第65話 諸・々・総・括 3



 プラナリア、という……特殊な生態をもつ、摩訶不思議な生物がいる。


 全長1〜4センチメートル程度の小さな生物で、全身に備えた未分化幹細胞により、切断された部位の再生を行うことが出来る。

 外的要因によって切断された場合も、同様に再生が可能。それどころか切り離された末端も順当に再生していき、最終的には全く同じ二つの個体となるという。

 百に切り分けられた断片がそれぞれ再生し、百の個体に分裂した……などという逸話が語られる程には、特徴的な一芸をもつ生命体である。




 し木、あるいはという……一風変わった園芸手法がある。


 植物が花を咲かせ、受粉ならびに結実し、タネを残すのではなく……茎や枝を切り取り、そこから根を生やすことで株を殖やすという手法である。

 タネを付けない、あるいは付け難い植物の繁殖に用いられ……有名なところではソメイヨシノの桜なんかは、世界中に散らばる木々の全てが、この手法で殖やされたものだという。




 ……まぁ、なんというか……しゅの繁殖に関する部分は、ともするとデリケートな話題なのかもしれないわけで。

 会って間もない上位存在に『どうやって繁殖するんですか』もっと言ってしまえば『どんな感じで交尾するんですか』だなどと……聞けるわけがないのだが。


 彼ら『アガルタ』の……その、要するに『次世代に命を繋ぐ手段』というのは、先述のそれらに近しいものなのかもしれない。





「シシナおねえちゃん、ワタシは質問します。当該イー・ライ分体の生体パルス変調、所感を伺いたいです」


「え、と…………ちょっと、スムシュ……戸惑う、している、です。……けど、落ち着いている……大丈夫、です」


「んゥ! ココロカの末端、同調の確立を観測しています! きこえますか、きこえますか? ワタシは挨拶……こんにちは、こんにちは!」


『…………こん、にちは。きこえま、すか』


「きゃ〜〜!!」「わ、わぁ……!」




 南房総のシシナさん家から、彼女ならびに先日は『アンテナ』役を務めてくれたイー・ライを伴い、我らが輸送艇ポーターにて足を運んだこちらは……私達以外に人っ子ひとり居ない、生まれて間もない例の火山島である。


 そんな寂しげな地表にてディンの問いかけに答えたのは、火山灰の地面に影を落とす巨大な姿。

 もはや神々しささえ感じさせる、堂々たるその外観は……銀褐色に煌めく身体を持つ『大蛇』といったところか。



 その正体とは……異星文明製由来の普及型医療機器『思考ΛD-ARK制御によって稼働する代替骨格』をベースに、シシナのもとで経験を積んだ自在変化型珪素生命体『イー・ライ』にて肉付けを行い、仕上げに『核』となるココロカの尾片を頭部に埋め込んだ遠隔端末である。

 シシナと『イー・ライ』が共生関係を築いているように……この大蛇型端末においてはココロカの末端意識と『イー・ライ』が同調し、動作制御を行う形となっているらしい。

 もともと四肢を持たないアガルタであっても、この身体であれば――無論、宙を泳ぐことは難しいだろうが――さほどの違和感も無く動かせることだろう。




『…………わたしは、驚愕に位置します。わたしは、アガルタは……視覚器官、『ヒカリ』の受容による物体認識機構、『目』を所持しません』


「んゥ。眼球組織はアガルタ外殻組織に比べ、非常に脆弱と推測できます。極高温高圧環境へ適応するため、また物体探知にはΛD-ARKの応用が可能なため、眼球組織を退化させたと推測……『見る』したことがない、判断します」


「え、と……じゃあ、はじめて『見る』景色…………どう、ですか?」


『…………わたしは現在、わたしの感情を定義しています。驚愕。困惑。不安。しかしそれらは、わたしはネガティブではありません。…………わたしは発見しました。感動を覚える、わたしに位置します』


