メガネのセイ
二ケ
PROLOGUE
第1話
夕食は回るお寿司ですませて、帰宅した。
25才の女子が金曜日に一人カウンターで食べるのは少々目立つ。婚姻率は下がる一方だけど21世紀半ばを過ぎた今、出生率は上昇していてカップル率は高い。もっとも、彼らはもう少しお高い店に行くから店内は老人ばかりだった。老人、ゆとりと呼ばれた彼らは中年過ぎに大変革にあった世代なので貧しい。まあ今の日本の福祉は人類史上最高レベルなので悲観はしていないだろう。
私のアパートは少し古いが、十分快適な2LDKだ。奨学金の返済がきついのでこれ以上は無理ゲーだ。
こんな死語を発するのは昔のゲームなどが好きだから。
今ごろ同僚たちはそれぞれ楽しんでいる頃かな。合コンクソ喰らえ、それって美味しいの?
キッチンで通勤用のショルダーバッグから弁当袋を出そうとするとメガネがのっていた。私のものではない。
でも見覚えがある。社食で一人弁当を食べ終え、立ち上がるときコトっと音がしたので見るとテーブルにこの高価そうな眼鏡が転がっていた。私の無骨なレンズ込み◯千8百円のものとは違い、たいへん美しいものだ。機能美もある。度がはいっているようには見えない。自動焦点だろうか。ひょっとしたらAIつき?
それなら給与の半分はとんでしまう価格だ。
無意識でショルダーに入れた? それはない。
社食を出るとき振り返り確認している。今の社会にビッグブラザーは居ないけれど、プライベート空間以外は記録されていると思って間違いない。
そもそも、あのときは保安部か官憲の罠だと考えていた。ロッカールームでの盗難は噂になっており、社内ボッチちゃんな私の名をあげる奴がいても不思議ではない。
いや、友人がいないわけじゃないよ。少ないだけ。相手が友だち思っているかは……知らんけど。
手にとってみる。スイッチは見あたらないし脳波にも反応無し。補助脳のmmi《インターフェース》を接続したが何も認識できない。AI搭載でもなかった。
はんのうがない。ただのだてめがねのようだ。
ついでにメールとSNSを確認する。学生時代の友人二人に返信して終了。
常時ネットに繋がるのが嫌いな少数派なのだ。
ネットに繋がり、特にAIに浸ると自己拡張による多幸感を伴う。大抵の人は好むようだけど、仕事以外では願い下げだ。ゲームをするのは近い感覚でも好きなので矛盾しているって言われりゃ反論できませんけれど。
改めてメガネを見てみると?
『レンズが光り、 こえをかけてほしそうに こちらをみている』気がした。
洗面所でメガネを外すと世界がぼやける。
近眼は外科的処置で改善できるが、いまだにレンズに頼るものは多いし、メガネも健在だ。
最近は物好きな金持ちならサイバネティクス的処置で改善できた。高価とはいえ600万ドルはしないけどさ。
おしゃれなメガネをかけても、はっきり見えないから意味ないじゃない?
それでもかけてみた。
鏡にはすっぴんモブ顔の疲れた女がクリアに映って……
「あれっ?」
思わず声が出た。
続けて妙な記号が視界に浮かぶ。
網膜投影に似てるけど、ただの伊達メガネだし。ハックを疑い慌てて補助脳をチェックするも異常なし、ネットも遮断したまま。
それにしても記号? 文字? 線文字B?
記号が変化した。
う、嘘です。古代語なんて知りません。英語でさえ―――
『What do you need?』
声に出さなくても良さそうね。
日本語で、O、お願いします。
2,3秒の間のあと、
『所有者よ、願いがあれば話せ』
あなたは何者なのですか?
『高度知性体が近いと思われる。まあ、天使や悪魔と解釈できなくもない』
(うわっ、めんどくさそう)
なぜ私なの?
『呼ばれて飛び出て』
くしゃみしなかったよね、社食で。
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