運気を吸い取る家

赤色

第1話 事故物件ではない

●●県▲▲市■■区✖︎✖︎1丁目11-3

そこには大きな一軒家がある。

5LDKのとても立派な家でトイレと風呂はそれぞれ2つもある。


その家を知っている老婆曰く、


“その家は運気を吸い取る” そうだ。


『運気を吸い取るとは?』

伊藤はその抽象的な噂話に疑問を持った。


そういう家にまつわる奇妙な噂はたいていが【住んではいけない家】とか【殺人があった家】とか明らかに危険で怖そうなことが多いからだ。


「運気を吸い取るとは具体的にどんなことが起こるんですか?何か身に危険が起こるとか?」

伊藤は老婆に質問した。


「危険ではあるけど絶対じゃない。ちょこっと運を吸い取られるくらいなら大丈夫さ」


老婆の話はこうであった__________________________________________________



その家に住むと運気を吸い取られて住む人の身には悪いことが起こる。実際かつてその家に住んでいた家族には例外なく悪いことが降りかかった。

ただその家の運気はとてもいい。大きな都市の大きな駅の近くの高台の住宅街にあって日当たりも風通しも最高。不動産としての価値も高く、その家は今も人気の物件である。


高名な占い師曰く、

「この家と土地は風水的にも最高の立地。この家に住める人はとても運がいい」


昔、一帯で火事が起こってその家の両隣の家は燃えてなくなってしまったがその家だけが残ったという噂もある。


そしてその家には大抵いつも金持ちの家族が住んでいる。


後藤家もかつてその家に住んでいた運の良い家族の一つだった。


父、母、娘の3人家族で、まず初めに母親が運気を吸い取られた。


母の凛子(仮名)は初めの頃

「なんか最近小指を角にぶつけることが多いなあ」程度の認識だった。

何故かバスや電車に乗り遅れることが多くなったり、出先で靴紐が切れたりすることもあった。包丁で指を切り、タンスの角で小指をぶつけ、階段を2、3段踏み外す。

日常にはよくある些細な不運である。


だがその時期を境に凛子の不運はどんどんエスカレートしていった。

外を歩いている時に近くのマンションのベランダから花瓶が落ちてきて当たりそうになったり、暴走車に轢かれかけたりもした。

そのような生活が数ヶ月続いた頃、とうとう凛子は車に足を踏まれて骨折してしまった。

初めは気にしていなかった凛子も「自分の身に何か起きている」と感じ始めていた。


気づいた頃には骨折だけではなく凛子の体は痣や絆創膏だらけになってしまい、周囲には夫のDVまで疑われることもあった。


一つ一つを見れば「ちょっとした不運」かもしれない。しかしそれが連続すると無視できなくなる。「また何か自分に起こるのではないか」「次は車に轢かれて本当に死んでしまうのではないか」

凛子は確実にやってくる不運に追い詰められどんどん疲弊していった。



次に不運に見舞われたのは当時9歳の娘の日菜(仮名)だった。

元気で男まさりな性格でよく同級生の男子を追いかけまわすような子どもだった。

凛子の体に傷が増えていたのと同時期、なぜか日菜も怪我をすることが多くなった。

学校では体育の授業でこけて膝を擦りむいたり、図工の時間に工具で指を挟んだりした。

それは小学生ではよくあることだが、その数があまりにも多い。数ヶ月すると凛子と同じく日菜の体は傷だらけで、それは周りから見ても明らかに異常に見えるほどだった。

ただ元気でわんぱくな小学生がヤンチャすぎて怪我をしているどころではなかった。


時折学校に来る母親の凛子の体も傷だらけであることから、ますます夫のDVが疑われた。

注意力散漫でよく怪我をする日菜に対して「家でちゃんと栄養を与えられてないのではないか」とか「母親のネグレクトではないか」などという噂も出回っていた。

そんなことが続いたせいか元々優秀だった日菜の成績はどんどん悪くなっていき、いつの間にか通っていた塾にも来なくなった。

明るくいつも笑顔が取り柄だった性格もいつの間にか暗く顔色が悪くなっていた。



後藤家の運命が急展開したのは凛子が突然倒れたことがきっかけだった。

急性心筋梗塞で緊急入院。手術をしたが後遺症が残ってしまい病院で寝たきり状態になった。肥満でもなく喫煙者でもなくまだ若い凛子には珍しいことだったが、不運によるストレスのためかそれとも運が悪かっただけなのか原因は誰にもわからない。


