13 オンジャ、老婦人を治療する

 シュメールとペールネールが階下におりると、ウマールはちょうど、水猿のエサやりから戻ってきたところだった。


「おはよう、ウマール」


「やあ、シュメール、ペールネール、おはよう!」


「ウマール、よかったら僕のヒーリングで、君のお婆さんの体を楽にしてあげられるかもしれない」


「え? シュメール、あんた、お医者さんなのかい?」


 ウマールは驚いて、ドングリまなこを見ひらいた。


「いや、医者ではないんだけど……」


「ま、とにかく、やってみておくれよ」


 ウマールの祖母は、アンヌ婦人という。アンヌ婦人の部屋はすべての窓が開け放たれ、太陽がさんさんと差し込んでいた。


「『病魔は《影》から伝わる』って言うからね! なるべく部屋に《影》ができないように、窓全開にしてるんだ……」


 ウマールはそう説明した。


(病魔は影から!?)


 シュメールもペールネールも顔をしかめた。……それはまったく、昼の国ならではの「迷信」だった。


 ウマールはふたりに椅子を勧めてから、ベッドに横になっている老婦人に話しかけた。


「アンヌ婆ちゃん、この人たち、お客さんなんだけど……。お医者さんみたいに、婆ちゃんの体を楽にしてくれるってさ」


「……ありがとう……」


 アンヌは弱りきった細い声で、苦しげに答えた。目はうつろで、天井を見つめたままである。


 シュメールは枕元に椅子を寄せると、口のなかで小さく、夜の女神への祈りを捧げた。そして、手のひらを老婆の額にかざした。


神聖治癒ラファライト――」


 粉雪のような光の粒が、シュメールの手からこぼれ落ちた。しかし、その光は以前と違って弱々しく、強烈な太陽の光に打ち負かされて、にじむように溶け去ってゆく。


(オンジャの言ったとおりだ……祝福の力が弱い……)


 弱いながらも、シュメールは手を動かして、癒しの光を頭から胸へ、手の先へ、足の先へと、老婦人の全身にゆきわたらせた。


 時間がかかったものの、生気のなかった老婦人の顔に、ようやく、血の気がさしてきた。


「……すこし、楽になったよ……」


 老婦人は、ぽつりと呟いた。


 シュメールは静かに手を下ろし、ウマールのほうに向き直った。


「アンヌさんの、詳しい病状を教えてくれる?」


 口を利くのもつらそうな祖母に代わって、ウマールは病状を説明した。……熱、胸の痛み、目のかすれ、咳、悪寒……などなど。


 聞き取り終わると、シュメールとペールネールは一旦、部屋に戻った。


「どうだい? オンジャ」


「そうだな、まずは……川の底に青いにんじんが生えているから、それをすりつぶす。そいつを胸にぺっとり塗れば、息が、スッとラクになる。それから、みたてのエリオトロピウムの葉を煎じたものに、イッカクの角をすり砕いたものを混ぜあわせて、毎日飲ませるのさ。そうすれば、すっきりさっぱり、治るに違いないね」


「イッカクの角……?」


「イッカクは海にしかいないから、羊の角で代用しな」と、オンジャ。


「あとさ」と、ブリジットが横から口を挟んだ。「庭石の位置がよくないって。あれはもっと左に移したほうがいいよ。それから、おばあさんの部屋の窓に、黄色いものを置くといいよ」


 シュメールは感心しながら尋ねた。


「君たち影は、いったいどこから、そういう知識が出てくるの?」


 オンジャは答えた。


「俺っちの場合は、この世のすべての事象が記録されている霊界のデータベース『アカシック・レコード』にアクセスするのさ。情報が出てくる場合もあれば、見つからない場合もある。なんせアカシック・レコードは膨大だからな」


 ブリジットも説明する。


「あたいの場合は、『アカシック・レコード』にアクセスすることはできなくて、人や物の波長を感じて、読み取るんだ」


「ふうん、すごいね、ふたりとも! ……それで、なんだったけ? 青いにんじん?」


 紙の切れ端にメモを取ると、シュメールはまた階下に降りて、診断結果をウマールに伝えた。


「川の底の青いにんじん? ……ああ、タットロの実のことね。よし、すぐに潜って獲ってくらぁ」


 ウマールは、たちまち飛び出していった。


 青い人参を抱えて戻ってきたウマールは、今度は羊飼いのところに羊の角をもらいに行った。


 エリオトロピウムという草は、野原ですぐに見つかった。


「う……重い……」


 シュメールとペールネールは苦労しながら、重たい庭石を持ちあげて、別の場所に移した。それから、黄色のカーテンを窓にかけた。


「うん、綺麗なカーテン!」


 調合した薬を毎日飲ませ、ラファライトも毎日つづけて……するとみるみるうち、アンヌ老婦人の体は自分で起きあがれるほど元気になったのである!



  ☪ ⋆ ⋆



 一方そのころ、狼人間のウルフル、コウモリ人間のバティスタ、オークのブータの三悪党は、黒い水晶玉を使って、《猛禽の魔女》ダルコネーザと交信していた――





✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 治療は大成功!


 そして、三獣士に新たな動きが……!?



【今日の挿絵】

アートなブリジット

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093088685008423



☆ 次の更新は、水曜です ☆

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