「んへへェ〜〜」「ふふっ」




 アガルタが自ら切り離した尾の一部は、いわば『小さなアガルタ』のようなものであるらしい。

 本来の生育環境であれば、自切後しばらくは親である個体に帯同し、親からの『遠隔操作』のような形で行動を共にするのだという。


 分離した『小さなアガルタ』は、いわば書き込みが全く無い『まっさら』な状態、いうなれば『新しいファイル』である……らしい。

 長い時間『遠隔操作』されていくうちに行動パターンを学習し、やがては自我を確立、最終的には新たな個体として独立する……らしい。



 ……親個体と子個体、最初は意識を同じくしているものの、長年の外的刺激の累積によって徐々に変質していく……ということなのだろうか。

 生殖というよりかは、むしろインプリンティングというか、ともすると反復試行の積み重ねやプログラミングに近い感じというか。

 我々ヒトをはじめとする脊椎動物とも、地球外由来の金属生命体イー・ライとも異なる……何とも不思議な生態である。




 ただ、そういったアガルタの『分裂』とは、本来は数百年に一度かとのことなのだが……そこは大量に摂取したリソースの使い所ということなのだろう。


 ディンならびにスーからの『提案』を受け、ココロカはこの『遠隔子機作戦』に興味を示してくれたとのことで。

 その実行のためにと、先日吸収した『亡霊種ファンタズマ』の残滓を用いて小さな『分身』を生成し……自らの半身であるそれを、私達に託してくれたのだ。



 あとは私達の技術陣、ならびに比較的近しい性質を持つイー・ライの協力を受け、意外なほどあっさりと遠隔端末たる『子機』が完成。

 ココロカの感覚と、意識の一部を同調させるテストが成功したのが、つい先程のやり取りというわけだ。


 これからずっと先、この『子機』が将来的に自我を形成し、完全に独立するまでは……ココロカ本人の『目』となり、分身となってくれることだろう。




「えー、っと…………つまり、ココロカ自身は地底のマントル層か、場合によっては火口に居ながら、ΛD-ARK制御で白蛇を遠隔操作して地表を動き回り……イー・ライが再現した感覚器官を通して、地上環境を観察できる、と。……アガルタのΛD-ARK技術の規格外っぷりには、毎度驚かされるな」


『肯定します。アガルタ個体『ココロカ』および遠隔子機、双方間に擬似的な同一思考ラインの形成が確認できます。ΛD-ARKパルスを用いた遠距離通信は、実質的に無制限と言える通信レンジと推測します』


「ワタシが提案しました! ワタシとスー、もっとココロカと一緒、いろいろわくわくしたいと願望を抱きます!」


「ふふ…………そうだな。……子機のほうは、イー・ライと共生関係、って感じなんだろ? そっちは問題無いか? シシナさん」


「はいっ。…………その、なんていうか……波長、っていうか、その……性質、が、割と近いみたい……なので。…………私と、共生する、よりは……難易度も低い、と」


「…………まぁ、確かにそうか。……そう考えるとイー・ライの順応能力もかなりのモノだよな」


「んゥー! みんなに助けられて、ワタシはありがとう! とても嬉しいです!」


『…………わたしも感謝をします。身体、これは感覚を慣れます。アルガ無い環境による動作、わたしは習得を問題ないです。感動を覚える、感覚をします』




 先の一戦において、ディンならびにスーのココロカに対する好感度が急上昇したこと。

 加えて、ココロカ自身が地上世界と『私達』に興味を示し、より深い交友を望んでくれたこと。

 そしてもう一点……彼自身は『生命や体調には然程の影響が無い』と主張しているとはいえ、『急激に上昇した体内のΛD-ARKエネルギー濃度をそのまま放置するのは、やはり少なからず負担であろう』と、ディンらが観測および判断を下したこと。


 それら経緯から立案された計画ではあったが……シシナおよびイー・ライの協力もあり、当初の想定以上にスムーズに『子機』の実現に漕ぎ着けることができたのだ。



 特に……変質魔力を大量に取り込んだ件に関しては、何らかの対策を考えておく必要があった。

 いくらココロカ自身が『大丈夫』と証言した(?)とはいえ、そもそも種族全体が数千年単位で吐き出し続けてきたΛD-ARKエネルギーの変異体を、彼は一気に吸い込んで見せたのだ。


