第36話 オオカミ、敗北する

『は?』


 お…や……じ?

 目の前の光景が理解出来なかった。いや、したくなかった。だってあの親父が……俺が知っている中で最強の親父が負けている?


「これは驚いたよ。まさかあんなに豪語していたウェスタンの【エクスシア】を倒して尚、ここに来るだけの体力が残っているとは……アークが警戒しろと言うだけのことはあるな」


 親父の前に立っている男はやたらと豪華な服装をしている。そしてその後ろにはノルとシアを抱えているこの前の老人が……ノル?シア?


『ノル!シア!』


 俺が大きな声で吠えても起きる気配がない。何かのスキルか?でも、そんなのは関係ない。


『俺の妹と弟を離せこのクソジジイ!』


 あの人間が俺の大切な妹と弟を俺の前から連れて行こうとしているのだ。それを目の前で見過ごす訳にはいかない。俺は【加速】も【身体強化】も使い、【纏技合マギア】を使った状態よりも遅いが、それでもかなりのスピードだ。


「何!?この前よりも速い!…クッ!これは間に合わな……」


 老人は俺のスピードについていけず、あと少しで触れられる。そんな距離まで近づいた俺は————






 衝撃を受けて吹き飛ばされた。






『ガハッ!!』


 俺は周りの木に叩きつけられ、かなり余裕のあった体力が半分程まで減ってしまった。


『な、にが、あ、った?』


 何とか立ち上がることができたが、足元がフラフラする。吹き飛ばされたのか?何時?誰に?【加速】も使用した俺の反射神経は親父の攻撃も捉えることができる。しかし、今喰らった攻撃を俺は視認することができなかった。


 周りを確認すると派手な服を着ている男が殴り終えた姿勢を解いたのが見えた。親父のいた場所から俺の場所は少し距離がある。俺でも一瞬でスキルなしで移動するのは流石に無理だし、親父なら【身体強化】を使えば出来なくはないが、それには当然時間が必要になるため、事前にしていたのならまだしも、とっさに行うのは無理だ。


「これも耐えるのか。普通のCランクの魔物なら一撃で粉砕してしまうんだが……お前、種族はシャドーウルフにしては色が薄すぎると思ったが、別の種族か?」


 男は不思議そうにすると、何やら目にマナを込め出した。何をやっているんだ?そう思えたのはほんの一瞬だけだった。なぜなら体に謎の不快感が襲ってきたからだ。



「セラドン…ウルフ?聞いたことがない種族だな。新たな突然変異個体ユニークモンスターか?…いや待て、ユニークスキル?何故コイツが持っている?ユニークスキルを手に入れるのはまだ進化しなれければならないはずなのに……ただの突然変異個体ユニークモンスターじゃないぞ!」


『!?』


 男の呟いた言葉を聞いていると俺の種族とスキルの名前が出てきた。なんでコイツが知っているんだ?ステータスは本人が伝えなくても分かる方法があるのか!?


『お前…何者なんだ?相手のステータスが分かるスキルに、一瞬で移動し、生半可な魔物だと一撃で破壊するステータス……こんな奴が俺らに何の用だ』


 相手には聞こえていないと分かっていながらも、俺は聞かずにはいられなかった。


「俺の自己紹介はしてなかったか?あぁ—へぇ、ナディーっていうのか。さっき、【影の支配者シャドールーラー】のステータスを見た時も、ベインとかって名前が載ってたし、家族揃って仲がいいことだ。ナディー、お前への興味に敬意を表して特別にもう一度だけ言ってやろう。——俺はアヴィディー・クルガー。相手からスキルを奪うことの出来るスキル【強欲】の保持者だ。あぁ、因みにお前の言葉は理解するスキルがあるから会話は可能だ」


『スキルを…奪う?』


 俺はアヴィディーの言葉の意味が理解出来なかった。相手のスキルを奪う?そんな事が可能なのか?


「あぁ、俺は殺した相手のスキルを一つだけ奪うことができる。今回はかの有名な【影の支配者シャドールーラー】からスキルをいただこうと思ってな。ついでにお前の様な面白い存在に遭遇することが出来て…最ィッッッッッ高ゥだ!」


『…そうか。親父からスキルを奪う為にか。それなら母さんを殺す必要はなかったんじゃないか?』


 俺は怒りを必死に抑えながらアヴィディーに質問を続けた。まだだ、まだ我慢しろ。


「スノーウルフのことか?殺す必要がない?何を言っているんだ?」


 アヴィディーは俺の言った事がまるで——いや、本当に理解出来ないようで心底不思議そうな顔をしていた。


「何故魔物を殺すことを躊躇わねばならん?貴様ら魔物が死んでいったい誰が悲しむんだ?人間を殺す時は法などがあり、揉み消すのに確かに苦労する。……しかし、貴様ら魔物を殺してはいけない法は人間の世界には存在しないぞ?むしろ殺せば殺すほど感謝されこそすれ、恨まれるようなことはないぞ」


『…俺らの事情は関係ないってか?』


「それなら逆に聞くが、貴様ら魔物は俺ら人間にも家族を持っている奴らを生かして返したのか?『俺には家族が入るから殺さないでくれ』そう言った奴らは少なくないはずだ」


 ……何も言い返せないな。

 この前、殺した人間にもそんなことを喚きながら死んでいった奴らもいた。それなら、俺もやった側なのに、いざやられるとやめてくださいはみっともないな。……最も、母さんを殺したのは許せるわけがないがな。


『なるほど、確かにお前の言うとおりだ。でもよ、お前の大切な誰かが母さんに殺された訳じゃないだろ。俺らは人間にあまりちょっかいをかけないようにするからもうこれ以上は関わらないでくれないか?』


