いたまま何やらぶつぶつと呟いている。その様子を見て金平も背筋に冷たいものが走るのを感じた。彼は決して役人の叱責に恐れをなして身を引いたのではない。その証拠に俯いた彼の口元にはうっすらと笑みさえ浮かんでいる。その少年の面影を残した艶やかな唇が僅かな小声で何やら発するのを金平は聞き逃さなかった。
(そうかい、じゃあもう遠慮しなくても……いいよなあ!)
そう音もなく呟いた経範は目にも止まらぬ勢いで指揮官である男の襟首を掴むと、そのまま力の限り放り投げた。満月の光の加護を受けて最高潮の力を発揮する今の経範である。その豪快な投げ技をモロに食らった在庁官人の男は「あ〜れ〜」という声と共にはるかかなたにまで吹っ飛ばされてしまった。仰々しい重装備姿が幸いしておそらく死ぬことは無かったろうが、それでも周囲にいた兵士たちを驚かせ、かつ激昂させた事は想像に難く無かった。
「貴様あ、我らの行動を邪魔立てするかこの不届き者め!!」
などと怒号が飛び交い経範を取り押さえようとする。
「はっ、初めからこうしておいてやりゃあ良かったんだ。チューオーだかチョーテーだか知らねえが調子に乗んなよコラ、オレたち土着の民を侮るな
などと言いながら経範も襲いかかる兵士たちをバッタバッタと投げ飛ばしていく。完全に頭に血が上ってしまっている。
それを眺めながら金平も思わず絶句してしまった。自分もたいがい気の短い、火の着いたヤカンのようにすぐに沸騰する
「おーい、あんまりやりすぎんなよー。ウチの大将怒ると怖いぞー」
一応申し訳程度に説得を試みる。当然ながら頭に血が上った経範にはまるで届いていない。
「うーんこの。さてどうしたもんかねえ。おいクソチビ、とりあえず俺は先に行くぜ、ああ虎にはなんなよ、流石にそこまでやったら捕まるどころの騒ぎじゃねえからよう」
流れ弾のように転がり込んでくる兵士を向こうへ投げ返しながら金平が少年に申し送りをする。向こうさんが聞いているのいないのかもはや喧騒に紛れて判別のしようもない。
「ま、とらえず死ぬなよ虎のクソガキー」
大捕物のドサクサに紛れて呑気な伝言を残しながら、金平はその場を切り抜けて結局一人で筑波山に赴く羽目になった。経範に次会う時、彼の首が
さて、以上のような経緯があって金平は一人でこの筑波山の入り口まできてはみたものの、お山への入り口はびっしりと立ちつくした樹木の壁に遮られて
それもそのはずで、もともと筑波山の「
「えーっとお、そういう時は……なんてったっけな……」
金平がブツブツ独り言を呟きながら
「なになに……『
金平は書かれている呪禁の言葉を意味もわからずに繰り返し三度唱える。別段何も起こらない。周囲を見回してみても扉が開いたり道が現れたりするようなことは無かった。
「なんでえ、なんの役にも立たねえじゃねえかあのインチキ占い師め」
と、その場にいない陰陽師に向かって悪態をついた。その瞬間、瞬きしたほんのわずかな視界の途切れめがあったのか、気がついたら金平の目の前にさっきまでは存在しなかった山道が一本、音もなく現れていた。
「!?」
金平は全く気配も見せずに突如現れた一本道の存在に気づいて目を丸くする。一体いかなる魔術でもって今のような現象が起こりうるのか。金平には全くわからない。
「まあいいか」
驚きはしたものの、それに怯んで後ずさりするようなこともなく、金平は現れた山道を堂々と一人歩いて山の奥へと歩いて向かった。
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