第41話 隠れキャラ


 『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』には四人の攻略対象のほかに、隠れキャラがひとりいる。

 隠れキャラのルートは解放率が0.5パーセントと言われていて、リシェリアはこのルートの存在すら覚えていなかった。


「……隠れキャラなんていたのね」


 リシェリアの反応を見たアリナが盛大にため息を吐く。


「これでわかったよー。リシェリアが時戻り前に、操られていた理由が」

「操られていたの?」


 だから先ほど会った時に、「まともなリシェリアだ」と言ってきたのだろうか。


「うん。操られて、変なこと言っていたの。なんかゲームのリシェリアみたいに」


 どうして操られていたのかはわからなかったけれど、ゲームのリシェリアという言葉に嫌な光景が脳裏を過ぎる。

 悪役令嬢のリシェリアは、ゲームでは処刑されて晒し首にまでなっていた。スチルはなく文章のみで描写されていたけれど、見たことのないはずのその光景を思い浮かべてしまう。


「――時戻り前に、私を操っていたのがその隠れキャラなの?」

「うん、そうだよ。隠れキャラのダミアン先生」

「ダミアン先生?」


 ダミアン・ホーリー。

 二学期の途中から赴任してくる養護教諭で、魔塔の魔術師の一人らしい。


「どういう人なの?」

「うーん。なんていうか、とても可哀想な人なんだよね」

「可哀想?」

「そうだよー。ダミアン先生は双子なんだけど、双子の姉にいいように使われている不憫なキャラ、ていうのが印象だったかな。といっても、私も二回ぐらいしか隠れキャラルートはプレイしていないから、なんとなくしか憶えてないんだけど」


 そもそも隠れキャラルートが解放されるのは、早くても芸術祭の後らしい。それも、ルートを解放するにはそれまで選択権を一度も間違えずに、【時戻り】の魔法をある特定の回数使っている必要がある。


「回数が何回かは忘れたよー。確か確率も関係していたはずだし。……それに、ルートが解放されても選択権を間違えると即バッドエンドだった記憶があるし」

「即バッドエンド。難しいルートなのね」

「そうだよぉ~。攻略サイトにも情報があまり乗ってなかったから、なんとか二回目で表エンドに導いたけど、大変だったんだから」

「それでも二回でクリアできるなんて、すごいわ」

「それほどでもー。……って、そうじゃなくって、重要なのがまだ一回しか【時戻り】を使ってないときに現れたということ! さすがに一回はないと思ったんだけどねぇ」


 アリナがダミアンの姿を見かけたのは、二週目の時だったらしい。それもリシェリアを操っていたそうだ。


「どうして現れたのかはわからないけど、やっぱりここがただのゲームの世界じゃないってことなのかな」

「……そうね」


 リシェリアをはじめ、ゲームとは違う行動をしているキャラが多くいるいま、もう原作通りのストーリーなんて存在していないのかもしれない。

 この世界の人間はゲームのキャラではなく生きている人間で、隠れキャラのダミアンも攻略とは関係なく登場しただけなのかも。


「……それにしても、人を操る魔法を使えるのは厄介ね」

「ああ、それなら対処のしようはあるよ。ダミアン先生の目を見なければいいだけだから」

「目を?」

「うん。目を見なければたいていの人はどうにかなるよー。操るって言っても洗脳だから、一瞬ですぐ相手を従えることはできないんだよ」


 その洗脳は誰にでも効果があるものではないらしい。

 ケツァールみたいに魔法に耐性のあるキャラや、ルーカスやヴィクトルみたいに光属性の魔法を持っている人にはほとんど効果がない。


「あと、洗脳は闇属性魔法だから、同じ闇属性である私にも効果はないし」


 アリナの使う【時戻り】――時間を戻す魔法は、自然の摂理に反した魔法だ。

 使うことにより、副作用で精神的に病んでしまうため、闇属性に分類されていることはゲームのストーリーでも説明されていた。


「でも、リシェリアは駄目だよ、洗脳が効きやすいから。ゲームでもそれで操られて、いろんな悪事に手を染めたって、隠れキャラルートで説明されていたし」

「え、悪役令嬢の悪事はダミアン先生のせいなの!?」

「うん、そうらしいよ。まあ、本人の性質も相成っていたらしいけど」

「そう、だったんだ」


 転生してきて衝撃的なことを聞いてしまった。


(あ、でも、ダミアンが登場したのが芸術祭の後だとすると、それまでの行いは悪役令嬢リシェリア自身がが起こしたことなのよね)


 アリナからこの話を聞いて、腑に落ちたことがある。


 少し疑問があったのだ。いくら婚約破棄されたからといって、公爵令嬢の矜持を備えていたはずのリシェリアが、多くの人の前で取り乱してナイフを持ち出したことに。

 自分を裏切った婚約者や、その婚約者と親しくしていた主人公に妬ましい思いがあったのはわからなくもない。だけどいくら何でもあんな場所で王子を殺そうとしたら、捕らえられて罪が裁かれるのは目に見えている。


(洗脳、怖いわね。……ダミアン先生、注意しなくちゃ)


「洗脳の影響を受けやすいキャラといえば、シオンもそうだよ。いくら強い力を持っていても、精神的に弱いと洗脳は早く良く効くらしいから」

「……じゃあ、時戻り前にアリナを襲おうとしたのも、もしかして」

「たぶん、ダミアン先生のせいかもしれない」


 芸術祭一日目の一週間前――昨日のことだ。

 シオンはクラリッサのお見舞いに保健室に行くと言っていたらしい。だからそこで洗脳を受けた可能性があるとアリナは語った。


「――まあ、ダミアン先生も可哀想なキャラなんだけどね」

「それは、どうして?」

「だって、ダミアン先生自体も洗脳を受けているから。双子の姉からね」

「そうなの!?」


 なんだかややこしい話になってきた。


「まあ、これはおいおい話すとして、とりあえずリシェリアは、絶対に保健室に行かないでね」

「わかったわ」

「なにがあってもだよ」

「絶対に行かないわ」


 念押ししてくるアリナに、リシェリアはこぶしを握ると深く頷いた。


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