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壁の花になっている控えめなご令嬢たちの列に混じってみようかと一瞬考えるが、すぐにやめる。
フレイヤは普通のご令嬢より頭一つ分くらいは背が高いので、並ぶと悪目立ちしてしまうだろう。
果実水が入ったグラスを受け取って、食事が並ぶテーブルのそばに佇み、フレイヤは会場内を観察することにした。
二人の大臣は、夜会を楽しむためではなく仕事の延長として来たのだろう。
他の有力者と何やら話し込んでいて、フレイヤのような小娘が近づける雰囲気ではなかった。
宰相と嫡男のギデオンは、来たばかりだというのにいつの間にか会場から消えている。もしかすると、挨拶をしに来ただけだったのかもしれない。
唯一残っている次男のサムエルは令嬢たちに囲まれており、コネリー侯爵とサムエルの周囲が大輪の花のようになっていた。これはなかなかに壮観だ。
(情報収集よ!って意気込んでいたけれど、私は特殊訓練を受けた諜報員でもないのだし、怪しまれずに話を盗み聞きすることすらも難しいわよね……どうしようかしら。それに、フローレンス様の事件について知りたいのは確かだけれど、ローガン様の考えもお姉様の想いもわからない今、私が首を突っ込んだところで……という気がするわ)
夜会に参加しようと思い立った時点では、ローガンとソフィアが婚約を解消する羽目になった発端であるフローレンスの毒殺未遂事件の犯人を暴くことで、この件に関わる人物たちの関係をもとに戻すことが目標だった。
ところが、新情報を得るにつれ、状況の認識が変わり、目指すべき方向がわからなくなってきた。
とはいえ、フローレンス毒殺未遂事件の解決は引き続き最重要だ。
王太子が最善を尽くしているそうだが、犯人やその目的がわからないままでは、真にソフィアが安全とは言えない。
それに、姉が王太子妃になることが黒幕の狙いなのだとしたら、レイヴァーン伯爵家や王太子、果てはベリシアン王国へも、いずれ悪影響が出る可能性がある。
(ローガン様は王太子殿下の側近なのだし、私が得ている程度の情報はもうお持ちかもしれないけれど、情報の共有はなるべく早くしておきたいのよね。夜会では迂闊に話せないし、ローガン様が戻っきたら、屋敷に帰りたいとなんとか伝えようかしら)
屋敷に帰るまでの時間も惜しいのだが、「お話が」と切り出した時点で口を塞がれる未来が見えてしまって、フレイヤは額を押さえた。
「……あ、そうだわ」
話は屋敷に帰ってから、どうにか頑張ってたくさんするとして。
この会場内では意思の疎通を図るのが難しいので、もう一つ切実な問題があった。
──お手洗いである。
(何か言いかけた時点で口を塞がれたらたまったものじゃないわ。まだ平気だけれど、ローガン様がいない今のうちに一度お手洗いに行っておきましょう。……会場内にいて、と言われたけれど、それって庭園に出たり勝手に帰ったりするなってことよね? お手洗いくらいはいいわよね? 来客用に開放されている会場の一部と言えるでしょうし)
空になったグラスを給仕に渡し、フレイヤは大広間を出る。
楽団の奏でる音楽や、人々の談笑の声といったパーティーの喧騒から少し離れると、一気に静かになったように感じられて、なんだか心細いような、落ち着かない気分になった。
ローガンより先に大広間へ戻ろうと思い、足早にお手洗いへの道筋を進んでいると、後ろから駆けてくる足音が聞こえる。
余程切羽詰まっているんだろう──なんて、呑気に考えたその時だった。
「んんっ!?」
突然、背後から羽交い締めにされて、口元に布が押し付けられる。
甘ったるく、しかしどこかツンとした不快感がある慣れない匂いを感じ、フレイヤは咄嗟に息を止めた。
(誰!? 何、この変な匂い……!? どこかで嗅いだことがある、ような……)
背後の人物の腕から逃れようとともがくが、その際少し息を吸ってしまって、くらりと目眩がする。
そこでフレイヤは、薄らと覚えがある匂いの正体を思い出した。
(これは……
酔酩の木は、ベリシアン王国や近隣地域などの森に自生している稀な植物だ。
一見美味しそうな赤い小さな実には意識を混濁させる作用があり、ほんの少し食べただけでも酩酊したようになる。
小さい頃に森で見つけたその果実をフレイヤが食べようとした時、父が珍しく血相を変えて「駄目だ!」と叫んだことがあったのだ。
麻酔としても使われる実の果汁を含ませた布を嗅がされるというのは……どう考えても、何かしらまずい事態が起きている。
極力吸い込まないようにと呼吸を我慢しつつ、フレイヤは力尽きたように抵抗を弱めた。
気絶したふりをして、隙を見て逃げようと考えたのだ。
しかし──。
(だめ……意識が……)
少し吸ってしまった分が効いてきたらしく、眠気よりずっと暴力的な何かが、強制的に意識を奪っていく。
(ローガン、様……)
薄青の瞳をした愛しい人の姿を思い浮かべたのを最後に、フレイヤの意識は深く沈んでいった。
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