第16話 モエの胞子

(この光……、暖かい……)

 ジニアスから放たれる光に包まれながら、モエはふわふわとそんな事を思っていた。今までに感じた事のない暖かさに、モエは思考が鈍ってしまったようである。

 周りはそんなモエの様子を静かに見守っている。

 しばらくすると、ジニアスの手から放たれていた光が弱まっていき、ふと消えてしまった。

 その様子を見たガーティス子爵は、確認するかのようにジニアスに話し掛ける。

「ジニアス殿、いかがだったのでしょうか」

 ふうっとひと息ついたジニアスは、くるりと子爵たちの方を振り返る。そして、にこりと微笑んでいた。

「このマイコニドは害にはならんよ。胞子は確かにずっと出てはおるが、今までに見た事のない効果の胞子だった。まぁ、ゆっくり座って話をする事としようじゃないか」

 ジニアスの言葉を聞いた子爵はほっと安心していたようだった。それはイジスも同じである。

 ひと息ついた子爵は、すぐさまダニエルとマーサに紅茶と食べ物を用意するように命じていた。これからゆっくりとモエの話を聞くのである。準備は万端にしてあるので、実はもう持ってくるだけなのだった。


 紅茶に簡単につまめる食べ物が揃うと、ジニアスは紅茶をひと口含んでから子爵たちに視線を向ける。そして、おもむろに先程の鑑定の結果を話し始めた。

「このモエというマイコニドじゃが、実に面白い効果の胞子を振り撒いておる。それは、わしらがマイコニドに対するイメージを根底から覆す効果じゃった」

「と、申されますと?」

 子爵が確認するかのようにジニアスに声を掛ける。そのジニアスの隣で、モエはおどおどとした態度で耳を傾けている。

「うむ、一種の癒しの効果というかのう……。これまた一言では説明の難しいものじゃった。一番近いと言えば、わしら司祭が持つような力と似たようなもの、といったところじゃろう」

 ジニアスから告げられた言葉に、子爵たちが全員驚いている。まさかの効果である。

「そうか……。先日食堂で水の入った花瓶をひっくり返したと言っていたのに濡れた形跡も何もなかったのは、そういう能力のせいか……」

「ほほう、それは実に興味深い話じゃな」

 子爵が呟くように言った事に、ジニアスが深い関心を示していた。

 詳しい話をモエと子爵から聞いたところ、ジニアスは、

「ふむ、それはきっと浄化じゃろうな。おそらくモエはまったく意識しておらん。マイコニドの胞子は本人の意思とは関係なく効果を発揮するからのう」

 と私見を述べていていた。

 効果はともかくとして、まったく害にならないというマイコニドの胞子はこれまでで初めての話だ。さすがのジニアスも推論でしか話ができなかったというわけだ。

「そうか……。浄化か……、それならば」

 ジニアスの話を聞いたガーティス子爵は、突然何かを思い出したように口に手を当てていた。

「どうしたんじゃ、子爵」

 その様子が気になったジニアスが声を掛ける。

「いや、先日うちの領内で違法取引が摘発されましてな。その際に拾った生物を自警団で保護しているのですよ」

「なんと! という事はその生物は亜人、もしくは魔獣の類という事になるわけですな?」

 ジニアスが確認をすると、子爵は無言でこくりと頷いた。その子爵の反応に、ジニアスは顎を抱えていた。

 しばらく考え込んだジニアスは、子爵にこう告げる。

「すまないが、見せてもらうわけにはいかないじゃろうか。そこでモエの能力も実際に目に入れた方がいいと思うのじゃよ」

「なるほど、それは名案ですな」

 二人揃って、モエの方へと視線を向ける。すると、モエはびくっと体を震わせていた。

「ですね。私もそれに賛成です!」

 ここで声を上げるイジス。相変わらずの様子に、子爵が思いっきりため息を吐いていた。

 だが、自警団へ向かうという方針は変わらなかったので、子爵、ジニアス、モエ、イジスの四人で向かう事になった。

「イジス、お前は静かにしていろよ。騒ぐようならつまみ出して、自警団の連中と手合わせをさせてやるからな」

「わ、分かりました、父上」

 子爵の鋭い視線に、イジスはこの約束を受け入れるしかなかった。

 本当は連れて行きたくはないのだが、例の生物を拾ってきたのはイジスとランスの二人なので、どちらかは連れて行かなければいかなかったので仕方のない同行である。だから、こういう条件を突きつけたのだった。

 早速子爵家の馬車に乗り込み、自警団の詰め所へと向かう子爵たち一行。その中で、モエは馬車の隅の方で距離を取るように縮こまって座っていた。


 子爵邸からしばらく馬車に揺られ、いよいよ詰め所へとやって来た。

「これは子爵様。本日はどのようなご用件で!」

 詰め所に居た兵士が立ち上がって敬礼をする。

「15日くらい前に息子が拾ってきた生物が居ただろう。それに会いに来た」

「はっ! それでしたら、自分が案内致します。弱ってはおりますが、与えた餌は食べております。ですが、相手が相手ゆえにご注意下さいませ」

「うむ、分かった」

 兵士が先導する中、詰所の中を進んでいく子爵たち。

 到着した場所は詰所の中の救護室だった。

 保護されている生物とは一体どんな存在なのだろうか。いよいよその正体が明らかになる時が来るのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る