第6話…雪の中の二人
よく歩いていた登坂を進んでいく。
道の端には雪が少し残っていて、やっぱり寒い。
今日、来ることは匡介には言っていない。行くといえば、休みになっていても仕事を入れそうだし、それで私が来れなかったら、申し訳ない。
上から人影が近付いてきた。上には匡介の温室しかない。きっと匡介だ。
「林さん!」
誰かいるかもしれないので、名字で呼んで手を振ってみる。奈子は久しぶりに会えたのが嬉しくて、自然と顔が綻ぶ。
匡介は早歩きでこっちに来て、まるで亡霊を見ているかのような顔をしている。
「へっ?!」
声が裏返って、目を逸らしてもう一度見てきた。驚いた時のお決まりの声に、奈子は胸が締め付けられた。会えず恋い焦がれていた人が目の前にいる。
匡介はやっと言葉を発した。
「夢?!」
奈子は笑いながら首を振った。
「死んだ?!…幻?」
「えっっちょっと?!生きてるよ!」
それでも匡介は信じられないという顔をし続けている。
「ほら、足もあるし、手もあるでしょ?触れるよ」
手をバタバタさせて、足もスカートを少し捲って見せながら続けた。
「ね?」
パシパシ自分の体を叩いてみる。
「違う違う、俺が死んだのかと思って。え、まじで?!嘘だろ……本当に??やべえ。会いた過ぎて、見えないものが見えたのかと思った」
恐る恐る、両手で奈子の顔に触れた。
「奈子?……まじか。会いたかった」
そう言った瞬間、匡介は奈子を力いっぱい抱きしめた。奈子もそっと抱きしめ返した。
「うん、私も会いたかった」
「…本物?まだ信じられない」
「本物だよ。突然来て、ごめんね」
また雪が降り始めてた。二人は雪に隠してもらいながら、長い長いキスをした。
二人は手を繋ぎながら、匡介の次の仕事がある温室に向かって歩いた。
「今日は何で来れたの?子どもたちは?」
「普通に私の祖父母の家に年末年始の帰省で。お姉ちゃんは一緒に来たけど別行動」
すぐ匡介は緊張しながら辺りを見回した。
「大丈夫、今は北園にいるらしいから居ないよ。こっちは来ないかも。下の子はまだ実家で従兄弟たちと遊んでる」
「そっか……」
「うん」
「連絡くれたら良かったのに」
「雪だし、来れるかわからなくて。……あと、拒否されたらどうしようかと」
「するわけないでしょ。本当変わんないね」
匡介は若干呆れ気味に嬉しそうにしている。
「3ヶ月で…良い人と出会ってるかもしれないし」
「ないね。俺を見くびらないでくれる?しつこいからね」
奈子は笑いながら聞いている。
「3ヶ月会えなくて、本当に寂しかった。新生活に慣れるためにバタバタして、でもずっと忘れられなかった」
この3ヶ月を思い返しながら、奈子は話始めた。
「ここのバイトを辞めて、ぽっかり穴が空いたみたいで本当に辛かった。何よりも匡介に会えないのが苦しかった」
温室の作業部屋に着いた。匡介は奈子と自分の雪を払って、奈子をぎゅっと抱きしめた。
「俺は毎日同じ日々だった。だから尚更寂しかった。奈子がバイトに来なくなって……あ、俺だけじゃなくて迫田さんや西川も寂しがってたよ」
奈子は匡介の腕から顔を出した。
「あ、さっきばったり会って挨拶したよ」
あら、匡介が面白い顔してる。
「えー?!俺より先に?!」
「いや、だって匡介の温室たちが一番奥だから…」
「そこはさー、ダッシュで撒いて俺のとこ来てよ」
「あはは、そんな事出来ないよ」
匡介は奈子から手を解いて、コーヒーを入れる準備を始めた。時々、奈子がバイト中に書類を持って匡介の温室に来た時、二人でコーヒーを飲んで話していたのは幸せな内緒話。
「結婚はしなくて良いからさ、この先も俺を見ててよ。一緒に居られる時間を持つ権利がほしい」
「そんな贅沢……」
「良いんだよ、俺を助けると思って。いつか会えると思ったら、会える権利があると思ったら、不安にならなくて良いじゃん。奈子の隣に居るのは俺だと思えてたら、何でも頑張れるんだよね。俺は奈子が絶対隣にいて欲しい」
「ありがとう……でも、本当に良い人が現れたら、結婚して幸せになってね?」
「はいはい」
奈子を黙らせるようにキスをした。
「ね、会える権利を俺に下さい」
「……はい。ありがとう。…ごめんね」
前みたいに会えなくて、結婚したとしても子どもを産める年じゃない、こんな私でごめんなさい。
頷きながら手で顔を隠すようにする奈子の手を取って、匡介は自分の手を絡ませた。
「やったね。最後のはいらないけど…どうせあれこれ考えてるんでしょ」
匡介は奈子を抱きしめた。
「奈子、会いに行くよ。車で1時間だし、いつでも。俺のこと忘れさせたくないんだよね。良い?」
奈子は、泣きながら頷いた。
泣き顔がきれいだなと思いながら、匡介は奈子の涙を拭いた。
「奈子、大好きだよ」
「ごめんね、匡介が大好きなの」
いつも奈子は気持ちを言う時に謝ってくる。
それがとても切なくて、愛おしい。
そう想う自分は、もうドツボにはまっているのだろうと思う。
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