それまでは不運に見舞われていなかった父の和明(仮名)は仕事が忙しくほとんど家に帰っていなかったのだが凛子が入院したことで凛子の世話と幼い娘の面倒を見るために休職することになった。そして凛子、日菜と同様に怪我をすることが増えていった。


元々傷が多くてやつれ気味だった凛子が入院し、娘の日菜にも傷が多く落ち込んでいることから近所や周囲の人は「和明がDVをして2人を追い詰めたのだ」と確信していた。

さらに和明は会社の金を横領した犯人だと疑われていた。会社の口座から和明の名義の口座に入金されていることから発覚したが、和明は実際はそんなことをしていない。

結局和明の無実は後藤家の人間が1人もいなくなった後に分かったことだった。


誰も和明を信用してくれる人はいない。凛子は寝たきりになってどんどん病状は悪化していくばかり。

そんな両親を見て日菜はますます暗く、無口な性格になっていく。その頃には友達が1人もおらず学校以外は家と母親の見舞いのため病院に行くだけだった。


金もあり、立派な家に住み順風満帆で誰もが憧れるようなかつての後藤家は見る影もない。


そしていよいよ後藤家の最後となる事件が起こった。

日菜が下校中に行方不明になったのである。学校にも病院にもいないことがわかって和明はすぐに警察に通報した。

捜索中、和明は家の階段を踏み外して足を骨折している。


また日菜が行方不明になったことを聞いて凛子の病状はさらに悪化し、不幸が重なるように日菜が発見される前に病院で死亡した。


結局、日菜は18日後に近所の男の家で遺体となって発見された。衣服は何も着用していなかった。


警察によれば日菜は暴行されており、何日にも続く暴行の末に死亡した。近所に住む若い男が子供用の服を捨てようとしていたところを怪しまれて通報されたらしい。当時起こっていた幼女連続誘拐事件の犯人であった。


検視結果では日菜は発見される前日に死亡しており体は誘拐される以前より傷だらけで手足を縛られていたせいか足を骨折していた。

運が良ければ死亡する前に発見できたかもしれないとのこと。

犯人は暗くて学校で馴染んでいないような子を見つけては誘拐していたらしい。


不思議なことに日菜が死亡した日は凛子が病院で死亡した日と同日であった。


日菜の遺体が発見されて一連の経緯を警察から説明された和明は非常に冷静に話を聞いた後、

「今日は疲れたので家に帰らせてほしい」

そう言ってあの家に帰って行ったという。



それ以降和明を見た者は誰もいなかった。

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「いやそれ危険な目に遭ってるじゃないですか!呪われてますよそれ」


伊藤は興奮気味に言った。


「参考までに危険な目に遭った家族の話をしただけさ。後藤家も初めの頃はちょっと運が悪いくらいだったろ?その段階で引っ越せばそれ以上何も起こらないそうだが、それくらいのことで引っ越す人はいない。だからほとんどの人は危険な目に遭うのさ」


「完全に事故物件じゃないですか。なんでこの家まだ売りに出されてるんですか?しかも結構な高値で」


伊藤が疑問を投げかけると老婆は嘲笑したように答えた。


「事故物件じゃないよ。凛子は病院で病死、日菜は別の場所で殺された、和明はただの行方不明。実際過去住んだ人は誰もその家では死んでないんだよ。事故物件じゃないだろ?」






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