第43話 新たな住民を迎えて
助け出した一部の人外とルスは、ガーティス子爵家で生活する事となった。命を救われたとあってか、人間たちを信用できない様子ではあるものの、状況はきちんと受け入れているようである。
中でも女性タイプはモエが引き受ける方向で話が進み、エリィの指導の下、モエと同じようにガーティス家でメイドとなる事になった。
しかし、帰らなかった女性型の人外は多くなかった。ラビス族とキャラル族の二人しか居なかった。元々獣がほとんど占めていたし、みんな故郷に帰りたがっていたのでこういう結果になったのである。
ラビス族というのはウサギの耳と尻尾を持つ種族で、その姿は結構差がある。人の姿に耳と尻尾が生えたような者も居れば、ウサギが二足歩行しているタイプの者も居る。今回の子はその中間っぽい感じだ。
キャラル族は猫の耳と尻尾を持ち、骨格が人間と同じような獣人タイプの種族である。ラビス族と違って、人寄りか獣寄りかの程度によって種族名が変わるのが特徴である。
ひと口に人外といっても、いろいろ居るようである。
ラビス族とキャラル族の女性は、エリィとモエに連れられてメイド服を着る事になったのだが、
「そういえば、あなたたち。名前はありますか?」
服が保管してある更衣室に着いたところで、エリィから質問を投げかけられた。しかし、二人とも首を傾げるばかりであり、名前を言う気配はなかった。どうやら名前が何なのか分からないようだった。
「名前っていうのはあなたたちの個体を指し示す呼び方の事ですよ。私で言えば、マイコニドが種族名で、モエが名前って感じですね」
二人に対してモエが自分を例に出しながら説明する。すると、二人はそれですんなりと理解してくれたようだった。
「名前はありません」
そう答えたのはラビス族の女性だった。見た目的には二人ともモエと同い年くらいなのだけど、どうやら二人とも個体名はないようだった。
それにしても、さっきから反応するのはラビス族の方だけで、キャラル族の方はまったく喋らなかった。警戒しているのか喋れないのかは分からないけれど、まったく喋らなかった。
「あっ、エリィさん。私ったら食堂の掃除に行かなければなりません。ここはお願いしてもよろしいでしょうか」
急に用事を思い出したモエである。そういえば、今は昼前である。
「分かりました。済ませたら戻ってきて下さいね」
「承知しました。では、行ってきます」
モエは食堂の掃除のために部屋を出ていった。仕事なので穴を開けるわけにはいかないから仕方がない。
モエを見送ったところで、エリィは改めてラビス族とキャラル族の二人を見る。
「お二人は、私とモエの二人でしっかりと一人前に育てさせて頂きます。今はモエさんが戻ってくるまでの間、私が基本的な事をお教え致しましょう」
「は、はい! よろしく、お願いします……」
ラビス族の方は背筋を伸ばしてから頭をおそるおそる下げている。キャラル族の方はちょっと気持ちが散漫なのか、あくびをしていた。
「ほほう、あくびとはいい度胸ですね……。ここに残るという選択をしたのですから、ここの生活にしっかりと馴染んで頂きますのでね。覚悟して下さい」
あくびを見たエリィが少々お怒りのようである。ものすごい気迫と共にキャラル族の女性を見ると、耳と尻尾を逆立たせてラビス族の女性の後ろに隠れていた。怯えながらエリィの事を見つめている。
「ふふっ、しっかりと馴染む努力をして下さるのであるなら、怒りはしませんよ。ええ、努力さえして頂ければ……」
笑顔のエリィだが、ものすごく怖い。キャラル族の女性はますます怯えて、どんどんとラビス族の女性の後ろに隠れていった。
「ちょ、ちょっとやめて下さい。エリィさんの睨みが私に向けられちゃいます。こ、怖いんですから、ね、やめてってば……」
ラビス族の女性が怖がって訴えるものの、キャラル族の女性は顔を覗かせる様子はまったくなかった。
「うふふふ、馴染むつもりがないのでしたら、お昼は食べられませんよ。働かざる者、食うべからずです。それでもよろしいのですか?」
エリィはお昼ごはんを食べさせないという荒業に打って出る。すると、ご飯が食べられないと聞いて、キャラル族の女性は慌てたようにラビス族の女性の隣に出てきて、ピンと背筋を伸ばしていた。さすがごはんは強かった。
「よろしい。とはいえ、うちに来て初日ですからね、今のところは仕事の説明だけしましょう。モエさんと合流してお昼を済ませたら、屋敷の中を案内します。その時にあなたたちの名前も決めてしまいましょう」
「わ、分かりました。お願いします」
ラビス族の女性は畏まって頭を下げていた。
こうして、新たな屋敷の住民を迎えたガーティス子爵邸。亜人や獣たちが増えて、ますます賑やかになっていく。
しかし、今回潰した密売組織は恐らくは問題の一部だろう。本格的な解決に向けて、子爵たちは調査の続行をしているし、捕まえた連中の取り調べもいよいよ本格化する。
モエたちの平穏な生活には、まだまだ先が長そうだった。
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