一人旅の天才が、新人研修としての一人旅を否定する
島尾
クズ企業の間違った新人研修
私は何回も一人旅をしてきた。一人旅の魅力は、一人で何かをするということである。すべてのことを一人でやるということは日常では少ない時代。そして私自身は「誰かにやってもらうのが当然」という劣った考えの持ち主。それを破壊してくれるのが一人旅である。
TBSニュースで、山陰パナソニックという会社が新人研修に一人旅を課した。ほほう、いいことやるなぁと思って内容を見ると、「旅のルール」が設定されているという。
まず、旅のテーマを設定しなければならない。
縛りを設定し、地図を使わない・ご当地グルメを食べねばならない、など。
支給されるカネは10,000円/日であり、青春18きっぷを使用する。
ミッションは、コミュニケーション量が10人/日、出会った人と記念撮影をせねばならない。
私は失望した。
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一人旅とは何か。それは人それぞれだろうが、しかし、絶対にやってはいけないことがある。それは義務を設けることだ。私が考える一人旅というものは、自然発生的に生まれるその土地への興味関心が旅の動機となる。例えばアニメの聖地巡礼、例えば火山やリアス式海岸などの地形的特徴の見学、例えばその土地に数百年にわたって続く伝統を味わうこと……。
未知の土地に一人到着したとき、私は一つの感知器になる。それは具体的に言うと、例えば海を見た時に感動する、知らないものを見て驚く、という瞬間だ。それらに自分独自の意味付けをしたり自説を唱えることによって、自分が一つの感知器から一人の人間へと回帰する。この感知器⇄人間という可逆的状態変化を通じて、新しい経験を心身に刻む。
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ゲストが、「課題設定できることが面白い。課題解決力もそうだが、課題設定力も結構大事じゃないですか~」ということを言っていた。まず前半の言葉について言及する。課題設定できるという点に関しては私も賛成する。慣れない土地で一人でうろちょろしていると、必ず何かしら困る。そして周りには誰もおらず、自分一人しか頼れない。意地でも考えてなんとかせねばならない。それが例え2時間歩かねばならないとか、5時間歩くことは不能だからその土地のタクシー会社を調べて電話するとか、そういうふううに課題が勝手に生まれるのはある意味面白いし、苦々しくもそれが醍醐味と言えよう。そして後半の言葉について、この人の底が知れたような気がした。先にも述べたように、未知の土地で自分一人で動くとなると、何かしら勝手に課題が生まれる。わざわざ課題を設定するというのは、その自然の摂理に近い事実を知らないか無視しているといえる。一人旅で人為的に課題を設定することは、一人旅をする意味を土台から消している。一人旅では課題解決力が養われるだろう。しかしその課題というのは自分が必ず興味を持たざるを得ない課題であり、面白みも何もないくだらなくて味気ない一企業のしょうもない事情的課題とは本質的に異なる。そういう力を一番磨くことができるのは、昭和のパワハラ的スパルタ的な、暴力と暴言で新人に圧力をかけるという方法だ。新人は新人でそれを耐え、文句一つ言わずに、なにくそ魂で憎しみのような気持ちを抱き、恐怖感を一切抱かずに、日々出社することだろう。一人旅で発生する、自分自身の良い思い出となるような経験から得る課題解決力とはあまり関係がない。
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結局、企業はカネである。一人旅はカネではない。だから、下手なことをやって社員の表層的幸福感を「課題解決力や設定力が身に着いた」と錯覚させるのは否定されるべきである。どうせ、一人旅で縛りに従っているような人間は何かしら問題が起きたときの課題設定も解決もできないだろう。できるとしても、それは一人旅の効果ではなく元からその人に備わった能力でしかない。
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一人旅をナメるな。
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