Procambarus clarkii Ⅹ

みそ汁(一)

 アメリカザリガニになってしまったおじちゃんは、きょうも水槽のなかでたたずんでいる。しかし、大好きな電気グルーヴの曲が流れていても、聞いているのか、いないのか、元気がなかった。

 「モノノケダンス」、「電気グルーヴ30周年の唄」、「Cafe de 鬼(顔と科学)」。次々に屋根裏部屋を通り過ぎていく曲たち。


 おじちゃんが元気をなくした原因は、おそらくワイン風呂だった。

 通販で買ったスッポン鍋のセットに、スッポンの血が入っていたので、バアバは赤ワインを買って来た。赤ワインにスッポンの血を入れたものをバアバは飲んだ。「おいしい?」と私がたずねると、「健康には良さそう」とバアバは言った。

 その赤ワインが余っていることを聞きつけたおじちゃんが、ワイン風呂に入ってみたいと言い出した。最初はバアバも抵抗したが、おじちゃんに甘いバアバである。結局は、長机のうえにグラタン用の皿を置き、そこにおじちゃんを入れて、上から赤ワインをそそいだ。

 ワインより、ビールの方がいいなあとおじちゃんが言った。それに対して、「ビールの炭酸で、おじちゃん、死んじゃうんじゃない? ザリガニだもの」と私が答えると、そういえば、ホモサピでやってたな、ザリガニの大量虐殺とおじちゃんが答えた。

 私が「なんか、料理の下ごしらえみたいだね」と思いつくと、おじちゃんは通ぶって、これはよいワインにちがいないと言い出した。バアバに確認すると、ローソンでいちばん安いワインとのことだった。おじちゃんはいつも、見当ちがいなことを口にする。

 バアバが「人間のおふろの用意をしなければ」と一階に下りていったあと、おじちゃんは酔いだして、いろいろと昔話をはじめた。その中で、ジイジの話をした。

 ドラゴンボールってアニメがあったろう?

「鳥山明だっけ。さいきん、死んじゃったね」

 そのアニメを観ていたらさ、ジイジが先の展開を当てるんだ、おいちゃんはジイジを超能力者だと思ったね、まあ、単にジャンプで読んでただけだったけど、あれは驚いたね。

 「ふーん。嫌な人だったのね」と私が感想を洩らすと、おじちゃんは、まあ、とても嫌な人だったね、イチカは会わずにすんでよかったよと応じた。

「母ちゃん、ジイジのこと大嫌いみたい」

 私がそう言うと、まあ、いろいろあったからねと、おじちゃんがしみじみと答えた。

 それから、次のように、私へお願いをしてきた。

 ジイジの話をしていたら、焼きねぎが食べたくなってきた、イチカ、バアバに作ってくれるように頼んできておくれよ、バアバの鳥取の知り合いが大きなねぎを送ってきてくれたんだろう、その白い部分をぶつぎりにしてさ、油をつけずに焼いてくれよ、ジイジの好物だったんだ、ジイジの話はバアバにはするなよ、機嫌が悪くなるからなあ~。

 どうもおじちゃんはかなり酔っぱらっているようだった。私はしぶしぶ、階段を降りて、バアバに伝言した。バアバはすぐに作って、私に焼きねぎの皿を持たせた。

 屋根裏部屋に戻った私が、ぽとりと、赤い液体で満たされていたグラタン皿の中へ、焼きねぎを浮かべると、さらに、料理の下ごしらえをしている気分になった。ザリガニは、これ、これと言いながら、焼き目のついた白ネギに鋏を伸ばした。

 白ネギを食べたあと、おじちゃんは完全に酔っぱらってしまった。部屋には、電気グルーヴの「N.O」が流れていた。おじちゃんが鼻歌をやめて言った。

 そういえば、むかし、5時SATマガジンという番組が、中京テレビでやっていたな、大竹まことが司会だった、フォークダンスde成子坂もたまに出てたかな、それに電気グルーヴが出演して、曲を披露したんだけど、その曲でやることのないピエール瀧が舞台の上をうろちょろしていて、おもしろかったなあ、それ以来、おいちゃんは瀧を贔屓にしている、演技もうまいしなあ、ああ、深夜にやっていた、ミックスパイ+も好きだったなあ、宮迫さん、元気かなあ、ああ、何もかも皆懐かしい……。

 おじちゃんの長い話が終わった。私はくすりと笑って、「おじちゃん、さいきん、何もかも皆懐かしいって言葉よく使うわよね。宇宙戦艦ヤマトの沖田艦長だっけ」と言うと、そう、海にもぐるんだよの沖田艦長、古い方のアニメは、イチカが観てもおもしろくないだろうけど、新しい方のアニメなら観てもおもしろいんじゃないかなと、おじちゃんが応じた。

 私はそれに対して、「機会があれば観るわ」と答えた。すると、おじちゃんは、絶対、観ないなー、これはと言ったところで、酔い潰れてしまった。

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