11 新しい服を買おう

 シュメールとペールネールのふたりを、ウマールは宿屋へ案内した。


『ウグイスてい』と、看板に書かれている。


 アーチ型の玄関から中に入ると、「ちょっと待ってて」と言って、すぐに着替えと大きなタオルを持ってきてくれた。シュメールとペールネールは別々の小部屋に入って、着替えをした。


「ありあわせの服で申し訳ないけど……」と、ウマール。


「ううん、助かるよ! ありがとう」


 頭を拭きながら、シュメールは尋ねた。


「村で洋服が手に入るところ、あるかい?」


「まかせときな! 両替商んとこ行って、洋品店で服を見よう。濡れた服は、ここに置いときな。お手伝いさんが取りに来て、洗濯してくれるから」


「ありがとう、ウマール。なんとお礼を言っていいか……」


「そのかわり、お代はいただくぜ!」と、笑いながら言う。


「もちろん」


「今夜はここに泊まっていきなよ」


「うん、そうさせてもらう」


 着替えを済ませたペールネールがロビーに出てくると、三人はすぐに出かけた。


 村には、古い石造りの家がいくつも建ち並んでいた。夜の国には見られない角ばった木がたくさん生えていて、子供たちが木登りをして遊んでいる。赤いコクリコの花が、風にゆれている。その風のなかに、麦の匂いや、鶏糞の匂いがした。


「ここだよ」とウマールは、両替商の家を教えた。「宝石は隠しといて、ひとつしか持ってないことにしときなよ」と、賢くアドバイスしてくれる。


 ウマールが玄関口から大声で呼ぶと、年かさの男が出てきて中に入れてくれた。


 シュメールは用意していたダイヤモンドを一粒、差し出した。一番小粒のものだ。


「ほう、これはまた……良質な……」


 両替商は片眼鏡を調整しながら、宝石を見つめ、感心のため息をついた。その様子を見守りながら、ウマールが生意気げな口を利いた。


「この人たちは、おいらの大切なお客さんなんだ! ちゃんと適正に交換してくれよ。おいらが子供だからって、舐めないどくれよ!」


「わかってるわかってる。お前さんにはかなわん」


 うるさそうに、両替商はパタパタと手のひらをふる。そうしてウマールが換金に睨みを効かせてくれたおかげで、適正な価で、たくさんのお金を手に入れることができた。


 両替商を出て、次は洋品店に入った。


 シュメールはお金に糸目をつけず、新しい服、着替え、下着、香水、靴、旅行鞄、旅行用のマントなどをしこたま買ったので、店主はホクホク顔だ。


 着替えをして試着室から出てきたペールネールに、シュメールとウマールは歓声をあげた。


「わぁ!」


 カートルという、長いスカートのワンピースに、かわいらしい刺繍の入ったエプロン。頭にはカーチフという白い帽子。すっかり村娘の格好だ。


「どうですか?」


「うん、よく似合ってるよ!」


 店主も目を細めながら、


「都会ふうの、最新のデザインですよ。けして『影な』ものではありません」


 と説明した。


(『影な』……?)


 言葉の意味がわからず、シュメールとペールネールは戸惑いの目を見合わせた。店主はそんなふたりの様子に気づかず、男物の服を取りに行った。


「さ、男性のかたも……」


 店主はすぐに戻ってきて、シュメールに服を手渡した。新しいシャツにズボン、ジャーキンという毛織物の上着……試着したシュメールも、見た目はすっかり、村人と同じになった。


 近くに飾られていた緑色のベレー帽を、シュメールは手にとった。


「この帽子、ウマールに似合うかも」


「え? よせやい」


「ちょっとかぶってみな」


 予想どおり、明るい緑が、陽気なウマールにとても似合った。


「あ、いいね!」と、シュメール。


「素敵です!」と、ペールネール。


 シュメールは店主のほうに向き直った。「じゃ、これもお願い」


「わーっ、いいのかい?」


 ウマールははにかみながらも、大喜びだ。


 そうしてみんな新しい服を着て、すっかり用事が終わって宿屋に戻ってきた頃にはもう日没だった。西に第一の太陽ザルツが沈み、東には第二の太陽シュクルが昇りはじめている。


 朝焼けと夕焼けが同時に訪れるその光景は、まるで光の狂想曲だ。空一面があかね色に染まり、風が金色とすみれ色にきらめいている。


「まるでふたつの太陽が、色と光を使って、語り合ってるみたいだ……」


 シュメールが思ったままを言うと、ペールネールもうなずいて、


「歌い合ってるみたいですね」


 と言ったので、シュメールの胸の感動が、いっそうふくらんだ。


「ほんとだね、太陽と太陽が、力強く歌い合ってる。光と色のアンサンブルだ」


「あんたら詩人だね。おいら、そういうの好きだぜ」


 ふたりの会話を聞いて、ウマールも空を見あげ、口笛を吹いた。


 どこの家からも夕飯時の炊事の、おいしそうな香りが漂ってくる。


 ウグイス亭の、薔薇の咲いた生垣いけがきが見えてくると、ウマールは言った。


「……申し訳ないんだけど、婆ちゃんが病気で寝込んでてさ。宿ではなるべくうるさい音を立てないように、静かにしていてくれるかい?」


「うん、わかった。ウマールのご両親は?」


「おいらにゃ、父ちゃんも母ちゃんもいねぇんだ。婆ちゃんに育てられたから」


「そうなんだ……」


「食事はメニューを見て注文してくれれば、隣の酒場から取り寄せる方式だよ」


「ふうん」


 ロビーに入ると、奥から、弱々しい老女の声が聞こえた。


「ウマールか……。遅かったね。ちょっと来ておくれ……」


「婆ちゃんだ。ちょっと待ってて」


 ウマールは奥に入ると、小声で老女となにか話していた。


 すぐに戻ってきた彼は、シュメールたちを二階の客室に案内した。


「この、ダブルベッドの部屋でいいかな?」


 部屋の中央に、大きなベッドがひとつある。ニヒヒと、ウマールがいやらしく笑った。いかにも「気を利かせたぞ」と言わんばかりだ。


「あ、いや……ベッドふたつの部屋ってある?」


 と、シュメールが言った。 


「え? ふうん、そうなの?」


 ウマールは拍子抜けした顔をして、ふたりを隣の部屋に案内した。


「こっちの部屋は、ちょっと扉のしまりが悪いんだけどさ……」


「……あ、別にかまわないよ。気にしないで……」


 部屋のことや食事のことなど、あれこれ伝えて、ウマールは部屋を出て行った。



 実は《夜の国》ノクターナル王国には、


 ――すべての国民は、十八歳未満の異性と、ひとつの寝台に寝てはならない。(ただし親子は、のぞく)


 ……という厳格な法律があった。


 今、シュメールとペールネールのふたりにとって、この法律を破るのは簡単だった。王国はもう存在しないのだから。


 しかしこの法律を破ってしまえば、本当に、自分のなかから祖国が消えてしまうような気が、ふたりにはした。だからふたりとも、ひとつの寝台に寝ることを躊躇したのだ。


 これまでの野宿では、なんとなく寄り添い合って眠ってきたが、これからはしっかりと、その法律を守ることにしたのだ。


「家のなかで眠れるのって、どれくらいぶりだろう?」


「安心して眠れますね!」


 別々のベッドでも、ふたりの心は浮き浮きしていた。



 

✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 法律厳守! ……まじめっ子な、ふたりなのでした……笑




【今日の挿絵】

ペールネール、村娘バージョン

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093088572757364

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