あと5点
珊瑚水瀬
あと5点
「なんであと5点取れないのよ。簡単なことしか言ってないのに何でこんなこともできないわけ」
ばちんと大きな音が僕の頬を直撃し、一生懸命書いた答案はびりびりに破り捨てられ、無残に砕け散った。僕は頬の痛みより、なにもみえなくなった答案よりなにより僕の心がずきずきと痛かった。
これ以上のない努力をして、これ以上のない自分の力を発揮した。
それでも、この仕打ちか。僕はバラバラになった答案をただ風に乗って吹かれていく様を僕じゃない人が眺めているような感覚に陥った。
「ねえ、聞いているの?」
――うるさい。まるでカラスが僕の頭上で餌を必死でくれと要求しているようなしわがれた美しくない声。
静かなところに行きたいと思ったのは、この時からだったろうか。濁った音がしない至極透明で透き通ってその場で消えてしまいそうなそんな環境に身を置けたら僕はきっと今以上の幸せを得ることが出来るに違いない。いつも想像するのは、ヨーロッパの深い森の静かな環境の中で、大好きな教会音楽の音を奏でながら、ただ時間がたつことの喜びを実感して心静かに過ごすことだった。
その想像をしているときは、僕は僕でなくいられた。この痛みを全て美しい音が覆ってくれるような気がした。
「はあ」
頭を抱えた母が、僕のもとを去っていくのが目に入った。どうやら先ほどの怒りは母の中では完結し、都合よく終えたようだった。
僕はもうここにはいたくない。踏ん切りをつけると、この部屋から思いっきり飛び出した。
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