セカンドraboラトリー

@rabao

第1話 もっと俺は!

もっと俺は!


何も不自由していないにも関わらず、また、何も努力をしていないのにも関わらずなぜだか転生すれば自分は活躍できると思えてしまう。



ここにも一粒の彼が人生を変えようとしている。


子どもたちはみんな彼が好きだった。


つるつると輝く光沢も、ふんわりと柔らかく良い香りのする身体も、愛おしむように手に乗せて頬にあてたりしている。


そんなはたから見れば幸せな環境も彼の望みには小さすぎた。


 


人生を変える門の存在は聞いていた。


だが、検証を得たことはない。


それならば飛び込んでみるしかない。


新しい世界で、自分自身がもっと自由に羽ばたくために。



この子供を利用する。


頬ずりをした時を逃さずに彼は飛び上がった。


子供はビックリするだろうが死ぬこともないだろう。


たとえそうであったとしても英雄のためにその身を捧げるのだ。


悪い話ではあるまい。



大きく開かれた洞窟に飛び込みそっと奥に侵入する。


傍らに置かれた仏像を拝み道中の安全を祈願する。


細き道を進むと道は途切れ、断崖の空が眼下に広がる。


また、その先にはグラグラと煮えたつ塩酸の泉のみが待ち受ける。


これから先はどこへ進むかも分からぬまま転生を夢見て、ただひたすらに念仏を唱えながら断崖から身を躍らせる。


塩酸の泉は思いのほか深く、深く沈んでから浮力で浮き上がる。


大きく息を吸い込むと同時に全身に激烈な痛みを覚える。


何処かに登れる所を探してみるが、つるつるの絶壁が泉を囲んで彼を逃さない。


現世で汚れてしまった全身の薄皮を溶かし出すように身を清められる。



彼の浄化を見届けるように幽門が開き塩酸の泉が流れ出し、合流する胆汁の流れによって救われる思いがした。


すでに彼の全身の大半が溶けてしまったように見える。


なぜ彼がそこまで突き動かされるのかはわからない。


もう転生に対する願望も消え失せているのではないだろうか。


だが、彼の細くなった足は大地を震えながら踏みしめる。



数歩歩いたところで、頼りなく震える彼の足がポキリと折れた。


もんどり打って倒れた先から細く長く続く下り坂になっていた。


太くなりまた狭くなるでこぼこの道に急カーブも加わり、足のない彼には止まるすべは見当たらない。


今はただ、むき出しの神経の痛みと、でこぼこ道や急カーブで身体をぶつける度にペチャリ、ペチャリと壁に染み付く自分の体液が可哀想に思う。


転生を夢見て、泉で脱ぎ捨てた自分の皮膚が愛おしい。



ようやく広く緩やかな温かみのある場所に転がり落ちるが、さらなる責め苦が彼を襲う。


壁全体に無数の口があるかのように、傷ついた彼から水分を奪い取る。


一回に吸われる量はたかが知れているが、吸われる度に新たな激痛が神経を突き刺す。


どこまで続くのかもわからないこの回廊の中で、彼の悲鳴を聞いて無数の口々がごちそうへ食指を伸ばす。


食指から口へ、別の食指から口へ、どんどんと彼の悲鳴は小さくなっていく。


願わくば彼が最短ルートで転生の門にたどり着けますように。



そしてついに彼は転生の門にたどり着く。


それは一瞬の出来事でした。




子供がいます。


泣いています。別の子供は囃し立てています。


ここは異世界ではないが、転生はできたのか?


子供はパンツを脱ぐと汚いものを見るように彼をキッと睨んでかけていきます。



あんなに大事そうに彼を持ち上げてくれた子供たちは、もう彼に頬ずりはしないでしょう。


でも、代わりにいろんなお友達が彼の側に集まってくる事でしょう。



ほら、もう彼を大好きな友達が飛んできてくれました。


地面の中からも、いっぱ〜い。



これからもず〜っと痛みを我慢して食べられるんですよ。



転生で、大活躍ですね。

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