第3話

 この頃植民地投資は盛んなのだけれど当たり外れが多い。一夜にして巨万の富を得るか破産か。それでも夢を追いかけ開拓者は王侯貴族に投資を持ちかける。悪質な詐欺師もいると聞く。


 最近、父は領地で飛び回っている。侯爵家の保有する商会が投資をしていた鉱山開発が外れて、大損害を受けるようだという噂が静かに広まっている。ハズウェル侯爵家はもうおしまいだと。


 クレアが囁いたのは、侯爵家が新規開発中の鉱山の噂話だ。貴族は足の引っ張り合いをする。有望な鉱山を失敗だったという噂が流されているのだ。

 この噂に乗って、打ち萎れて心配そうな振りをすればよい。不安そうな振りをすればよい。

 私は余計なことは何も言わず、全身で演技をすればよい、と。



 父と母は殆んど領地に行っていて、人の出入りも多い。彼らは皆、疲れた顔をして足早にどこかに行く。植民地の事なので噂は錯綜しているが、鉱山を閉めると称して重機も持ち込んでいるという。



「父が領地で奔走しておりますの」

「随分お疲れのご様子ですわ。私心配で──」

 取り巻きのご令嬢方にそろっと噂を流してみる。青い顔をして、瞳の下に隈を作って。これは諸刃の剣、上手くやらないとこちらも怪我をする。


『何でも鉱山が当て外れで大損害を被ったとか』

『侯爵ご夫妻で、借金の為に駆けずり回っているとか』

 噂はどんどん大きくなる。恐ろしいほどだ。

『破産も時間の問題だそうよ』


 私が暫らく沈んだ暗い顔をしていると反応があった。



  ◇◇


 食堂に行くと彼女がいるの。出会い頭にトレーを引っ繰り返して「まあ、何をなさるの!」っていうの。皆に聞こえるような大きな声で。

「ローズマリー様、そんなに私が憎いのですか。足を引っ掛けて」


 私はそんなことなどしない。

「私は──」私が違うという前に、被せて言葉を遮るアリス。

「まあ、私がそんなに憎いのね。だから何も言わないんだわ」

 彼女はポロポロと涙を零して泣くけれど、ドレスを汚されて泣きたいのは私だわ。


「アリス、どうしたのだ」

 そしてレイモンド殿下が現れる。取り巻きを引き連れて。

「どうしたのですか、アリス嬢」

「大変だ、こんなに汚れて」

「また、あの女が何かしたのですか」

 そう言って私を睨む取り巻きたちと、その向こうにレイモンドに抱き寄せられるアリス。

 アリスのドレスはスカートの端が少し濡れているだけ。私の胸までソースで汚れたドレスより全然マシだわ。


「ローズマリー様は悪くございませんの。私がここを通ったのがお気に召さないだけなのですわ。私が殿下をお慕いしてしまったから」

「最低な女だなローズマリー、いつまでもアリスを苛めて。可哀想なアリス」

 殿下は私を睨みつけて皆の目の前で決めつける。

「いいか、このままでは済まさんぞ」



 どうやらこちらを切る事にしたらしい。


 それはいいのだけれど食事はちゃんととりたいし、ドレスも汚されるのはかなわない。こんなこといつまで続くのかしら。

「お嬢様、きっと婚約破棄されますわよ。国外追放になるかもしれませんわね」

「そうなの、私どうすればいいのかしらね」


 第二王子殿下に婚約破棄されたら余計に悪い噂が広まって、誰も私に申し込みなぞしなくなるだろうな。それは困るのだけれど、婚約破棄は勝ち取りたい。

 本当は侯爵家が没落するのが一番困るのだ。なのに私がこんなに悠長にしているのはクレアがドーンと構えているからだ。きっと大丈夫。



  ◇◇


 貴族学校のレイモンド殿下とアリスたち三年生の卒業式と、その後の卒業パーティの日になった。

 殿下は私をエスコートしない。ドレスも贈ってくれない。それなのに私は殿下の婚約者としてパーティに出なければならない。


 ひとりで地味なドレスを着てパーティ会場に向かう私。誰も遠巻きにして私に話しかけもしない。

 そして、アリスがレイモンド殿下の色を纏って現れる。青いドレスは殿下の瞳の色、金の髪飾りは殿下の髪の色。アリスをエスコートするのはレイモンド殿下だ。

 彼の夜会服は黒だけれど差し色のピンクのハンカチと青いタイピンとカフスをして、見事なカップルだわ。


「ローズマリー」

 私はわざわざ呼び出されて、腕を絡めた二人の前に行く。

「もうこれ以上は、私は我慢の限界だ。お前のような女と愛を育むことは出来ない」

 レイモンド殿下は私を睨みつけて、待ち望んだセリフを言う。

「私はローズマリー・ハズウェルと婚約破棄をする。そしてこのアリスと結婚する。お前は国外追放となろう、追って沙汰を待つがよい」

 皆の目の前で高々と婚約破棄を宣言した。


「謹んでお受けします」

 婚約破棄が来た。もう演じなくていいのだわ。

「すぐさま出て行け」

 私は殿下の取り巻きたちに肩を捕まれ、パーティ会場を追い出された。

「お嬢様──!」

 クレアが護衛と待っていて、すぐに馬車に案内する。

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