第40話 賭けるしかない
扉を開けた先の光景は、とても言葉で言い表せないような悲惨なものだった。
「……これは酷いな」
イジスは目を背けたくなるが、我慢してその光景を見つめていた。
『生きているのが不思議なくらいだな。あやつらめ、我の子もこのような目に遭わせていたのか!』
「モエを待機させておいて正解だったな」
プリズムウルフも怒りを露わにしていた。部屋が薄暗いのが逆に幸いなくらいの光景。とてもモエには見せられないものである。
イジスはプリズムウルフと共に部屋の中を確認するが、生きてはいるがほとんど動きはない。おそらくは逃げられないように痛めつけておいたのだろう。
自分の親が治める領地の中でこんな事が起きているとは思ってもみなかったために、まったく言葉が出てこない。
「あのー、私はいつまで外で待っていれば……?」
頭にルスを乗っけたモエが、待ちきれないのか部屋の中を覗き込んでくる。
「来るな、モエ!」
「ひうっ!」
その声につい怒鳴ってしまうイジス。その怒鳴り声に、モエは身をすくめてしまう。
ところが、イジスの怒鳴り声に対して、モエの頭に乗っていたルスが吠えついてきた。
「ばうわうっ! がるるる……」
何かを訴えるように唸るルス。だが、イジスにはルスの言葉は分からない。
「一体どうしたっていうんだ、ルスは」
見た事のないルスの様子に、イジスは戸惑っている。しかし、プリズムウルフはそのルスの声に耳を傾けているようだった。
『小僧』
その声を聞いて、プリズムウルフはイジスに声を掛ける。
「な、なんだ?」
プリズムウルフの声に驚くイジス。プリズムウルフはその驚きに構わず言葉を続ける。
『我が子が言うには、この娘に任せた方がいいらしい。どういう事だ?』
ルスの言葉は分かるものの、その意味が分からないプリズムウルフ。それに対して少し戸惑ったイジスだったが、すぐにそれが指し示す意味を理解した。
「そうか……、モエの能力はそうだったな」
一人で納得したイジスは、小さく頷く。そして、モエの方へと振り向く。
「モエ!」
「は、はい。イジス様、何でしょうか……」
怯えるモエはイジスの呼び掛けになんとか反応する。
「つらいかも知れないが、こっちに来てくれ!」
「わ、分かりました!」
イジスの呼び掛けに対して、ゆっくりとおそるおそる近付いていくモエ。マイコニドの嗅覚は人間と大して変わらないが、さすがにこの鼻を突くにおいには顔をしかめてしまうモエである。
『どうしてこの小娘を呼び寄せた。どう見ても耐えられるようには思えぬぞ』
イジスに確認を取るプリズムウルフ。だが、イジスは思い詰めたような顔をしながらプリズムウルフに答える。
「モエは、マイコニドなんだ。しかも、特殊な効果の胞子の持ち主だ。ルスや私の傷を癒したように、もしかしたら……」
『癒しの胞子だと?! そんなものが、存在しているというのか?!』
プリズムウルフが驚愕の表情で叫んでいる。それでも、今はこれに賭けるしかないのである。目の前に居る者たちの状態を見る限り、一刻を争う状況だと思われるからだ。
「モエ、とにかくこっちに来てくれ。あと、できる限り目を閉じていてくれ」
「は、はい!」
イジスの呼び掛けに、モエは前へ出てくる。だが、あまりのにおいの酷さに、思わず目眩を起こしてしまう。
「すまない。君に我慢を強いるような真似をさせてしまって。だが、みんなを助けるにはこれしかないんだ」
イジスは目を閉じさせたモエの手を引いて前へ進ませると、
「ここでしばらく座っていてくれ。大丈夫だ、私もついている」
こう声を掛けてモエを座らせた。
(モエの胞子は帽子をかぶせている状態でも効果はある。しかし、ここは仕方がない)
「えっ、イジス様?!」
座らせるや否や、イジスはモエがかぶっている帽子を剥ぎ取った。するとそこには見事なまでの真っ赤な笠が姿を見せたのである。
『こ、これはまさしくマイコニドの笠! 本当に害のない胞子を振り撒いているのか?!』
モエの笠を見てただただ驚くプリズムウルフである。目の前の存在たちも、プリズムウルフ同様に驚いている。マイコニドの恐ろしさを知っているのか、弱った体を動かして距離を取ろうとしている。
「わうっ!」
それを見たルスが1回吠えると、ぴたりとその動きが止まる。どうやら遠ざからないように呼び止めたようだった。
「イジス様、ご無事ですか!」
その時だった。誰かが部屋に入ってきた。
「ランス、今までどこに行っていたんだよ」
「何を言いますか。私を振り切ってどこかに行ってしまったのはイジス様ではないですか。途中で自警団に会わなければまだ探していましたよ。……って、酷いにおいだな、ここは」
イジスに文句を言うランスだが、すぐに部屋の異常に気が付いて顔をしかめる。
「ランス、すぐにここに人を寄こしてくれ。ここに居るみんなを保護するんだ」
「……分かりました。すぐに呼んできます」
目の前の状況を把握したランスは、正直助かるのか疑問に思いつつもイジスの頼みを聞いて部屋を出ていった。
救えるものならばすべてを助けたい。その一心でイジスはモエの手を握り続けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます