チート眼鏡のアンドレアス【KAC20248】【めがね】
一矢射的
第1話 その名は チート眼鏡くん
物語の始まりは帝都博物館の第三保管庫。
見上げるような石碑を前に、いま二人の男性が肩を並べ立っていた。
向かって右側の人物は小太りで初老の男性、博物館のオーナー、ヨナタン卿。
その左に独特なポージングで立ち、アゴをいじりながら小首を傾げる若者こそ、我らが主人公のアンドレアスであった。
アンドレアスは顎から手を離し、細く しなやかな人差し指で眼鏡を押し上げつつも、重々しく口を開いた。その唇からまろび出てきたのは、長考した割には何とも他愛ない言葉であったが、両者の間に垂れ込めた沈黙のトバリを退けるには充分な効力を有していた。
多少の気まずさがあろうとも、とにかく対話を進める必要があった。アンドレアスは自分を呼びつけた「古狸みたいな依頼人」から用件を聞きださなくてはならなかったのだ。
「ほう、これが例の石板ですね。恐るべき破滅の未来が記されているという」
「ええ、アカツキの予言者クリームヒルトが、千五百年前に記したものだそうです。なんでも、彼の未来予知は脅威の的中率百パーセントだとか」
「百パーセント、それはなかなか! 是非とも今週末に行われるディアナ賞レースの予想を聞いてみたかった」
「はぁ、ディアナ賞と申しますと?」
「おっと、これは失礼。ペガサス競馬には興味がありませんでしたか。私ときたら目が無くて。あはははは……はは。ジョ、ジョークは、お嫌いのようですね……」
ヨナタン卿の目に一瞬軽蔑の色が浮かんだ。
それを誤魔化す為か、卿はわざとらしく咳ばらいをすませると続けた。
「オホン、ともかく国王陛下が予言の真偽を気に掛けるあまり、心労から伏せっておられるのです。日頃のご恩に報いる為にも、忠臣ヨナタン、速やかに心の重荷から解放して差し上げたい」
「おやおや、一国の王ともあろうものが。もっと他に心を悩ますことは無いのですか? 例えば悪化する隣国との関係とか、国内の長引く不況とか、やたら多い地震対策なんかは? 帝都の近くには活火山もあるのでしょう? 大昔の石板なんかよりもそちらの方がず――っと気になりますけどねぇ。私としては」
「だからこそ! 訪れる災厄を事前に知っておけば対策も立てられるではありませんか。四方八方から国難が迫りくる昨今。ワラにもすがりたい気持ちを察して下さい」
「ふーむ、それも一理ありますかねぇ。博物館としては多額の寄付金をもらっている負い目もあるでしょうから。いつまでも『解読不能、判りません』なんて言い訳では済まないわけだ」
「そこまで判っているのなら話が早い。『チート眼鏡くん』の異名で知られる貴方を呼んだのは、是非ともここに記された古代文字を解読して頂きたいからなのです」
「その蔑称、なるべく本人の前では使わないようお願いしたいのですが」
チート眼鏡くん。
それはひどく軽薄で侮辱的な通り名であった。
偶然にも手に入れたチートアイテムで瞬く間に立身出世。
無名のまったくさえない若者が、ある日突然業界の革命児呼ばわりされたのだから、考古学者、鑑定家、学芸員といった連中やその取り巻きには我慢のならない相手なのだろう。
アンドレアスが手にしたもの。
それは、超絶覚醒神器改・百徳メガネ。
あからさまに十徳ナイフを意識したそのチートアイテムは、なんと百種類ものステキ機能を有し、鑑定、解読、望遠、危険察知など実に様々な恩恵を持ち主にもたらすのだった。
彼がいったいどのようにしてそのチート眼鏡を入手したのか、真実を知る者は本人以外に誰もいなかった。
―― 成功者はいつだってひがまれる物さ。無視されるよりはマシだろ?
