第36話 追跡

「大丈夫か、モエ!」

「い、イジス様?」

 モエのピンチに現れたのは、イジスだった。一体どこから現れたのだろうか。

「くっ! 誰だ、てめぇっ!」

 背の大きな男が、イジスに攻撃された箇所を手で押さえながら大声で叫ぶ。

「それはこっちのセリフだな。この街にお前みたいなクズは居ないはずだがな」

 イジスは今までに見た事がないくらい険しい表情をしている。モエとルスが襲われている現場を見て相当にお怒りのようである。

 しかし、左腰に下げた剣を抜いていないあたり、まだ抑えている模様。完全に怒っていたら最初の一撃でばっさりいっていたはずである。モエ絡みでは冷静さを失う傾向のあるイジスも成長したものだ。

「けっ、貴族のボンボンのくせに、偉そうに言いやがって……」

 ゆらりと立ち上がりながら、背の大きな男はイジスを睨みながら吐き捨てている。

 ルスは二人が睨み合っている隙を見て大きな男から逃げ出して、モエのところへ駆け寄っていた。そして、モエはルスを拾い上げて両手で抱き締めていた。

「イジス様……」

「モエ、心配ない。こいつらは私が捕まえる!」

 心配そうにしながら見つめてくるモエに、力強く言うイジス。

「けっ、言ってくれるな! 俺らを甘くて見てくれるんじゃねえぞ、いつまで寝てんだ、このドチビ!」

 対する大きな男は、いまだに痺れて動けない小さな男を思い切り足蹴にする。

「あばばば……っ!」

 だが、小さい男はまだ痺れていて動けないようだった。

「くそが、役立たずめ!」

 蹴られたというのに、まだ地面にうずくまり続ける小さな男にほとほと愛想が尽きたようだ。

 小さな男から視線を外した大きな男は、イジスの動きを窺っている。

(……このボンボンめ、思ったより隙が無い。こいつを犠牲にしても、ここは逃げるべきか?)

 ぎりぎりと強く歯を食いしばる大きな男。

「こいつでも食らいな!」

 大きな男は何を思ったのか、地面にうずくまる小さな男を持ち上げてイジス目がけて放り投げてきた。

「うべらっ!」

「うわっ!」

 放り投げられた小さな男は、地面に叩きつけられるとうめき声を発している。それを躱したイジス。地面の小さな男に気を取られて、イジスはそちらに視線が向けられていたが、再び顔を上げると大きな男は逃げ出していた。

「待て、逃がすか!」

 イジスは大きな男を追いかける。

「モエ、そいつは誰かを呼んで捕まえてもらってくれ。私は奴を追いかける」

 イジスはそうとだけ声を掛けると、逃げる男を全力で追いかける。残されたモエはイジスに言われた通りに、通りがかった人に声を掛けて小さな男を縛り上げ、自警団を呼んでもらった。

「イジス様、無事でいらして下さい……」

 モエは不安そうにイジスが走っていった方を見ているのだった。


「追いついたぞ!」

 イジスは剣を抜いた鞘を大きな男に向かって投げつける。

「ぐおっ!」

 見事男の足に命中して絡まり、大きな男を転ばせる事に成功した。

 足に挟まった剣の鞘を大きく撥ね上げながら、大きな男は大きな音を立てて地面へと倒れた。

「さあ……、追い詰めたぞ!」

 呼吸が荒くなっているが、イジスは剣を大きな男に向けながら言い放つ。

 ところが、地面に倒れた男は動じるどころか、体を震わせ始めていた。

「ふふ、ふはははははっ!」

 突如として大きな男が笑い始める。

「何がおかしい!」

 剣を男に向けながら、イジスは叫ぶ。

 そんなイジスに背を向けたまま、男はゆらりと立ち上がる。そして、顔だけをイジスの方へと軽く向ける。

「いやぁ、面白いように誘い込まれるから、つい笑っちまったってわけさ……」

「なんだと?!」

 にやりと笑う男に対して、つい動揺してしまうイジス。

「この狭い街の中を、わざわざ人通りの少ない場所を何度も通りながら走ってたのに気が付かないたぁ、所詮ボンボンだよなぁ?」

 大きな男はまるで説明するように喋りながら、体全体をイジスの方へと向けた。

「お前は誘い込まれてたんだよ。なあ、兄弟?」

 大きな声で大きな男が周りを見回しながら言う。すると、周りを取り囲むようにしてたくさんの人影が姿を現した。

「くそっ、いつの間に!」

「ひゃはははははっ! いいねえ、その顔。世間知らずのボンボンは実に期待通りの反応をしてくれる」

 イジスを指差しながら笑う大きな男。そして、笑いをやめてすっと直立した男は、イジスに向けて言い放つ。

「ってわけだ、おとなしく死にさらせ。俺たちに楯突いた事を、あの世で後悔するんだな!」

 大きな男が手を上げて合図をすると、周りからイジスに向けて一斉に襲い掛かってくる。だが、遠距離攻撃を持っていなかったのは幸運だと言えよう。

「私を、甘く見てもらっては困るな!」

 襲い来る連中を持っている剣で対応するイジス。リーチで言えば確実にイジスの方が有利なのだ。

 だが、相手は短剣で、しかも動きが素早い。大振りともなれば、剣のリーチを活かしきれなくなってしまう。しかも多勢に無勢。イジスは段々と追い込まれ始めていた。

「野郎ども、とどめは俺に任せな。いいか、動けなくするだけでいいからな!」

「ぐっ……」

 段々と激しさを増す攻撃に、イジスはいよいよ捌き切れなくなってきた。

「ははっ、貴族のボンボンが、死にさらせえっ!」

 攻撃の激しさにふらつくイジスに、大きな男がついに襲い掛かってきた。

 イジス、絶体絶命のピンチである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る