 それでも万が一と思い、俺は説得を続けることにした。コイツは見た感じ、倫理観なんかは持っていないタイプだ。さっきは道徳を説いてきたが、そっちの方が速いからだ。ワンチャン道理が通っていないと行動に移さない奴とかいるが果たして………


「それは無理だな。」


 アヴィディーは俺の提案をバッサリと断った。それと、俺の提案が気に食わなかったようで、マナも少し漏れ出してきた。予想はしていたがやっぱり無理か……


「何で俺がその提案を飲まなければならないんだ?その提案はお前たちにメリットがあるが、俺にはない提案だ。そんなものを飲むのは相手が格上の場合だけだ。格下の魔物の提案をなぜ俺が飲まなきゃいけないんだ?提案をする時は相手にもメリットを与えるようにと教わらなかったのか?」


 話しながらアヴィディーはだんだんと不機嫌になり、遂には【威圧】を発動させてきた。そのマナは今まで対峙してきたどの相手よりも強大であり、どこか飲み込まれそうなほどに底が見えない欲望がアヴィディーから溢れ出てきた。


 さて、時間稼ぎはもう終わりだ。しっかりと時間をかけて魔法を構築した方が、魔法の効果も上昇するからな。


『【纏技合マギアかげ】』


 漆黒のマナが俺を覆い、アヴィディーはそんな俺に攻撃をしようとする訳でもなく、俺の強化が終わるのをひたすらに待っていた。……まぁ、知ってたけどこんなにあからさまに俺の動きが読み切られているのを見ると勝てないのが分かっちゃうんだよなぁ。


「準備はしっかりとしておけよ?お前を強者だと俺が思えば、俺に殺される権利を手に入れることができるんだからなぁ」


『それは、嫌な権利、だなッ!!』


 今の俺にできる強化を全て付与し終えた俺は真正面から突撃し、鋭さが上がった爪をアヴィディーに振り下ろした。


「ふあぁ、遅すぎて眠ってしまいそうなんだが?」


 当たったと確信した俺の爪は眠たそうなアヴィディーに腕ごと止められてしまった。見つかった!?何でだ!?【纏技合マギア】の効果で俺の気配を薄くしているのに!?


 母さんやじいちゃんでもこれを使えば正面からだろうと俺を見失い、先制攻撃を当てることができる。……最も、じいちゃんはアホみたいに硬いせいでダメージを与えることはできないし、母さんだと【マナ感知】のレベルが高いせいで直前で気づいてか擦る事しかできないが。


 感知能力が低い奴は大体これで詰む。それが通用しないと言うことはコイツは感知能力が高いと言うことだ。それならいくらスピードで翻弄しても意味がないな。それなら……


『【影人形ドッペルゲンガー】』


 俺が魔法を使えば周囲の影から無数の狼の形をした影が次々と現れ、アヴィディーへと襲い掛かった。スピードでーダメなのなら数でどうだ!流石に連戦によりマナが少ないので強化することはできなかったがこれなら……


「うざったいなぁ。…はぁ、【消えてなくなれグリード・デリート】」


 アヴィディーが何かを呟くと、何百にも増えていた影達はまるで最初から何もなかったかのように一斉に消え去った。


『は?』


 これもダメなのか?


『クソッ!それならこれはどうだ!』








 ———————————————





 それから俺は何度もアヴィディーに攻撃を仕掛けた。ある時は死角に周り、不意打ちを仕掛けた。またある時は魔法を使い、アヴィディーの妨害をし、確実に攻撃を当てるようにまたある時はある時はある時はある時は……


 しかし、そのどれもが無駄に終わった。

 全てをアヴィディーは退屈そうに潰し、遂には俺への興味を失った。


『はぁはぁはぁ……クソッ!これもダメなのかよ……』


 今しがた、最後の攻撃を防がれてしまった。魔法を俺のマナが尽きるギリギリまで放ち、それを弾幕にすることで目眩しにしてみたが、アヴィディーの感知能力を舐めていたようだ。


 コイツは弾幕の中でも俺の位置を正確に補足し、近づいた俺を叩きのめしてきた。


「なぁ、もう終わりか?ユニークスキルを持っているのにこんなものなのか?それならこの【加速】とか言うスキルは必要ないな。弱すぎる」


 ここまでなのか?

 俺の脳内にそんな疑問が湧いてきた。やれるだけのことはやった。母さんを殺された怒りで何度か手元が疎かになりかけたところはあったが、その怒りを力に変え、必死になって攻撃を続けた。


『俺は弱いなぁ……』


 不意に悔しさが込み上げてきた。母さんを失ったのも悲しいし、ノルとシアも未だに奪われたままだ。


 でも、1番悔しいのはそんな事態に陥っている自分自身の不甲斐なさに、だ。もっと速かっから母さんが死ぬ前に此処にたどり着いたかもしれない。


 俺の魔法がもっと上達していれば、ノルとシアを助け出せたかもしれない。もっとアヴィディーを翻弄し、一撃を与えることが出来るかもしれない。


 ——もっと強ければ、アヴィディーを倒して元の日常に戻れたかもしれない。


 しかし、全ては足らればの話でしかない。現実では俺は力が足りずにアヴィディーに負けた。


 このまま殺されるだろうな……

 それを感じながらも俺は動くことが出来なかった。


 マナを使い切ったことで体が言うことを聞かない。アヴィディーも俺が動けないのが分かっているようでゆっくりと不意打ちの可能性を捨てて歩み寄ってきた。


「じゃあな、ナディー。期待外れだったが【影の支配者シャドールーラー】の息子ということで俺自ら殺してやろう」


 そう言って俺に向けてアヴィディーの無情な拳が振り下ろされた。

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