頼義、裳羽服津(もはきつ)にて怪異に出会うの事
「
金平がそう聞き返したが当然読み書きも知らぬ村の者には通じない。とにかく、この
「は、なんでえ。てっきり
「金平、故人に対して失礼ですよ。もう……」
頼義はそう言って金平を小突く。そう叱りながらも、彼女は懐かしさに胸がこみ上げてくるものを感じた。
かつて、都を襲った
「してみると、佐伯どのはこの辺りのご出身だったのでしょうか」
「いやあ、確か聞いた話では
「はあ」
その話は初めて聞いた。「渡辺党」とは竹綱の父君である鬼狩り四天王の筆頭
ひとまず佐伯末永はこの土地とは関係ないとして、やはりその「山の佐伯」と呼ばれる連中のことはこのまま放って置くわけには行かぬように思えた。話し合いで解決するにせよ、武力行使でもって平定するにせよ、まずは現地の実情を確かめる必要がある。
長い前置きになったが、以上のような理由で頼義と坂田金平は二人して問題の「山の佐伯」らが出没するという筑波山の麓をこうして捜索しているわけである。捜索といっても、村人たちの証言通り彼らは風のように現れてすぐさま去って行く。こうして足を棒にして歩き回ってもその痕跡は
金平が見渡しても、周囲は雄々しい筑波の山嶺と低木の散らばるのどかな風景が続くばかりである。金平も次第に
「このあたりかしら、金平?なにを
頼義の一言で夢見ごごちも終わりを告げた。我に返った金平は慌てて周囲を見回す。まばらに生えた木立の中に金平の背丈よりも大きい一枚岩が二つゴロンと横たわっている。側には泉から湧き出たばかりの小川がこんこんと清らかな水を溢れさせている。
「あ、ああ。大岩が二つ並んでやがる。『
金平はなんとはなしに顔が赤くなるのを紛らすように大きな声で言った。この辺り一帯は地元の連中が春秋に集まって例の「
「やれやれ、俺もそんな季節に来たかったぜ」
金平はつまらなそうに言いながら懐から竹皮に包まれた握り飯を取り出して
「さて……『津』と言うからには昔はここまで船を上り下りする船着場があったのかもしれませんが、今はもう小川が流れているだけのようですね。年月を経て川が枯れてしまったのかもしれない」
頼義は小川の水をすくって口に含みながらそう言った。周囲には確かに朽ちた木材やら腐った古縄やらが散らばってはいるが、往時の船着場としての隆盛をうかがえるような景色はもう見られない。もっとも、そのような人気の少ない僻地だからこそ「
「金平」
「はいっ!?」
心の内を見透かされたかのようなタイミングで声をかけられたために思わず声が裏返ってしまった金平は手にした竹の皮を放り出し慌てて場を取り繕い、
「お、おう、なんだよ」
と一応は格好つけて見せたものの、どうにも締まらない。
「これ以上ここで得るものは無いようです。奴らは夜動くかもしれない。いったん麓まで戻って、日が暮れてから改めて出直しましょう」
そう言って頼義は手を差し出し、馬に乗せろと催促する。金平はふう、とため息を一つついてその手を取り、彼女を鞍に上げた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜が更けてから二人は再び馬を駆って「
金平は近くに来るや、異変にすぐに気づいた。夜中とはいえ雲ひとつない満月である、これだけ明るければ見間違うはずはない。金平は馬を走らせながら次第に不安を隠せなくなって来た。
「金平……この道で確かですか?昼間とは違う道のようですが」
頼義も不安げな声で金平に問いかける。
「お前も感じるか。道は合ってる、間違いねえ。だが……」
「ええ、匂いが違う。気温も湿度も、返ってくる音の響きも……!」
金平は目を凝らす。今走る道は間違いなく昼間通った山道だ。それは確信がある。だが……
(なんで……こんなに暗い……!?)
昼間通った時はこの辺りは低い木立がまばらに伸びているだけで、日を遮るような高い木々は無かったはずだ。それなのに今走っているこの道は天を覆い尽くさんばかりの巨木が立ち並んでいる!
突然目の前に現れた障害物に気づいて金平が急に馬を止める。手綱を引かれた馬は大きく
「金平?どうしたのですか急に……」
「なんてこった……」
金平は頼義の言葉も耳に入らずに、目の前にある今自分たちを足止めした二つの巨石を呆然と眺めている。
「
金平が叫びながら天を見上げる。上空には満月を覆い隠すほどに伸びきった大樹の枝葉しか目に入らなかった。
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