第21話 秘伝のスープ

「ないはずの指がムズムズしているんだけど。」

「夕方まで我慢しろ。」


「ススム殿。」

「はい。」

「先ほどの”ソフトクリーム”とやらは、この国でも作れるものなのでしょうか。」

「可能なんですが、氷を使いますから、魔法使いがいないと大変かもしれませんね。」

「それくらいなら、魔道具で代用できるのでは?」

「まあ、できなくはないだろうけど……。」

「金貨1000枚でどうじゃ。」

「はあ?」

「第二夫人の頼みじゃ。」

「まあ、ネタリが嫁ぐのですね。」

「嫁ぎません!」

「照れるな。今は小さいこの胸も、いずれは母上のように大きくなるぞ。」

「そんなもの求めてはいない。」

「ほう、このままでもよいのじゃな。ならば、ほれ。」

「こんなところで乳を出すな!」


「メイドさん、魔道具として開発できるかな?」

「はい。そこまで難しい仕組みではありませんので、3時間もあれば可能だと思います。」

「じゃあ、10台作ってもらってください。」

「はい。承知いたしました。」


 鉄もアルミも、大量に掘り出してあるので、そこまで難しくはないのだろう。


「ススム、勘違いするなよ。」

「何が?」

「こんな魔道具は、ブランドン王国でも開発できない。ヤマトだからできるのだ。」


 夕方になり、ネタリとネリーさんの包帯を解いた。


「くっ、なんでこんなことが嬉しいのじゃ……。」

「ああ、ネタリの顔が見える。こんなことって……。」

「まあ、好きなだけ泣きあってください。ソフトクリームの魔道具も出来上がりましたので、設置しておきますから。」

「待て、昨日から気になっておったのじゃが、その娘はどこからその魔道具を取り出したのじゃ。」

「俺たちは魔法の収納袋を持っているんですよ。その魔道具は、ヤマトで作ったものを収納袋に入れてここで取り出しました。」

「いやいや、それはどう考えてもおかしいだろ。」

「空間というものを理解すると可能になるんですよ。現に俺たちは、この大地のどこへでも瞬時に移動できますから。」

「ならば、父のいる上ナイルに移動してみろ。」

「可能なんですが、向こうがどういう状況かわかりませんからね。そこまで危険は冒せませんよ。」


「ススム様、キプロスであれば、アンズが到着しております。」

「キプロスって、地中海の島だっけ。」

「はい、ここから600kmほど北に行ったところにございます。」

「ネタリ、キプロスでよければ連れて行ってやるぞ。」

「ほう、面白いではないか。」


 その瞬間、俺とネタリはキプロスに転移した。


「な、なんだここは……。」

「キプロスだよ。多分。」

「多分だと?」

「俺も初めてだからな。アンズ、ご苦労様。キプロスでいいんだよな。」

「はい。この海の向こう側にナイル国がございます。」

「なんでそんなことが……。」

「ここの空間とエジプトの空間を入れ替えたんだよ。」

「魔法でそんなことができるとは……。」

「アンズ、ありがとう。もとに戻してくれ。」

「はい。」


 俺たちはエジプトの部屋に戻った。


「くっ、信じられないが、事実のようだ……。」


 その夜は、ネタリの屋敷で食事をごちそうになった。

 エジプトの料理というものに知識はなかったが、豆の煮たものやパンの中にひき肉や玉ねぎを炒めたものを詰めて揚げたものとか、珍しい料理をごちそうになった。

 世界中の食材がヨーロッパに集まってくるのは、植民地政策が始まってからなので、そこまで種類が豊富ではないのだろう。


「それで、魔道具の代金なのだが、さすがに金貨1万枚だとわらわの一存では調達できぬ。」

「それに、親子三人の治療費もありますから、こちらも金貨1万枚で如何でしょうか。」

「ああ、どちらも要りませんよ。ヤマト国からのご挨拶品としてお納めください。」

「馬鹿な!どれも金銭には代えがたい貴重な知識と技術……。そうか、わらわの輿入れに対する祝いと……。」

「そんな訳ねえだろ!」


「いずれにしましても、明日から早速国民にソフトクリームをふるまいましょう。民の喜ぶ顔が目に浮かびます。」

「グラニュー糖の在庫はあるんですか?」

「そこまで多くはありませんが……。」


 実は、インド方面で砂糖を確保したと連絡が入っている。

 対価として、麦やフルーツを使ったらしい。


「でしたら、麦と交換しますよ。」

「麦と砂糖の交換が可能なんですか!」

「同等ではありませんけどね。」

「当然です!1:10でも喜んで交換いたしますわ。」

「あとは、コットンやオリーブオイルですね。特にナイルのコットンは質がいいですから。」


 ナスなどの野菜は交易を通してエジプトにも広まっている。

 このあと、中南米原産だと記憶しているトマトやトウガラシも交換品に加えられるだろう。

 トウモロコシも早めに手に入れたいものだ。


 この夜、俺が願ったのは顆粒のコンソメだ。

 ネタリによれば、地中海沿岸で魚醤のような調味料も使われているらしいが、多くは塩とクミンなどのスパイスによる味付けである。

 多分、コンソメのような味が登場するのは、数百年単位の進歩が必要だと思う。

 翌朝、大きなカメを掘り出して早速メイドさんに渡しておいた。

 料理百科には早速コンソメを使った料理が掲載されただろう。


「メイドさん、これは?」

「今朝追加されたコンソメという素材を使った、キャベツとニンジンのスープでございます。」

「コンソメ?また、突然に出てきたものね。」


 当然、コンソメそのものの作り方もレシピとして追加されている。


「お、美味しいです!」


 ネリーさんの驚いた声に誘われて全員がスープを口にする。


「ホントに美味しい!」

「悔しいけれど……、美味しいわね。」


 レシピを公開しない限り、この味は黄金以上の価値があるだろう。

 だが、これは身内だけで楽しめればいいのだ。


「ススム、是非このレシピをナイルに!」

「ダメだ。これはヤマト秘伝の味だからな。」

「では、わらわがヤマトに嫁いだ後ならば……。」

「却下だ。」

「で、では、わたくしが……。」

「ネリーさんまで、何を言い出すんですか。」

「ススムよ、これを秘匿するというのは、諍いの元になるぞ。」

「ならねえよ。味をしっているのはここにいる者だけだからな。」

「ならば、父上に言って、ヤマトを占領してもらう。」

「お前なあ、ここからヤマトまで船でどれくらいかかると思っているんだ。」

「一週間もあれば着くじゃろう。」

「ここからヤマトまで、海上の距離で1万5千キロくらいだな。時速20kmで24時間走り続けても一か月は楽にかかるぞ。」

「夜は進めないから二か月……。」

「その間の水と食料はどうする。」

「それは……。」

「座礁に嵐に魔物の襲撃。ボロボロになってたどり着いた先で戦えるのか?」

「ど、どうすれば……。」

「俺を人質にするって方法もあるが……。」

「無理だ。昨日みたいに一瞬でキプロスに送られてしまう……。」

「たかがスープのレシピだ。諦めてくれ。」

「ダメだ。ナイル人にとって、料理は生きる喜び。あきらめることなどできるわけがない……。」

「そういわれてもなぁ……。」

「女も酒も興味なし。何を出せばお前を納得させられるのじゃ。」

「そうだなぁ、魔法石も食材も十分にあるし、布といっても絹があるわけじゃないし……。欲しいものはないかな。」


 それでもあきらめきれないナイルの王女だった。


【あとがき】

 エジプトから日本まで、海上での行き来は難しいでしょうね。東南アジアに寄港できる拠点があれば別なのでしょうが。

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