第2話 ああ、醤油だった

 食事の改善は一旦後回しにして、俺は果樹園を王女様に提案した。

 この国には、オレンジはあるらしいがミカン・レモン・グレープフルーツはないようだ。

 幸い、ホームセンターで種を購入していたのだ。

 王女様の花畑の隣に場所を借りて、適度な間隔で土を掘り返して種を10粒づつ植えていった。

 少し掘ったところで、土の中に不思議な感覚を覚えた。

「どうしました?」

 一緒に来てくれたシェリー王女が聞いてきた。

「いえ、なんかヘンな感じが……。」

 俺は違和感を感じた場所を手で掘ってみた。

「あれっ?」

「はい。」

「これって、ペットボトルの……醤油……?」

「しょう……ゆ、って何ですの?」

「ああ、俺の世界の調味料……なんですが、なんでこんなところに埋まっているんだろう。」

「それも……迷い人なのでしょうか?」

 ラベルも日本語で書いてある、見慣れた醤油だった。ご丁寧に国産大豆使用とか書いてある、1リットルのボトルだ。

「迷い……醤油……。」

 周辺を掘ってみたが、埋まっていたのはこれ一本のようだ。

 醤油を脇において作業を続ける。

 花畑の近くにツルベ式の井戸があったので、水を汲んでかけていった。


「では、祝福を。」

「祝福……ですか?」

「はい。ススムの国では、祝福は使わないんですか?」

「はあ……多分。」

「では、私が行いますので見ていてください。」

「はあ……。」


「母なる台地よ。新たな命の糧を……。」

 シェリー王女は、長い口上のあとで”祝福”と唱えた。

 王女の手のひらからはっきり分かる光が地面に降り注ぐ。

「これで、作物は2倍の速度で成長します。」

「今のは……魔法ですか?」

「うーん、魔法と祝福は違うんですよ。魔法は自分の魔力で発動しますが、祝福は神様への信仰心なんです。」

「信仰心?」

「はい。私は巫女として神に仕えておりますので祝福が仕えるんですよ。」

「祝福って何ですか?」

「祝福というのは、生命力を活性化させるものなんです。ですから、治療や体力回復などに効果を発揮いたします。」

「祝福と魔法ですか……、使えたら便利そうですね。」

「ススムにも適性があるかもしれませんね。あとで教会と魔法局にいって調べてみましょう。」


 残念ながら、俺には祝福も魔法も適正はなかった。だが、魔法局という部署で、思わぬ収穫があった。

「魔力がなくても、魔法石に蓄えられた魔法を使えば、魔法師と同じことを実現することができるんですよ。」

 魔法の適性を見てくれたジェスという若者が教えてくれた。

「魔法石……ですか?」

「ええ。非常に貴重な石なのですが、魔物の体内から見つかることがあるんです。それと魔道具を組み合わせれば魔法と同じことができるんですよ。」

「魔道具……。」

「ほら、シエラが使っているシールドの魔道具をご存じでしょ。」

「シールドの魔道具……ですか?」

「シエラの持っている黒いバインダークリップですわ。」

「あっ、あれが魔道具……なんですか?」

「はい。あれには高価な魔法石をつかってありますので、物理と魔法のシールドを展開できるんですよ。王女様のスタッフとして、いざという時にお守りするためですね。」

「じゃあ、魔法石と魔道具があれば俺でも魔法を……。」

「どちらも高価ですけどね。あのシールドクラスだと、僕らの年収を軽く超えますから。」


「そうそう、魔法石がなくても、自分の魔力で稼働する魔道具もありますよ。」

「どんなモノなんですか?」

「魔導コンロとか魔水道なんかですね。シエラの持っているシールドも、魔法石なしのやつもあるんですよ。」

 魔法、魔法石、祝福。どれも魅力的ではあるが、どうやら俺には縁がないようだ。


 俺は王女と共に食堂へやってきた。

 味を確認したところ、確かに醤油だった。

「さてと、せっかくの醤油なんだけど、パン食中心で何に使ったらいいんだろう……。」

 食堂のチーフと相談して、営業後に試作してもらうことになった。


「じゃあ、まずは豚の端肉と葉物を痛めてみてください。肉野菜炒めという料理です。」

 23時をまわった食堂にいるのは、俺と王女と食堂スタッフ8人だった。

