4 ノックス治療院

 契約を終えると、不動産屋は喜び顔のまま言った。


「それでは私は一旦オフィスに戻り、お預かりしたロバと荷物を運んできましょう」


「うん、お願いします」


 二人きりになると、シュメールとペールネールは二階に登った。


 ベッドルームには、すりガラスの窓があって、明るい日差しがふんだんに入ってくる。


 オンジャとブリジットが宝石のなかから飛び出してきた。


「ぷはーーっ、ひさしぶりに外に出れた!」


「う~ん、開放感!」


 影たちは、びよ~んと天井まで細長く伸びて、大きくノビをした。旅行中ずっと息を潜めていてくれたのだから、無理もない。


「オンジャ! 枕投げしようぜ!」


 と、早速ブリジットがはしゃぎだした。


「お、いいね!」


 ふたりして枕投げをはじめたので、ペールネールが、くしゅっ、とくしゃみをした。


「もう、ホコリが立つよ」


 ペールネールが小声で言うと、ブリジットは「まじめっ子!」と、枕を投げつけた。


 ぼふっ。


 ペールネールの頭に当たる。


「もうっ」と、ペールネールは怒って、ブリジットに枕を投げ返した。ブリジットはきゃははっと笑って、


「オンジャ、ペールネールを攻撃しろ!」


「オーケー!」


「きゃーッ!」


 影たちの集中攻撃に、ペールネールは悲鳴をあげた。「おまえたち~!」とシュメールが目をつりあげながら助けに入る。たちまち『影』対『本体』の戦いになった。


 シュメールは飛んできた枕を投げ返そうとした。すると、その枕が「おい!」と喋った。オンジャの首だった。シュメールは「わ!」と驚いて手を離した。


「ははは! ひっかかったな~!」


 両手が空いたシュメールを、オンジャとブリジットがここぞとばかり攻撃する。


 家中のクッションと枕を使って、思う存分投げ合って、笑って、はしゃいで……最後にシュメールとペールネールは仲よくベッドの上にひっくり返った。


「降参」と、息切れしながらシュメールが言った。


「勝ったー!」


 オンジャとブリジットはハイタッチした。



  ☪ ⋆ ⋆



 この家を利用して、シュメールは小さな治療院を始めることにした。


「ウマールのお婆さんを治した時みたいにさ、治療師みたいなこと、できないかな? 人助けにもなるし、情報も集められるし」


 シュメールが提案すると、みんなすぐに賛成してくれた。


「びっくりしゃっくり! いいんじゃねえの」と、オンジャ。


「おもしろそうじゃん!」と、ブリジット。


「がんばってお手伝いします」と、ペールネールもうなずく。


「みんな、ありがとう! よろしくね」


 ダイアーナルでは医師免許は必要ない。家の一階を診療スペースにした。シュメールは先生、ペールネールは看護士だ。


 早速、街に出て、服を買い揃えた。


 家に戻って、ふたりで試着してみた。


 シュメールは昼の国の医者を真似て、白衣を羽織る。ペールネールのほうは、紺色の長いスカートのワンピースに、白いエプロン、白いボンネット帽のナイチンゲール姿だ。かわいらしいお医者さんと看護士さんが出来あがった。


 それを見て、口の悪いオンジャが、


「まるでお医者さんごっこだな!」


 と、腹をかかえて笑った。そんなオンジャを無視して、ブリジットが言った。


「ペールネールかわいい! ね、そう思わない、シュメールさま!」


「うん、かわいい……」


 シュメールが恥ずかしそうに言うと、ペールネールの頬も薔薇色に染まった。


「看板娘の出来あがり! がんばんなよ」


 ブリジットは楽しそうに言うと、ペールネールの肩を抱いて励ました。



 特別な宣伝はしなかったが、


『ノックス治療院』


 ……の看板を見て、ちらほらと患者さんが訪れた。若くてかわいらしい医者と看護士を珍しがって、人々が通いはじめた。噂は口こみで、だんだんと広まっていった。




  ☪ ⋆ ⋆




 プラチナの都には、水量ゆたかな川が、幾本も流れている。


 岸に沿ってたくさんの水車が、水滴をきらきらと飛び散らせながら、ガコンガコンと大きな音を立てて回っている。その水車によって、紙、織物、小麦粉や油などが大量に造られている。


 たくさんの川のおかげで、天気のいい日は空がいっそう高く青く見え、風も涼しくて心地よかった。


 診療が休みの日、シュメールとペールネールは手をつないで、川べりを散歩した。


「青が青だねー」


「白が白ですねー」


「また言ってやがる……」と、オンジャ。


「ね、マルシェに行ってみない?」


「いいですね!」


 ふたりはそのまま、ブロカント広場まで歩いていった。そこでは定期的に、マルシェや蚤の市がひらかれていた。




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 マルシェに出かけたふたり……


 ここで、事件の予感――?

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