思い出
ルリア
序
はじまり 思い出
あの日、僕は海辺のちいさな町に「思い出」を置き去りにした。
そのときに飲み干したコーラの瓶に詰められるだけ詰めた、僕だけの「思い出」。
そのことをふと思い出したのは、きみが僕の目の前に貝殻をことりと置いて「これを持っていてほしい」と言ったからだった。
「これは?」
「これはわたしの"思い出"」
「なんの?」
「それはわたしだけが知っていればいいことだから」
そう言ってきみは、僕の承諾を待たずにさっさと席を立って教室を出て行った。
その貝殻を見つめながら僕は、僕が置き去りにしたあのときの「思い出」を思い出そうとする。
それが無駄な努力であることは十分に承知していた。
だって僕は、それをあの場所に置いてきたのだから。
僕はきみが「思い出」を詰めた貝殻を見つめる。
きみがいなくなって、僕だけの息づかいが残っているがらりとした教室。
あたりをぐるりと見回し、チョークの空き箱を見つけた僕は、ちょうどいいと思い、その中にきみが置いていってしまった貝殻を入れる。
それと同時に、僕が今しがたきみとぽつりぽつりと交わした会話も「思い出」として詰め込む。
教室の外は、そろそろ日が暮れようとしている。
その景色を眺めながら、窓をがらりと開け、きみの貝殻と、僕の「思い出」が詰まったチョークの箱を思いっきり外に向かって投げる。
「ふうっ」とため息をつき、僕は窓を閉める。
この世界には、そこかしこに様々なものが落ちている。
けれどそれを誰も気にすることはない。
たとえそれらを拾ったとしても、なんの役にも立たないことを誰もが知っている。
処分しようにも、それらは「思い出を込めた本人が生きている限り」どうしようもできずにそこに残り続けるからだ。
そのひとつひとつが、じぶん以外の誰かがたいせつにしていた「思い出」であることすら、誰もが忘れている。
誰もが知っていて、誰もが忘れている。
それらを邪魔に思いながら過ごすことが当然のように、僕らの日々は続いていく。
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