 キャベツっぽい野菜とニンジン。豚バラ肉の炒め物だ。

「おお!これは塩味よりも深みのある味で、なかなか行けますね。」

「次はステーキにしましょう。焼き上がりに少し醤油を垂らして、バターを乗せてください。」

 ジューっと焼ける肉の音が耳に心地よい。

「おお!醤油という調味料の焦げる香ばしい匂いがたまりませんね。」

「バターとの相性もよいですね。」

 そんな時だった。

「おいおい、営業時間外に何やってんだよ!」

「あっ、お兄様!」

「お兄様?」

「はい。私の兄になります。ジェームズ・カルア・ブランドン。我が国の第二王子となります。」

 ジェームズと紹介された男性は、赤いチュニックに革のベルト。下にはひざ丈の白いパンツ姿だった。

 身長は俺よりも高く、190cmくらいあるだろう。銀髪に灰色の瞳。見るからに”ヘラクレス”って感じの堀の深い顔をしている。歳は20才といったところか。


「おう、ジェームズだ。お前がススムとかいう迷い人だな。」

「はい。よろしくお願いします。」

「それで、こんな時間に何やってんだ。香ばしい匂いが食堂の外にまで漂っているぞ。」

「少量ですけど、ススムの国の調味料が手に入ったので、食堂の皆で試食会をしておりますの。」

「そういう面白そうなイベントに、なんで声がかからないんだ?」

「それは……量が少なかったものですから……。」

「それはけしからんな。こういうイベントは家族全員で楽しまないと不公平になるぞ。」

「あっ、お父様まで……。」

「えっ、まさか国王さま……。」


 こうして1リットルの醤油は、あっという間になくなってしまった。

「ススムとやら、この調味料は量産できんのか?」

「はい。そもそもが原料の穀物がありませんし、あったとしても開発には途方もない年月が必要となります。」

「何年もの年月か……、難しいものじゃのう。」


「いや、ススム、何とかしてみせてくれ。」

「お兄様、そんなご無理は……。」

「果汁を煮詰めて、いろいろと試しているのだが、うまくいかんのだ。」

「そうじゃな。せっかく食材が揃っているというのに、味に変化がないのじゃ。」

「それでしたら、パンをふっくら焼くとか、ダシをとってうま味を出すとか、方法はあると思いますけど。」

「なにぃ!そんなことが可能なのか!」

「はい、ジェームズ様。具体的な技術はありませんが、基本的な知識はございますので、多少お時間をいただければ可能だと思います。」

「わかった。シェリー、予算をつけてやるから本気でとり組んでくれ。」

「お兄様、なぜそこまで……。」

「魔物の動きが少し活発になってきた。このまま行けば、軍備の増強が必要になるだろう。今ならば、まだ……。」


 軍備か……。俺には無縁のものだったけど、この世界にとどまる以上無関係とはいかないか。

 それにしても……、あれっぽっちの醤油じゃあ役にたたないよな……。せめて四斗樽くらいの……味噌があればトン汁が作れるのに。

 そんなことを考えながら眠りについたのだった。


「じゃあ、午後から市場への買い出しで、夕方からパン作り。午前中は、花畑を拡張しましょう。」

「何を植えるんですの?」

 ホームセンターで購入したのは、ミカンやレモンの種だけじゃなく、母親に頼まれた花の種もあったのだ。

 朝顔・コスモス・撫子・白花カスミソウ。それと、百花という色々な花の種が混在したセットも購入してあった。

 俺は地面にスコップを突き立てた……のだが、また不思議な感覚に包まれた。

「ここにも、何か埋まっているのか……。」

 慎重に土をかき分けていくと木の板っぽいものが現れた。

 さらに掘り進めると、それは大きな樽だとわかった。

「合わせ味噌……の樽?なんで……。」

「ススム、今度は何ですの?」

「……これも調味料です。」

「まあ、今度は大きいんですのね。」

 四斗樽というのは、鏡開きで使われる大きな樽だ。味噌樽は日本酒の樽とは違うはずだが日本酒の樽で、しっかりとラベルも張られている。

 どういうことだ……。



【あとがき】

 うーん、食品がテーマではないのだが……。

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