第6話
初めて聞くことばかりだった。
父さんが元冒険者で、母さんが途中で出会った聖女様だったなんて。でもそれならルカが教会の使者じゃないってわかってるんじゃないのか?
まあそれはいいけど。
言われてみれば、ウチの村は元冒険者とか元姫とか多い。でもまさかウチの親がそうだと思ってなかった。父さんや母さんが魔法を使ってるの見たことないし。生まれた時に魔力がないってわかってたから気を遣ってくれてたのかも?
大賢者が俺を見てくれたというのもそれが理由だったのかもしれない。聖女の子ならどんな魔力を持っているかとか興味ありそうだし。
思い当たることだらけだった。
「ハルト、これでいいの?」
父さんと母さんが農作業をしている間に、昨日摘んできた薬草を使いやすい束にまとめていた。
ふつうの道具屋が忙しそうだから、家で束を作ってから持って行ってる。そうすれば、少し高く買い取ってくれる。道具屋が暇な時は束にしなくてもいいけれど、忙しい時は束にした方が喜ばれる。
可愛らしい手でまとめた束をルカは俺に見せている。
「うん。上手にできてる」
「わーい」
素直に喜ぶルカ。かわいい。
手も俺より小さいから、器用でそれがまたかわいい。
どうしよう。何かにつけてルカがかわいすぎる。
「お兄ちゃん、これは?」
真似をしてスズナも俺に束ねた薬草を見せる。
「スズナも上手上手」
ギリで許される束ね方だった。
いつもはやらないけど、ルカがやっているのを見て、スズナもやりたくなったらしい。十歳なのにすごいぞ。前世なら小4くらいだろう。ウチの妹は天才なんじゃないか?
三人で作業すると、籠の中の薬草がみるみる束になっていった。
なんか平和だ。
籠が空になったので、そこに束になった薬草を入れてルカと道具屋へ行った。スズナは母さんのところへ行った。
道具屋のドアを開けるとカランカランとベルがなる。
「いらっしゃい……、ってハリーか。ちょっと待っててくれ」
道具屋は接客中だった。
村には農家が多く華やかさはない。小さな店がたくさんあって、道具屋は中でも小さい。一番大きいのは居酒屋兼宿屋。冒険者はここに集まる。懐も淋しい冒険初心者が集まる村なので小さい部屋がいくつもある。清潔なベッドがひとつある程度の部屋だけど安いからいつでも人がいた。
道具屋は石ではない木でできた小さな家。売り物は少なく、カウンターの後ろに置いてあって店主と話して必要な物を売ってもらう。道具屋は相手を見て出す道具を変える。この世界での一般的な売り方だった。
店主の前のカウンター越しに初心者っぽい若い冒険者がいた。十三歳くらい。早めに冒険に出たのだろう。ウチの村の周辺のモンスターは弱いから珍しくない。
熟練冒険者がここまで送ってきて、冒険初心者は同じレベルの仲間と村の近辺でレベル上げする。
「薬草3つでいいのか?」
カウンターには薬草の束が3つ置いてある。
「はい」
冒険者はうなずく。その姿が初々しい。
「何人のパーティだ?」
「4人です」
「じゃあ、4つは持っていた方が良い」
道具屋はもうひとつ足していた。
「でもお金が……」
「今回はサービスでいい。無事に帰ってきて、また買ってくれればウチはもうかる」
「ありがとうございます!」
若い冒険者はお金を払ってカバンに薬草を入れると店を出て行った。居酒屋あたりに仲間が待っているのだろう。
「ちょうど朝の出発前の駆け込み購入がひと段落したところだ」
片付けながら道具屋が言う。
「そうだと思って持ってきた」
籠をカウンターに置くと道具屋が中を確認する。
「新鮮だなあ。草の香りが違う」
「昨日摘んできたから」
そして道具屋は数を数えながら薬草用のすぐ売るための箱に入れる。
「いいかんじに束になってるし助かる」
「束になってないのがあったらやるよ」
道具屋には他の仕入れ先もある。束になっていない、薬草だけ持ってくる場合もある。
「なんで急に?」
そう言って、道具屋が俺の顔を見た。
「めがね?」
道具屋の目の色が変わる。
「うん」
目を細めて俺のめがねをよく見る。
「ドワーフが作っためがねか?」
「人間だよ。ただこの世界のめがねではない」
