保安官と農民 その5
吸血鬼、羽山 宙光はあっという間に安口村の我が家にたどり着いた。
「…誰もいない?」
宙光はふと周りを見渡した。ゴーストタウンとはまさにこのことだろう。
「いや、一人いる。感じる、感じるぞ。」
宙光はすぐさま家に入り、隠し扉を開けた。
「きゃあああ!」
「恐れてはいけません、由紀。兄である。」
扉の先で震えていた自分の妹を宙光はなだめた。
「兄様? …兄様!」
由紀は勢いよく抱きついた。
「由紀…心配しただろ。すまない。」
「兄様、瞳が赤くなっている。まるで宝石みたいで素敵です。それに金の翼…綺麗。」
「由紀、母上はどこだ? 村の者もおらぬのだ。」
宙光は質問をすると、由紀は申し訳なさそうに頭を下げた。
「兄様が幽閉されたと知られた瞬間、母上を含め兄様を慕う者達みんなで藤原の屋敷に殴り込みにいったの、子どもたちまで。 ……私はもしものためにここに隠れるように言われたの。私は足手まといだから。」
由紀はみるみる涙目になった。
「兄様…私のせいで、牢獄に。私のせいでみんな謀反人に…ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
「由紀、悪いのは軽率な兄と非道な侍だ。」
宙光はそう言いながら、立ち上がった。
「待っていなさい。悪夢はすぐに終わらせる!」
宙光は屋敷に向かって、風となった。藤原の屋敷はあらゆるところから煙が舞っていた。
(もう戦いは始まっている。…確かに安口村は農民が多いが、武器を持ち、鍛錬が日常の武士相手に彼らは武が悪すぎる。…私は上空より悪を断とう。不思議とこの眼は屋敷の全体を把握していて、誰が敵で誰が味方かはっきりわかる。不思議とこの体には想像を超える大いなる力が備わっている。だがこれは村を、友を、家族を守るために力を抑えなければ…悪いが、安口村の侍たち! お前たちの非道を私は目を背け、意味のある行動だと言い聞かせた自分を恥じている。よってこの日、お前たちの命を私は冷酷に断つ! この右手に魔力を込めて!)
宙光は心の中で宣言すると、右の拳を標的に向けて、それから左の人差し指を右のニの腕にのせて、ある言葉を放った。
「
ピュンっと宙光の三の腕から細長く血のように赤い光線が解き放たれた。
「うわあ!」
農民に斬りかかろうとした侍は光の熱にやられてしまった。それからは一瞬だった。宙光は何度も何度も何度も
「残るは藤原 金成のみ。はて、一体どこに?…」
「チェストおおお!」
いきなり人影が、上空にいる宙光の目の前に現れた。
「何っ⁉︎ グッ!」
宙光を襲った刀は
「藤原……金成!」
「先日とは別人だな、農民。」
金成はニヤけていた。
「だが同時に貴様も俺が強いことに驚いている面だ。」
「……お前には怪人の気配を感じない。なのになぜいきなり私の目の前に瞬間移動できた?
それになぜ浮いている?」
宙光は疑問を素直にぶつけると、金成はニヤけながら答える。
「農民に応える義理はないわ!」
金成は力を込めて標的に接近した。
(金成…速い!)
カッキーン!っと殺意丸出しの斬撃が再び
「グッ!」
(衝撃は走る! …だが防ぎ切れる!)
「この距離なら確実だ!」
宙光は拳を標的に向けて左、右の人差し指を右のニの腕にのせて、言葉を放つ。
「
だが…。
「遅い!」
金成はそう言いながら勢いよく刀を振った。宙光は驚愕した。
「なっ! 刀で光線を…うわああ!」
自分の技が反射された吸血鬼は、直撃を避けられなかった。宙光は地上へと急降下する。
「ぐ、ぐぐ!」
宙光は翼でなんとか宙に踏みとどまった。金成は気に入らなかった。
「お前などこれで真っ二つよ!」
金成は刀に力を込めて、少ししてから、技を解き放つ。
「飛斬、重!」
強力な衝撃波が宙光に向かって解き放たれた。宙光は冷静に手刀を構えた。
「手刀、炎断!」
宙光の手から炎の斬撃が解き放たれた。金成のソレを容赦なく消した。
「うおお!」
間一髪で金成は攻撃をかわしたが、彼の周りは技の影響で煙で覆われた。
ガシッ!
「グエッ!」
鉄の手装甲が侍の首を絞めた。目の前には見下していた大男が赤い瞳を睨ませた。宙光は穏やかな口調で話し出す。
「お前を地面に叩き潰す!」
「まっ、まてえ! ここからの急降下は骨が何本骨が折れるか!」
「骨折じゃ済まない!」
農民は武士の首を掴んだまま、回転を加えて急降下した。
「ゴナゴナだ!」
バコーンという大地に響く音と共に地面に大きな穴が空いた。戦いを終えて城からゾロゾロと撤退していた農民たちは恐る恐る穴に近づいた。穴の少し上空に浮いていた人影は目立ちやすかった。
「て、天使だ! 大きな天使だ!」
「ほんとだ! 天使が我らの味方をして、武士を成敗したんだ!」
たちまち農民たちは膝をかがめ、拝み始めた。宙光は、倒した男の成れの果てを見下ろしていたがふと集まった者たちにようやく視線を感じた。
「おっ、落ち着きたまえ、みんな!」
宙光は地面に足を着かせて、翼をしまい、装甲を煙が消えるように外した。
「友よ、兄弟よ、愛する村の者よ! 私だ! 地助だ! 拝んではいけない!」
その言葉に真っ先に頭を上げたのは、地助と知られていた男の母、宙だった。
「地助……地助なのかい?」
宙は涙目になりながら、息子に近づいた。彼の頬に手を置き、さらに涙を流した。
「ああ、地助だ! 私の地助だ! 私の息子が天使に生まれ変わったんだ!」
ふと他の村人も、救世主が隣人であったことに気づいた。
「ほんとだ! 地助だ!」
「脱獄したんだ!」
「悲しかったぞ!」
「ありがとう!」
「地助に万歳!」
その日は安口村で一番の大宴会が夜まで続いた。長い侍による呪縛から村は解放されたのだ。喜ぶのは当然である。
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