めがね(二)

 「こんにちは」と、家庭教師の野田先生が屋根裏部屋に入ってきたので、私は先ほどの会話を先生に話した。

 ちなみに先生も眼鏡をかけているし、おじちゃんも人間だった頃は眼鏡をしていた。ほこりをかぶった眼鏡が、長机の左側に置かれている。

「それはだめですよ、師匠。イチカちゃん、眼鏡が似合っているじゃないですか。コンタクトにするのはもったいない。いまのままでも十分かわいいですよ」

 先生はさいきん、おじちゃんのことを師匠と呼ぶようになっていた。ザリガニが師匠……。

 そんなことよりも、かわいいと言われて、私は何だか、体がぽかぽかしてきた。これが恋というやつかと思った。

 そんな私をよそに、おじちゃんが、野田くんは眼鏡フェチか、私と同じだね、私もイチカの眼鏡姿は捨てたものではないと思っているが、一般的な話としてのコンタクトレンズだよ、とくだらないことを言った。

 それに対して、野田先生が、「おお、師匠も同好の士でしたか。いや、気が合いますね」と言葉を返したものだから、私の恋心はすこし冷めた。先生の性癖はもう少ししてから知りたかった。叔父の性癖は論外。一生、聞きたくなかった。

 いやさ、人間、年取ってからお金があったとしても使い道がないと思うのよ、若いうちは、自分への投資に時間やお金をつかわないとね、キラキラするために、そういうことをイチカに言いたかったんだよ。

 おじちゃんの話に、私は「なら、最初からそう言ってよ」と冷めた口調で言った。対して、野田先生は感心した様子で、「人生の先輩のアドバイスは、大事にしないとね、イチカちゃん」と言ってきた。

 私が同意をためらっている間に、野田先生は水槽にむかって、「そういえば、師匠。師匠はFJKという言葉を知っていますか?」と問いかけた。

 すると、FJKかい、JFKなら知っているけどとおじちゃんが答えると、野田先生は苦笑しつつ、「First JK、高校一年生の女子のことを指すらしいですよ。二年生はSecond JKでSJK、三年生はLast JKでLJK。おもしろでしょう?」と言った。

 へえ、そりゃあ、おもしろい言葉の使い方だね、ザリガニになるとどうも世事に疎くなっていけないねと、おじちゃんが嘆息した。それから、イチカは知っていたかいと聞いてきた。私が「もちろんよ」と答えると、さすが、SJCとさっそく使いはじめた。なんか、その言い方にいやらしさを感じた私は不機嫌全開で、「そろそろ勉強をはじめるから、おじちゃんは静かにしていて」とザリガニを黙らせることにした。

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