第4話 運命の出逢い👓🍌✨

時刻【11時45分】


多機能眼鏡が陳列されているブース前。


ここに立つゴリラの目の前には、レンズを嵌めるフレーム部分が四角で黒縁。


柄の部分がバナナ色の眼鏡が置かれていた。


そして、その手前には見慣れたニヒルな笑みが特徴のゆるキャラが描かれたポップがあり、そこには《販売期間3月1日〜4月6日まで》と書かれている。


そう。彼が運命の出逢いを果たしたのは、あのゆるキャラバナナ先輩。


なんと、この前コンビニとコラボしたかと思えば、今度はこの眼鏡ショップ《TOWNDAYS》とのコラボ商品が販売されていたのだ。


そんな先輩を目にした瞬間。


マリンからの指示が頭の中消えてしまい、気が付いたら、このブースの前に来ていた。


まさに条件反射。というよりは、バナナ反射といったところだろう。


ゴリラは鼻息を荒くしながら、コラボ眼鏡を手に取る。

「ウホゥ! ウホウホ」


本来の彼なら、ここまで興奮することはないだろう。

だが、推しキャラであるバナナ先輩との運命とも言える偶然の再会。


今日を迎えるまでのあった全ての出来事、そのどれかが欠けてしまえば、この出逢いはなかった。


こう考えるロマンチストであり、インテリゴリラである彼には、こみ上げてくるものがあったのだ。


ゴリラはその手に持った眼鏡とポップを交互に見て子供ような笑みを浮かべている。


「ウホウホー!」


これで収まるかと思えたが、徐々に鼻息が荒くなっていく。


「ウホ! ウホ ウホ!」


それは仕方のないことだった。


ゴリラはバナナ先輩と眼鏡ショップがコラボしていることも知らずに訪れた上に、今日はコラボ眼鏡販売の最終日。


状況を理解すればするほどに。


ポップ、眼鏡、ポップ、眼鏡と交互に視線をやるほどに。


その抱いている感情は行き場を無くし、どんどん大きくなっていく。


もはや、ロマンチストインテリゴリラである彼の頭の中は、《バナナ・眼鏡・運命》という文字で埋め尽くされていた。


「ヴ――ッ!」


ゴリラは興奮のあまり眼鏡を持ったままドラミングをしそうになる。


しかし、彼を止める手立てはない。


その精神を安定させるラマーズ法を思い出したくても、この運命的な出逢いに冷静さを保つことが困難となっていたからだ。


自分の意識とは裏腹に両手で持っていたコラボ眼鏡を右手に持ち替え、それにより空いた左手がゆっくりと、だが確実に厚い胸板を叩こうとする。


「ッ――ウホゥ!」


それに逆らおうとゴリラは必死な表情を浮かべている。

頭から湯気が出るほどだ。


一方、そんな彼を止める頼みの綱であるマリンは、以前としてショップの奥にある鏡の前で、店員の光月とゴリラに似合う眼鏡について話をしていた。


互いが自分たちを曲げない一進一退の攻防が行われている。


「――ですから、素敵なゴリラさんには、ただの黒縁眼鏡はふさわしくないと私は思います!」

「――承知致しました……そこまで仰るならこちらはどうですか?」


目にも止まぬ素早い動きで、各ブースからゴリラに似合う眼鏡と瞬時に選ぶ光月。


対して、マリンは瞬時に判断を下していく。


「紺色はなしですね! 黒縁とあまり変わりません」

「では、こちらどうですか?」

「白色ですか……確かに黒いゴリラさんに似合うかも知れませんね……」

「ええ、ですが! それだけではありません! 軽量化を重ね続けた最新モデルですし――」

「で、ですし?」

「はい! 紫外線の量によってサングラスにも変わるのです」

「そうですか……ゴリラさんにサングラス……うん、いいかも知れませんね」


もはやゴリラへの好意が外にダダ漏れとなっているマリンと腕の見せ所だとやる気を見せている光月。



――2人がそんなやり取りと繰り広げる中。



ゴリラの左手がとうとうその分厚い胸板を叩いた。


「ウ、ウホウ!」


大きな音がショップ内に響く。


だが、不幸中の幸いか、お昼時のショップ内には彼らしかおらず、外にいる通行人がチラチラを店内を覗くまでに留まっている。



そして、今度は眼鏡を持ち右手で胸を叩こうとするゴリラ。



――すると、その瞬間。



話に夢中だったマリンが、その異変に気付き討論を中断して叩こうとしている右手を掴む。


「――ゴリラさん!!」


しかし、いくらマリンとは言えど霊長類最強であるゴリラの動きを止めれることは出来ず、ゆっくりと眼鏡を持つ右手が分厚い胸板に近付いていく。


「ウッ……ウホゥッ!」

「ド、ドラミングを……止めて下さい!」


彼女は彼の二の腕にぶら下がり止めようとするが、意味をなさない。


それに続き駆けつけたショップ店員兼時間帯責任者の光月が彼の右手に手を伸ばす。


「――私にお任せ下さい!」


そして、バナナ先輩とコラボした眼鏡を奪い、ゴリラの二の腕にぶら下がっているマリンへと相槌を打ち、2歩ほど下がる。


「――はい、これでもう大丈夫です!」


それを受けた彼女も頷き応じる。


「ふぅ……助かりました。ありがとうございます!」


そして、鼻息を荒くしているゴリラにラマーズ法を思い出させる為に、声を掛けた。


その声は彼を落ち着かせる為か、いつになく大きい。


「ゴリラさん、しっかり! ヒッヒッフーです!」

「ウッホッホー! ウッホッホー!」


そんなマリンのおかげで、ゴリラは落ち着きを取り戻していく。


「……ウホウホゥ」

「ゴリラさん、落ち着きましたか?」

「ウホウホ……」

「いえいえ、私たちもお話に夢中になってしまいすみませんでした!」


1頭と1人がお互いの悪いところを認めて頭をペコペコと下げ合っていると、バナナ先輩コラボ眼鏡を持った光月が恐るおそる声を掛けてきた。


「――あの……宜しいですか?」

「はい、大丈夫ですよ! どうかしましたか?」

「ウホ、ウホウホ?」

「あ、いえ! ゴリラさんにはこちらの眼鏡が似合うのかな……と思いまして――」


光月は、そう言うと1頭と1人に眼鏡を差し出した。


その手には、先ほどまでゴリラが持っていたコラボ眼鏡が1つあった。


眼鏡を見つめて同じように、頷くゴリラとマリン。


「あ、バナナ先輩ですね?!」

「ウホウホ?!」

「は、はい、そうです! 私としたことが……まずこちらを紹介するべきでした。ゴリラさんも相当気に入っておられるようですし――」

「ですし?」

「ウホウホ?」

「えーっと、そうですね……実はこちら、ペアの眼鏡となっているのですよ」

「ペ、ペアですか!?」

「ウホウホ?」

「はい、すみません。最終日ということもあってもう売れないだろうと思い下げていたんです。少しお待ち下さいませ」


光月はそう言うと、会計をするカウンターへと素早い動きで移動していった。

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