2 三悪党、ステージに立つ
何百人を収容できる大テントには、子供も大人も、たくさんのお客さんが詰めかけ、暑苦しいほどの熱気に満ち満ちていた。
タキシードに身をつつんだ司会の男が、よく通る高い声で、朗々と叫んだ。
「今からお目にかけますのは、
「ガオーッ」
ウルフルが
すかさずウルフルは、二本の剣を縦横にふり回した。刃に光が乱反射して飛び散り、観客たちの目を射抜く。観客たちは、あっと息をのんで、釘付けだ。
「おおっ、すげーーー!!」
「あの重たそうな剣を、タオルのように!」
「見た目は気持ち悪いけど、やってることはすごいぞ!」
満場たちまち、拍手喝采に包まれた。
「皆様、よくご覧ください! 夜の国の化け物には『影』があるのです!」
照明の
「ホントだ! 見ろ、顔に影がある! 動物と一緒だ」
「影? 気持ち悪い……」
「かぶりものだろ?」
「特殊メイクじゃない……?」
好奇心いっぱいに囁き合う観客たちの反応を、じっくりと観察しながら、司会はタイミングよく切り出した。
「次なる化け物も、夜の国から連れて参りました『豚男』でございます!!」
観客たちはウルフルの芸を見て少し慣れたのか、今度は悲鳴もあけず、ただただ息をのんで成りゆきを見守った。それでも、ブータの巨体を目にした途端、オオオーと低くどよめいた。
胸を反らし、肩をいからせ、のっしのっしと、ブータはステージを歩き回った。そして脇に置かれていた大岩を、かるがると宙に持ちあげた。
「あの岩、ホントは軽いのかもしれないぞ――」
客席から邪推の声があがる。
……その声が耳に入ったか、ブータは大岩を舞台脇に投げ飛ばした。すると、岩はすごい風圧をあげ、ズドォン! 土のなかに深くめり込んだ!
「本物だぁ!」
観客たちは肝をつぶした。
「うおおおーーーーーッ!!」
大テントは、またもや拍手喝采だ! この盛りあがりに、司会はニヤリと笑った。彼はこの瞬間を狙っていたのだ。鋭い声を張りあげ、ここぞとばかりに叫んだ。
「この恐ろしい化け物たちに立ち向かうのは、もちろん! われらがヒーロー、ヘラクリオンでございます!!」
「ウワァーーーー!!」
観客のボルテージは、一気に最高潮となった。
「ヘラクリオン! ヘラクリオン! ヘラクリオン!」
ヘラクリオン・コールが巻き起こる。
筋肉隆々、金髪碧眼のイケメン・ヒーロー、ヘラクリオンがステージの反対側の高い場所に現れた。
「そこまでだ! 化け物ども! この私、ヘラクリオンがいる以上、貴様らを野放しにはしない!」
ヘラクリオンはケーブルを伝って、シャーーッと、かっこよく、ステージまで滑り降りてきた。
キャーキャーと女たち、子供たちの、黄色い悲鳴があがる。「ヘラクリオン! ヘラクリオン!」
「死ね! 化け物ども!」
ヘラクリオンは剣を抜き、まずはウルフルに斬りつけた。そして次にはブータに斬りつけ、二匹の化け物を次々と倒していった。
「ヘラクリオン! ヘラクリオン! ヘラクリオン!」
大歓声が巻き起こる。紙ふぶきが舞う。観客は大喜び、ステージは大成功!
風船腹のサーカス団長も大満足……舞台袖で、ニヤリと笑った。
☪ ⋆ ⋆
「狼君、おつかれさん!」
「おお! あんたも、おつかれさん!」
ステージがすっかり終わって、ヘラクリオンがウルフルの肩を叩いていく。
ウルフルはテントの外で、モクモクと煙草をふかしていた。ステージの台本にチラリと目を通す。
(けっ……つまんねえ台本だぜ)
台本を投げ捨てた。
隣ではブータがお食事中だ。汚くよだれを垂らしながら、ベーコンの塊にむしゃぶりついている。
ウルフルもブータも、今ではすっかりこのサーカス団に馴染んでいた。
三匹は一台の馬車を与えられ、そのなかで寝起きしている。バティスタはまだパニック状態のまま、馬車のなかに引きこもり、絶対に出てこない。
サーカス団員たちは、噂した。
「あの狼さん、引きこもりの弟を抱えて、放浪していたらしいわよ」
「まあ、たいへんねぇ……」
「影があるなんて、怖いけど……」
「強そうよね」
「あっちのほう、どうなのかしら?」
「すごそう」
「ぱっくり食べられちゃうかもよ? きゃははっ」
濃い化粧を落としながら、セクシーな衣装に身をつつんだサーカスの女たちは、どぎつい冗談で笑いささめいた。
そんな女たちの会話を聞くでもなしに聞いていると、風船腹の団長メネストロが、ほくほく顔でやってきた。
「ウルフル君、素晴らしい演技だったよ!」
立ちあがったウルフルは、両手を差し出し、握手をかわした。
「これは少ないが、当座の給金だ」
メネストロが、小さな袋を差し出した。
(これが金ってやつか……)
事前に説明されてはいたものの、ウルフルは渡された袋の口をあけ、しげしげとのぞきこんだ。なかにはいくらかのコインが入っていた。
(ま、バティスタもあんな様子だし、食いモンももらえるし……しばらくは、ここで世話になるか……)
ウルフルは決心した。
☪ ⋆ ⋆
ウルフルとブータが馬車に戻ると、バティスタは熱心に『漫画』を読んでいた。
ここダイアーナルは紙づくりが盛んで、印刷技術も発達……漫画、新聞、雑誌などが盛んに刷られていた。
床にはバティスタが描いた絵が散乱している。ウルフルはその一枚を取りあげた。
「おお、バティスタ、やっぱお前、絵うまいな!」
やつれた頬で、バティスタは元気なく笑った。
「ふぇっふぇっふぇ、小さい頃から友達がいなくて、ひとりで絵ばっかり描いてたんスよ」
「……そ、そうか。淋しいヤツだったんだな……」
ウルフルはあわれみの眼で、弟分を見た。それからもう一度、絵に目を向けた。
「でも、ほんと、このペールネールちゃんの絵、かわいく描けてんぜ。おらぁまったく絵ってのがわからねぇからよ、尊敬すんぜ! どうだ、お前、漫画でも描いてみたら?」
「へっ、誰も見向きもしないっスよ」
下を向いて自嘲するバティスタに、ウルフルは力強く言った。
「いや、俺は読んでみたいぞ」
バティスタは顔をあげた。
「え!? ウ、ウルフルの兄貴――!」
「俺が読んでやるし、買ってやるよ!」
ウルフルの飴玉のような緑の目玉が、頼もしいばかりに、ぎょろぎょろと輝いている。
「あ、兄貴~~!」
バティスタは涙した。
一週間後、バティスタの漫画の、最初の数ページが完成した。
『バットポン』
……コウモリの格好をしたヒーロー・バットポンが、悪の黒髪の王子から、恋人のペールネールを助け出すという内容だった。
「おお! なかなか面白れぇじゃねぇか!」
ウルフルは夢中になって読みふけった。
……この時、まさかこの漫画が昼の国で大ヒットになろうとは、当人たちは知るよしもなかった……
✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱
三匹の行く末も気になる?ところですが、
次回から、シュメールたちの話に戻ります!
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