第34話 街はずれにて

 普段ならば馬車で市井に移動するのだが、この時のモエはどういうわけか徒歩での移動だった。

 とはいえ、元々は森の中で暮らしていたマイコニドだ。歩き回る事に関してはそんなに苦にならなかった。森に比べれば領都はまだ狭いのである。

 メモ書きの地図を頼りに領都の中を歩いていくモエ。一人で歩くのは初めてではあるものの、地図がしっかりと描かれているがために迷う事なく歩いている。

 しかしだ。目的の場所までは複雑に街路が入り組んでおり、到着までには少々時間がかかりそうだった。なんでこんなめんどくさい場所の店と取引をしたのだろうか。

 まだまだ人間たちの社会に慣れていないモエは、その辺の事に疑問を持つ事なく、ただただ目的地へ向けて歩くだけだった。

 領都の中は昼下がりとあって賑やかだ。その中を歩いていくモエは街行く人から挨拶をされる。着ている服がガーティス子爵家の使用人の物だという事は、街のみんなが知っているようである。

 挨拶をされる事に驚いているモエだったが、エリィから教わった通りに小さく頭を下げながら挨拶を返していく。

 ちなみに頭に透明になったルスが乗っているものの、多少頭が動いた程度ではまったく動じていない。モエの頭に完全に馴染んでいるのである。街の人間に害意がないようなので、ルスは頭の上でものすごくリラックスしている。

 さて、いよいよ目的地に近付いてきた。

「えーっと、確か次の角を曲がったところだったかな?」

 モエは立ち止まって地図を確認している。

 今現在モエが居る場所は、辺りの人通りが少なくなっているちょっと領都の中でも外れた場所なのだ。そのせいか、頭の上のルスが少し唸り声を上げている。警戒をしているのだ。

 目的地を確認したモエは、その方向へと歩いていく。周辺の雰囲気が、集落を出てきた時の森の中に似ていたせいか、その身が少し震えているようである。

(うぅ、何か出てきそうで怖いわね、この雰囲気……)

 モエは両腕をがっちりと抱えながら歩いていく。

 進んでいった先には、ちょっと変わった雰囲気の建物が建っていた。どうやらそこが目的地のようだった。

 見た目は民家といった感じだったので、モエは扉を叩いて中に呼び掛ける。

「ごめん下さい」

「誰だ?」

 中から反応があって、モエは体をビクッと跳ねさせる。だけど、頼まれものをされてここに来た以上、ぐっと気を引き締め直す。

「ガーティス子爵様より命じられて、荷物を取りに来た者でございます。中に入ってよろしいでしょうか」

「ああ、あいつの使いか。……入るといい」

 モエの質問に対して、一瞬間があったものの、中から了承の返事があった。モエは表情を引き締めて扉を開けて中へと入る。

 建物の中は少し埃っぽく、かび臭いにおいがした。だが、マイコニドであるモエはあまり気にならなかったようだ。

「珍しいな。ここに来た奴は大体においに鼻を覆ったり顔をしかめたりするんだがな」

 モエの反応に対して、中に居た人物は少し驚いた反応をしている。

「うん? おぬし……」

 続けて、モエを見て何かに気が付いたような反応をする人物。

「えっと……、何か?」

 はっとした顔をする人物に対して、警戒感を露わにするモエ。そのモエの反応に気が付いたのか、

「いや、なんでもない。こんな街中にそんなわけねえな……」

 目の前の人物は視線を外して首を軽く左右に振っていた。

「まぁそれよりだ。ガーティス子爵の命令で来たって言ってたな」

「はい、その通りでございます」

 目の前の人物の質問に警戒感を強めたまま、モエは真っすぐ立って答える。

「ついて来な。受け渡しの品はこっちにある」

 目の前の男はガタリと立ち上がる。

「そうだ。警戒されたままもなんだから一応名乗っておこう。俺はガーティス子爵の幼馴染みでピルツっていうんだ。よろしくな、マイコニドの嬢ちゃん」

「えっ!?」

 驚くモエだったが、ピルツはそれに構う事なく奥へと入っていった。

「さっさとこっちに来るんだ。今日は時間を作っておいたが、俺は暇じゃないんでな」

「はっ! わ、分かりました」

 モエは慌ててピルツの後を追って奥の部屋へと移動する。

 奥の部屋に移動したモエは、その部屋の中を見てとても驚いていた。所狭しとたくさんの瓶が並んでいたのだ。

「一応俺は魔法が得意な錬金術師なんだ。子爵の奴はだいぶお前さんの事を買っているみたいでな、護身用に何か作れないかと頼んできたんだよ」

「そ、そうだったのですね」

「お前さんやその頭に居る犬っころにしても、厄介な奴に目をつけられてるらしいからな。いざという時に身を守れるものがあった方がいいだろう?」

 ピルツはそう言いながらがさごそと部屋の中をあさっている。

「おかしいな、ここらに置いたはずだったんだが……」

 どうやら肝心の物を見失っているようだった。

「おお、これだこれだ。寝ぼけて変なところにしまい込んでしまったようだな」

 ようやく見つけたらしく、ピルツは部屋の中にある机に何かを置いた。そして、モエを近くに呼んで説明を始める。

「聞いたところじゃ魔法は使えないって話だったからな、護身用の魔道具を用意させてもらった。身を守るための防壁と相手を痺れさせる魔法が込められたブレスレットだ。代金はもらってるし、持っていきな」

 にこにことしながらブレスレットを差し出すピルツ。それを見て思わず固まってしまうモエだった。

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