「犯人はわかっているの? お姉様も狙われたりは……」

「そこまでは、なんとも。ここまでの話はあくまでオレの推測なので、そもそも“犯人”が存在するのかもはっきりしません。いたとして、今の状況が狙い通りなのかもわからない。狙い通りでないなら──」

「お姉様も、危ない……」


 フローレンスは本当に病に倒れたのであって、今ユーリとフレイヤが話している内容が、ただ深読みしすぎならそれが一番いい。


 だが、そうでなかった場合──事態はかなり深刻だ。


「でも、当面は安全なんじゃないかと思いますよ、オレは。王太子妃候補が次々に倒れる中で、ハイハイ我こそは!って手を挙げるお嬢さんが出てきたら、黒幕とあっという間に繋がりますし」

「……確かに、そうね」

「もしも毒だった場合でも、狙いがフローレンス嬢だったとも限りません。彼女が倒れた状況がわからないのでなんとも言えないですけど、殿下を狙った毒を運悪く食らってしまったって可能性もありますから」

「はぁ……頭が混乱してきたわ」

「オレもですよ。ただお見舞いの品は何がいいか探ろうとしただけのはずなのに、なんでこんなややこしい問題について考える羽目になってるんだか」


 二人して溜息を吐き、再びゆっくりと歩き始める。


「ソフィア様は大丈夫ですよ、きっと。旦那様も奥様もうろたえていないのが、何よりの証拠です」

「……!」


 ユーリの言葉に、フレイヤはハッとした。


 両親であるレイヴァーン伯爵夫妻は、三人の子供たち皆をそれぞれに大切にしてくれている。


 父・レイヴァーン伯爵は、宰相などといった絶大な権力者ではないが、文官の中で相当な実力者だそうだから、ユーリやフレイヤよりも得ている情報は多いだろう。


 ソフィアの王太子妃内定について告げたあの日、父も母も落ち着いた様子で、憔悴しょうすいし悲嘆に暮れるような姿は見ていない。

 両親は何かしら、ソフィアは安全であろうという確信めいたものを持っているのかもしれなかった。


 そう気づくと、一気に気持ちが楽になってくる。


「長話になっちゃいましたね。きっと、エヴァが待ちくたびれてますよ」

「そうね、急いで帰らないと」


 忍び出た時と同じく、見張りの目につきにくいところから縄梯子をかけて、フレイヤはアデルブライト伯爵家別邸の敷地内に入る。


 あらかじめユーリが使いのカラスを飛ばして連絡してくれたので、庭園の生け垣では、エヴァが着替えを持って待っていてくれた。


「おかえりなさいませ。気分転換できましたか?」

「ええ。本当にありがとう、エヴァ」

「無事にお部屋に戻られるまでがお忍び外出ですよ」

「ふふ、そうね」


 先日のローガンを真似て、フレイヤは護身用に持っていた短刀で花を一輪摘み取った。

 もし誰かと鉢合わせた時は、庭園に花を摘みに出たのだと言おうと思っていたのだ。


 だが、そんな言い訳を使う機会がおとずれることはなく、幸いにしてフレイヤはお忍び外出をお忍びのままに完遂することができた。





 ──と思っていた。

 次の日の夜、過去最高に険しい顔をしたローガンが帰ってくるまでは。


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