「異世界のめがねか……」
「うん」
”異世界”という言葉はこっちにもある。ただこっちの人間は行こうと思っていない。それでも身近な言葉だった。
「情報料ってことか?」
「別に。いつもお世話になってるからお礼だよ」
「礼なんていらないけどな。薬草持ってきてくれるだけで助かるし。ハリーの薬草は丁寧だから助かってるよ」
「じゃあ、ますますやるよ」
俺がそう言うと、道具屋は束になっている持ってきた薬草を棚にしまい、奥から大きな箱を取ってきた。中には未整理のくたんとした薬草が山盛りに入っていた。
「店が終わっても片付ける間がなくてそのままになってたんだ」
効果は変わらないけれど、見た目は全然違う。
「この作業がけっこう面倒くさくてな」
「これくらい大したことないよ」
薬草を一回分にして束ねる。
家でやってたのと同じ作業だったから、ルカも黙々と手伝う。
「誰?」
道具屋が聞いてきた。
「ルカ」
俺がそう言うと、ルカがうなずいて
「よろしくお願いします」と作業をしながら簡単に言う。
「よろしく。道具屋のクラウドだ」
道具屋も薬草を束ねる。
男三人で黙々とした作業。地味……
「何があったんだ?」
未整理の薬草が減ってきた所で道具屋が聞いてきた。
「冒険、行こうと思ってるんだ」
「え?」
道具屋が手を止める。
「ルカがめがねを持ってきてくれたから、視力が良くなって魔力も強くなって魔法が使えるようになったから」
「異世界のめがねはどうなっているんだ? こっちのめがねは視力が良くなるだけだぞ」
「俺にもよくわからない。異世界のめがねだってふつうは魔法が使えるようになんてならない」
ルカもうなずく。
「視力が良くなって魔法が使えるようになったら、冒険、行きたくなるよな」
道具屋はつぶやくように言って薬草を束ねだす。
「そういうわけじゃないけど」
改めて言われると違う気もする。でもしたいからではない。絶対に違う。
「冒険って、行きたくなるようなことなのか? 家を出てモンスターを倒して何が楽しいんだ? 家に居れば贅沢言わなければ衣食住は安定しているし、冒険に出る意味が分からない」
「じゃあ、ハリーはどうして冒険に行きたいと思ったんだ?」
「みんな、行ってるから?」
そんな理由? だから俺は冒険に行きたいのか? みんなが行ってて、俺だけ行ってないから行きたいだけ?
冒険に出て帰って来ない者もいる。他の村や町に永住する場合もあるけれど、そうでない場合もある。少人数でモンスターがうじゃうじゃいる場所に行って、無事で済まないことだってあると聞く。
「父さんが冒険者だったって言ってたんだ。家ではふつうの農夫なのに」
「ハリーの親父さんはすごい冒険者だったんだぞ。お袋さんも」
「母さんは聖女だったって聞いたけど」
母さんも冒険者?
「元聖女様で、聖地を脅かすモンスターを倒した後、親父さんに惚れ込んで一緒に冒険してたぞ」
なんだそれ……
「二人から聞いてないのか?」
うなずいた。
「大冒険者と聖女様だって父さんが言ってたの聞いただけ」
「大冒険者!」
道具屋はそれを聞いてげらげら笑っていた。
「たしかに、すごい冒険者だった。ハリーはその血を引いてるから、冒険に出たらすごい大冒険者になれるぞ」
バカにされてる?
そう思っていたら、道具屋がポンポンと束ねた薬草を投げてきた。
返品か?
「近場に行ってみたらどうだ?」
「くれるの?」
「もらった代金から引いとく」
「ケチ」
「卸価格で買えるんだからお得だろ」
「持ってきたの俺だし」
「同じことだ」
自分で採ってきた薬草を自分で使うんだから、残りを道具屋に卸すってことか。
「武器とか防具とか貸してくれない?」
ダメもとで言ってみた。
「うちは道具屋だ」
ムッとした顔で言い、やっぱり無理かと思っていると、道具屋はカウンターの奥に入ってごそごそしていた。
「壊したら買い取れよ」
武器と防具が出て来た。ゴトンゴトンとカウンターの上に無造作に置かれている。
「ありがとう」
まさか出てくるとは思わなかった。
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