4-9
「え……何、この馬車……」
雷に打たれたような衝撃に、一時的な行動不能のデバフを付与されていたミーシャは、アリアに半ば引き摺られるような格好で、馬車に連れ込まれたのちに、その中の様相を見て、少し引き気味にいった。
「どうもこんにちは、ミーシャさん。事情はこちらから説明した方がよろしいでしょうか?」
「――――……こんにちは、メアちゃん。いや……大丈夫――」
短い距離を歩いて、少し冷静さを取り戻したミーシャは、薄暗い馬車の中で、煌々と光を放つ幾つものモニタと、エルハルトたちの周りを飛び回っていた目玉蝙蝠達とを結び付けて、大体の状況を理解した。
「でも、いくつかわからないことがあるんだけど……良いかな……?」
そして、ミーシャは彼女の後に続いて馬車に乗り込んだアリアに視線を移して言った。
「えーと……はい……」
ミーシャの静かな問いに、アリアは目線を右へ左へと忙しく行ったり来たりさせながら答えた。
「あの格好は……なに……?」
ミーシャは画面に映し出される、馴染み深い、見慣れない二人の姿を指さして言った。
「ええ……すぅー……これはですね、私共が取り交わした契約というか……すぅー……交換条件というか……すぅー……まあ、いわゆる“罰ゲーム”という名称も付くこともある……なんて言うか……」
「うん、それはわかるよ。でも、普通の罰ゲームだとあの二人が嫌な思いをするだけだし、それだけだとなにも面白くないから、これをきっかけに二人に“機会”与えた……そうでしょ?」
「う……何で知ってるんですか……」
「そりゃあ、わかるよ……アリアちゃんが話してくれたんでしょ?本当、難儀だよね、その性格――」
「…………」
「…………?」
全てを見通すその瞳に当てられて、途端に黙り込むアリア。そんなアリアの姿を見て、メアは不思議そうに小首を傾げた。
「まあ、私も人のこと言えないか……――――それはそれとして、私が知りたいのはあの格好のことだよ……」
「いや……その……罰ゲームですので……あれくらいはしないと……」
「……――――」
またあの眼だ……もう、アリアはその眼からは逃れられない事を理解した。
「――――……ごめんなさい!!癖です!!癖……!私の……癖……!!」
「あ、アリアちゃん……!?」
「ごめんない、メアちゃん……私、汚れてて……でも……これが……私の役目でもあるから……脇役の……憐れで……崇高な……使命……」
「あ、アリアちゃん……」
これが……末路……!あらゆる航海(ネットの海)を乗り越え、自分の生き方を捻じ曲げられてしまった者の……末路……!!
「アリアちゃん――」
そして、勇者は生き延びてしまった罪人に断罪を下す――
「は、はい……」
「でも……だめだよね、こんなこと――」
「――――はい……あなたの仰る通りでございますミーシャさん……」
ミーシャの一言に、アリアはまるで全ての犯行を見破られた崖際の犯人のようにうなだれた。
「――でも、これはですね……別に法律を犯しているだとか、そう言ったことは、たぶん大丈夫だと思うんですね、はい」
「うん」
「もちろん二人の格好に関しても、お互いの了承を得てですね……これらの機材に関しても、法を犯してるとかそういったこはないかと……だから――」
「うん」
「私、捕まらないですよね?」
「ギリギリセーフ」
「良かった……」
「でも人としては大体アウト」
「うっ……はい……」
言い訳がましくぐだぐだと言い募るところまで、火曜サスペンス劇場だった。
「だから……ね――」
そして、アリアを問い詰めるミーシャはまるでサスペンスに出てくる刑事のようで――
「この映像……」
「あ、はい、そうですよね。ごめんなさい……消します……メアちゃん――」
「はい――」
「いや!ちょっと待って!!」
「わあ――!!ひゃい!!」
ん……?
「ごめんね、ちょっと待ってね……メアちゃん、アリアちゃん……」
……おや!?ミーシャの様子が……!
「な、何でしょう?」
「ミーシャさん……?」
「少しだけ――少しだけ……待って欲しい……」
「…………?」
BBBBBBBBB――――
「ミーシャさん!?」
「ごめんね……私だってわかってるの……これはいけないことだって……でも――」
「…………」
進化キャンセル失敗。
「もう少しだけ……!もう少しだけだから……!」
モニタに噛り付くように見つめる勇者に、二人は何も言葉を発することができなかった。
「…………」
「…………」
「ああ、エル君……ごめんね……ごめん……私――」
世界を救った勇者がこんなところで闇落ちするな。
――――……
――……
「あの……ミーシャさん……落ち着きました?」
「はい……あの……落ち着きました……ごめんなさい……」
「あの……その……なんといえばいいのか……」
「み、ミーシャさん……本当に大丈夫でしょうか……?あの様子はいつものミーシャさんとは明らかに――」
「だめだよ!メアちゃん……!それ以上はいけない……!」
アリアとメアの会話に、今度はミーシャが崖際に追い詰められた犯人のように項垂れた。
「アリアちゃん……」
「えっと……はい、何でしょう?」
「……私、捕まらないよね?」
「ギリギリセーフです」
「よ、良かった……」
でも、人としては大体アウトなのは言うまでも無い。
「あの……この際だから聞いときたいんですけど……ミーシャさんって、エルハルトさんのこと好きなんですか?」
「うえっ!?ひぇあ!?え!?そ、そんなことはあるはずないじゃん!!」
「何なんですかその鳴き声……ていうかその声どっから出してるんですか……って、ミーシャさん!?大丈夫ですか?」
その嫌なことがあった時に頭突きをして記憶を追い出そうとする癖やめなさい。
「だ、だめよ……ミーシャ……あなたは勇者でしょ……あなたが折れたら、誰が彼女たちを守るの……!?」
ほら、馬車にひびが――
「…………あ、あの……別に答えづらかったら、答えなくて大丈夫なんで……あの……もう答えわかっちゃったんで……ていうかちょっと……もう、馬車の耐久持たないんで……」
「――――スミマセン、ヨクワカリマセン」
「え?すご……s〇riの物まねうま……」
AIミーシャ。
「あ、あの、大体わかったんで、大丈夫なんで……って言うか私の方こそごめんなさい。メイリさんのことは知ってたんですけど……ミーシャさんもまさかそうだとは……」
「な、なんであやまるのかな……?かな……?」
「うわ、めんどくさ……この人、前回あんなに先輩風吹かしといて、自分の恋愛のこととなるとこんなくそ雑魚になるの……?」
「うっ……――――ご、ごめん……ごめんね……アリアちゃん……わかってるの……よく友達にも言われてわかってるの……くそ雑魚だって……敗北者だって……ゴミ山の大将の敗北者だって……」
「そ、それは言い過ぎ……って言うか今すぐ取り消してもらってください……別にまだ敗北はしてないと思うので……」
「あ、ありがとう……アリアちゃん……」
「と、とにかく私の方こそごめんなさい……ちょっと言い過ぎました……本音がちょろっと……」
「あっ……やっぱ、それが本音なんだ――」
どれほど完璧に振る舞っていても、欠点の無い人間など存在しない。これから様々な出会いを経験するであろうアリアには、そういった基本的なことから改めて、学んでいって欲しい……
「み、皆さま!折角だし、私たちもティーブレイクといきませんか?もう、紅茶は作ってありますので――」
じいやの英才教育の賜物だろうか。この長い年月でようやく、従者としての役割を覚え始めたメアが差し入れた紅茶によって、勇者には再び立ち上がるための時間的猶予が与えられた。
――――……
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