第29話 演技


 『光の王子と眠り姫』は、ウルミール王国に古くから伝わる童話だ。


 光の国の王子が、とある国の深い森に百年近く眠っている眠り姫の話を伝え聞く。

 眠り姫は産まれた時にかけられた呪いによって、十六歳になった歳に氷の欠片が刺さりそれからずっと凍りついて眠っている。

 眠り姫を起こそうと数多くの国の王子たちが眠り姫の住む森の中に挑んだが、誰ひとり到達できなかったという。

 それを聞いた光の国の王子は「面白そうだな」と、深い森に行く。

 深い森には古城があり、その最上階に姫は眠っているらしい。――といっても、その姿をまともに見た人はここ百年ほどいないのだが。

 古城は季節関係なく氷で覆われていて、入ってくる者を凍えさせて捕らえてしまうという。

 だけどその氷は、光の王子には影響しなかった。

 光の申し子である王子は、光の剣を掲げ、古城の氷を溶かしながら城の最上階に辿り着く。

 そこに眠っていた眠り姫に一目惚れした王子は、つい口づけをしてしまう。

 それにより眠り姫は百年の眠りから覚めて、古城から氷は溶け消えて、深い森は再び生命の息吹を咲かせたという。


 そうして光の王子は眠り姫を妃として迎え入れて、二人は永遠に幸せに暮らしました。めでたしめでたし。


 ――で終わる、ウルミール王国の国民なら、小さな子供でも知っている童話だ。



 眠り姫の出番は最初の方に氷がの欠片が刺さり眠りにつくシーンと、終盤のシーンだけだ。

 台詞数は少ないものの、主役である。


「『……あれ、突然眠気が……』」

「『姫様、どうされましたか!?』」


 初めての読み合わせは酷い棒読みだった。

 だけどあれから何度か繰り返すうちに、少しはましになったはずだ。

 侍女役の生徒も最初はたどたどしかったけれど、どんどん自然になっている。


(プロではないから完璧な物にはできないけれど、これなら何とか学生の出し物として芸術祭に間に合わせることができるかしら)


 前世を含めても演技は初めてだったのでどうなることかと思ったけれど、台詞数は少なくて覚えやすいし、演技もほとんど寝ているだけなのでいまのところは大丈夫そうだ。

 最後の口づけシーンは心配だけれど、それも小道具か何かで顔の部分を隠してするみたいだから、寸止めできっとどうにかなる。


 だがそれよりも難解な問題が、リシェリアたちのクラスにはあった。


「『……この城に、眠り姫がいるというのか?』」

「『は、はい! 殿下、参られますか?』」

「『ああ、楽しみだな』」

「『……いままで挑んだ他国の王子たちはみんな入り口付近で倒れていたそうです。殿下もお気を付けください』」

「『おれは光に愛された王子だ。こんな氷ごとき、おれの敵ではない』」

「『け、健闘をお祈りします……』」


(――っ、超棒読み!)


 みんなルーカス相手に大きな声では言えないけれど、心の中では同じことを思ているだろう。

 従者役の男子生徒の顔色がとても悪い。主役がこれで大丈夫かと思っていそうだ。


 ゲームでもルーカスは感情表現が苦手なキャラだった。

 ゲームのシナリオでは選択権で芸術祭の出し物を決められた。それによりシナリオが少し変わる仕様だったはず。

 ルーカスを攻略するには演劇を選び、『光の王子と眠り姫』の劇を成功に導かないといけなかった。

 ゲームのルーカスも最初は棒読みな演技しかできなくて悩んでいたけれど、ヒロインと練習するにつれて上手くなっていったはずだ。

 だからここはゲームのヒロインであるアリナと練習してもらった方がいいのだろうけれど……たぶん受けてはくれないだろう。


「『これが、姫なのか? ……美しい人だ。いままで感じたことのない感情を感じる。この、胸を熱く焦がす思いはいったい、何なのだろうか……。もしかして、これが恋?』」


(ルーカス様。それが恋に落ちた人間の台詞とは思えません……って言いたい)


 クライマックスのときめきシーンも棒読みで、もういっそ誰か吹き替えをしてほしいぐらいだ。


「『どうしたら目覚めるのだろう』」


 エメラルドの瞳と目が合った。

 リシェリアは慌てて台本に目を落とす。もう台詞は覚えているのだけれど。


「『美しい姫。早くその瞳を開けておくれ』」


 王子は台詞と共に姫に顔を近づけて、そのひんやりとした唇に口づけをする――。


「『……あ、あなたは?』」

「『目覚められたのですね、姫』」


 顔を上げるとルーカスと目が合う。

 台詞は棒読みでロマンスの欠片もないはずなのに、胸がドキドキしてきた。


「『おれは光の国の王子です。姫を迎えに来ました。国に戻ったら、おれと結婚してくれますか?』」

「『――はい、喜んで』」


 棒読みのプロポーズ(演技)を受け入れる姫の台詞は、もっと心の底から湧き上がる温かい思いを抱いていて幸せに満ちた笑顔で受け入れているはずなのに、実際口から出てきたのは震えた声だった。


「『こうして光の王子は眠り姫を妃に迎え入れて、二人は永遠に暮らしました。めでたしめでたし』」


 ナレーション役の台詞により読み合わせは終わったはずなのに、教室内は異様な静けさに包まれていた。

 きっと誰もが思っているだろう。

 これ、本番大丈夫なのか? ――と。



「リシェリア様。衣装が完成したそうですわ」

「ほんとうですか、ミュリエル様」

「サイズの確認をしますので、こちらに来てくださいな」


 読み合わせが終わると今度は衣装合わせの時間だ。

 衣装係のミュリエル御一行と一緒に、リシェリアは別室に移動することになった。


 衣装係といっても、用意するのは職人だ。ミュリエルは職人に衣装を手配したり、それから特技である刺繍で小物を縫ったりしているみたいだ。

 最初の頃はいつも通りどこか鼻につく態度だった。それはおそらく彼女自身が姫役をやりたかったからだろう。だけど役職が決まれは後は責任をもって務める性格をしているらしく、ミュリエルのリシェリアに対する態度は前よりかは和らいでいた。


「このドレスですわ。ひとりでも着脱できる作りになっていますが、お手伝いしましょうか?」

「いえ。ミュリエル様の手を煩わせるわけにはいきません」


 別室で着替えたドレスは、澄んだ青色のドレスだった。装飾が少ないシンプルなドレスだけれど、どこか清楚さを感じる。

 ミュリエルの言った通りひとりで着れるようになっているけれど、背中のリボンは一人では結べそうになかった。


「あの、ミュリエル様。リボンなのですが」

「そういえば背中のリボンは一人では結べませんわね。お手伝いしますわ」


 ミュリエルにリボンを結ってもらい、改めて鏡を見る。

 童話の挿絵に似ている、シンプルなドレスだ。ドレスだけ見るととても美しい。


「銀色の髪のウィッグの用意もありますわ。つけるのお手伝いしましょうか?」

「……いいえ、それは一人でやります」


 さすがに髪を人に触らせるわけにはいかない。触ったらこの黒髪が偽物だとバレてしまう。


 今日はひとまず衣装のサイズ確認だけで終わった。



 その帰り道、廊下でルーカスに呼び止められた。


「リシェリア、相談があるんだ。芸術祭までの間、おれの練習に付き合ってくれないか?」


 その顔は少し深刻そうだった。


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