放課後に清楚で美人な悪い子姉妹からアウトローなお誘いを受けた
夜葉
第1話 遭遇したのは嫌いな奴だった
忘れ物をした。
窓から指す光は既に紅いものになっており、現在俺が歩いている廊下には誰も居ない。
自分の足音しか響かないこの空間は人によっては寂しいものだと感じるかもしれないが、俺にとってはとても心地良いもの。
ただでさえ忘れ物をして帰ってすぐ学校に戻るという面倒な状況なのだ。せめて誰とも関わることなく目的を遂行したい。
……そう思っていたのだが、扉を開けた瞬間に願望が叶う可能性はなくなった。
いつもこうだ。願ったこととは正反対の事象が起こる。
「見られてしまいましたね」
教室には先客が居た。
倉田南。クラスの人気者で才色兼備、高嶺の花という言葉がお似合いな少女。
俺としてはできる限り関わり合いになりたくないお相手。
だというのに、少しでも判断を誤れば関わらざる得ないのが今のこの状況。
「驚きましたか?」
驚きは確かにある。まさか倉田がこんなところで『煙草』を吸っているなんて。
本当に驚いた。こんなところで吸っていてはリスクが大きいだろう。現に彼女は俺というリスクに遭遇してしまった。
とはいえ、彼女にとって幸いなのは、俺がそれを告発するつもりはないということ。
彼女が何をしていようが俺には関係ない。
どうせ誰かに言ったところで俺の言葉を信じる者は居ないのだ。倉田の表面しか見ようとしなかったクラスメイトに感謝するんだな。
俺は結局、倉田を無視して自分の席へと向かう。
「私がこんなことをしていても、あなたは何も言わないんですね」
やめてくれ。話しかけないでくれ。俺はその問いに答えることすら億劫なのだ。
できることならば、今日このことは無かったことにしてほしい。
……ただ悲しいことに、こういった融通が利かない人間は世の中に多い。だから俺は直接頼まずにだんまりを決め込んだ。
とにかくさっさとブツを回収して出ていこう。
「その引き出しの中にあるもの」
ピタリと、ブツへ伸ばした俺の手が止まった。
「とても面白いものですね」
……詰みか。
「見たのか?」
こうなれば、俺も彼女と関わるしかない。
このままでは弱味を握られるのが俺だけになってしまうから。
「はい。とても素敵なものでした。ぜひ私も使ってみたいものです」
「これは親父の形見だ。使わせるわけにはいかない」
まあ、大切なものかと問われれば別にそうでもないのだが。
……ではなぜ学校まで持ってきているのかって? なんでだろうな。ただ言えることは、俺は未だに自分の失敗に囚われているということだけ。
「あなた自身はそれを使うんですか?」
「使わない。お前とは違う」
そうだ。彼女と違い、俺はこれを持っているだけ。それだけなら誰かに責められる謂れは何もない。
そう思いたいが、彼女が一言『琴乃光は煙草を吸っている』と言えばそれが真実になるのがこの世界、この教室だ。
ここは取引の一つでもしなければ生き残れないだろう。
そして、彼女もそれを分かっている。だからこんな取引をするハメになった。
「なら、今日が初めてということになりますね」
差し出される煙草。当たり前のように俺も吸うことが決定している。
「仲間に引き込もうってか?」
「ええ。それで今回の件はお互いに黙っておこうということです」
なんともまあ、俺側のデメリットが大きい提案だな。
これくらいで済むなら安いもの……なんて言えるほど、俺は大人じゃないぞ。
とはいえ、これを断るという選択肢は存在しないわけで。
「分かった。だが、この『灰皿』を貸すつもりはないぞ」
「もちろん承知の上です」
そして似合わない笑みを浮かべる。
「一度、あなたと話してみたかったんですよ」
「そりゃまた光栄なことで」
倉田は箱から一本の煙草の頭を少し覗かせて、それをこちらに差し出してくる。
「さあ、どうぞ」
その声色は俺のことをまったく脅威として見ていないであろう柔らかなもの。
……俺のことを、既に仲間だと信頼しきっているもの。
だが知っている。それは彼女にとっての処世術なのだ。
「その声が嫌いだ」
「だから誘ったんですよ?」
他人には、こうして神経を逆撫でするようなことを言わないだろうに。
俺は舌打ちしながらそれを抜き取った。
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