 何割かは災魔の現出、ならびに大規模な戦闘行動、そしてココロカ自身の活動と温度管理等の『魔法』によって消費されたとはいえ、それでも残置量は膨大である。

 ずーっと溜め込んでおくのは、さすがに不安が過ぎるだろう。若さゆえの痩せ我慢と、彼の自己犠牲に縋るべきではないのだ。




 まあ、そんなわけで打ち出した『遠隔子機』ならびに『火山島開拓』作戦だ。

 今更ではあるが……私達の持つ『転送』機能であれば、日本本土とこの火山島の往来はほんの一瞬で可能である。

 加えて、ごくたまに訪れる観測機や船舶の接近に関しても、日本上空の揚星艇キャンプからそのままモニター可能である。


 つまりは接近を感知してから、見せたくないものを隠すなり隠れるなりすれば良いのであって。

 つまりは、それ以外の殆どの時間は『やりたい放題(※地球常識の範囲内)』できてしまう……格好の『遊び場』といえるわけだ。



 私達みんなの悪ノリが結集した『子機』の性能に、それを駆るココロカの操る魔法ΛD-ARK制御技術が加われば……現代のヒトの観測を掻い潜った上で『趣味』に興じることなど造作もない。

 現在はかさを減らした溶岩がかつて満たしていた地下洞窟を根城に、巨大な白蛇姿(の子機に意識の一部を移した)ココロカはのんびりと『島暮らし』を満喫し。

 我が家の可愛い娘二人はというと……特別講師であるシシナさんを巻き込んで、あれやこれやと植物の種やら土やら肥料やらを持ち込み、新島の地表緑化……もとい『家庭菜園』に興じていたりする。


 …………いや、とんでもない規模だけどな。もはや菜園の域じゃないが。



 とはいえ、植物の生育をじっくり観察するという行為。これがまた数奇な出自の二人にとっては、なかなか興味深いものだったらしく。

 母艦スー・デスタの倉庫から色んな作業機械を引っ張り出し、また輸送艇ポーターの輸送能力やペイロードを遺憾なく活用し、あーでもないこーでもないと試行錯誤しながらデータ収集を行っていく予定らしい。


 ……まぁ尤も、二人と白蛇一体と特別講師一人による盛大な実験は、まだまだ取り掛かり始めたばかりである。

 植物が育っていき、彼女らの求めるデータが集まるまでには、まだまだ長い時間と多くの失敗が必要なのだろうが。

 周りの目を一切気にせず、好きなことに熱中する時間も……たまには肩の力を抜くことも、この子たちには必要だろう。




 ちょっとばかり……いや、正直かなり好き勝手やっている自覚はあるのだが。

 そこはまぁ、いざ働くべきときにはちゃんとバッチリ働くので、どうか大目に見てほしいというか。


 現場対応担当の私とディンと、多角的事務処理担当のスー。私達の果たせる貢献は、そんなに小さなものではないと自負している。

 そんな感じで持ち掛ければ……プリミシア局長も、きっと納得してくれるだろう。





「かあさま、かあさま! ワタシ、ココロカのおうち! 地下部分洞窟探検に行ってきます!」


『…………わたしは歓迎します。山体地下層、アルガ無き道は複雑に存在します。見るべきは長い、変化に富みます』


「ケガしないようになー」


『かあさまニグ、ワタシは協力者シシナの助言により、植物の生育には安定的な水源が必須であると結論付けます。よって、地下秘匿型貯水設備の造成を提案します』


「あ、あのっ……地下ダム、という形の、貯水設備…………この子イー・ライなら、比較的容易に、できそう……ですっ」


「怪しまれないようになー」




 そして私は……そんな元気に遊び回る子らを眺めて、一人で悦に浸ってるというわけだ。

 一時はどうなることかと、存在しない肝を冷やしたりもしたが……まぁ、どうにか平和に落ち着いて良かった。アガルタさまさまである。


 今後も可愛い娘とそのお友達のため、出来る範囲で働かせて貰うのは良いとして。

 一方で……休暇は休暇で、家族水入らず有意義に過ごさせて貰おう。



 まったく……いいご身分だな、私は。



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