胸中でそう呟きながらも、アンドレアスは快くヨナタン卿の依頼を引き受けた。
これで後はメガネの第十四機能「自動翻訳」を駆使して古代文字を読み解くだけ。
そうすれば、この苦虫を嚙み潰したような依頼人からオサラバできる……そのはずであったが。
歴史ある博物館がアンドレアスのような胡散臭い男に力を借りるなんて、ふざけるな! そのように憤る正義感の強い人物は(余計な事を)どこにでも居るのだった。
「お待ちください、オーナー! どうかお待ちを!」
保管庫の扉を叩きつけるように開き、鋭い目つきの金髪女性が商談を妨げた。
彼女がまとう金糸つきの制服は、博物館に努める学芸員の証だった。
施設の職員風情がオーナーに物申すなど、本来は許されることではなかった。
されど彼女だけは特例なのだ。なぜならば……。
「おお、ビルギット。可愛い孫娘よ。この件については散々話し合ったではないか」
「でも、オーナー! 我々学芸員の仕事をこんな輩に横取りされるなんて!」
抗議しているのはヨナタン卿の身内であった。
しかめっ面のご老人が、孫を前にした途端ニンマリ。
アンドレアスは苦笑するしかなかった。
こちらとしてはさっさと作業を終わらせて退散したいのに。
じゃじゃ馬娘は苦手だが、どうやら説得を試みる必要がありそうだった。
「いやぁ、私に任せて下されば僅か数分で片付く問題なんですがね。空いた時間は別の研究に費やして頂ければ、お互い損はないと思いますが」
「そんなの! 私のプライドが許さない! それに貴方が本物だという証拠はどこにあるのよ? 解読したフリをしてデタラメを語らない保証は?」
「うん? このメガネの力を証明しろと? 何かしらの余興をお望みですかねぇ」
いったいどんな余興を?
尋ねたアンドレアスにビルギットは腕を組んで高圧的に応じた。
「聞くところによると。そのメガネ、物体の透視が出来るんですって?」
「ええ、まぁ。それなりには」
「なら、私が何色の下着をつけているか。それを当ててみなさいよ。ふふん、まず無理でしょうけれど、当てられるものならばね!」
―― おやおや、コイツはなんで事を言い出すんだ?
アンドレアスは内心アタマを抱えてしまった。
祖父の前なのだが? 孫娘の下着姿を見られて喜ぶお祖父ちゃんがどこに居るというのだろう? それに彼女、自分から言いだした割には妙に頬を赤らめて冷や汗を流していた。
もしや、トリックを仕掛けたのかも。
例えば……そう! そもそも下着をはいていないとか。
この場でそれを口にしたら、オーナーが激昂するのは火を見るよりも明らかだ。
アンドレアスが本物のチート眼鏡くんであろうと、そうでなかろうと。
関係なしに博物館から追い出すよう仕組まれた巧妙な罠ということか。
過去の行いを振り返ってみれば、酒場で余興に透視を使うことは正直あった。
あったが、アンドレアス自身はキザに決めたいタイプであり素面でそうした悪事に手を染めたくはなかった。
なんというイヤーンで絶体絶命の窮地!
しかし、アンドレアスもこれまで多くの場数を踏んできた男。
ピンチの対処法は知り尽くしていた。
「よいでしょう、実力を証明しましょうか」
アンドレアスはメガネのフレームを両手で掴んで固定すると叫んだ。
「第八機能、透視! オーン!」
ただし、見るべき相手は勝ち誇った孫娘などではなかった。
彼女が入ってきた扉、その陰に潜んでいる者たちだ。
「機能、オフ! はい、判りました」
「あらら、見えたの? じゃあ何色?」
「いえ、そうではなくて。貴方が外に控えさせた警備員の姿が見えました。数は全部で五人。全員が警棒を構え、私をボコボコにしてやろうと手ぐすねを引いています」
「なっ!?」
「私を騙して袋叩き、最後は博物館から放り出すおつもりですね」
「ビルギット、お前! 国王陛下が解読をお待ちなのだぞ!」
「おじい様、お許しになって!」
「余興としては完璧だったでしょう? では、そろそろ依頼を片付けましょうか。夕飯に美味しいレストランを予約しているのでね」
キザったらしく決めると、アンドレアスは石碑の前に立った。
そしてチート能力を駆使した結果……。
石板に隠された真実が、とうとう白日の下へと晒されるのであった。
「どうだ? チート眼鏡くん! そこには何と書かれているのだ」
「ええっと……文明崩壊レベルの大地震が起きると書いてありますね」
「な、な、なんだって――!?」
「ですが、ご心配なく。ここにはコウも記されています。その地震が起きるのは今から五百年後であると……」
「うん?」
「おじい様、それって……?」
「おさらい……しましょうか? この石板は今から千五百年前に記されたもの。そうでしたね? つまりは、予言の大地震はとっくの昔に起きていたと。千年前に起きた大地震の記録は残っていますか」
「真偽も定かではない伝説ならあるが……」
「では、それでしょうね。片腹痛い。百パーセントの的中率だからといって、こんな石碑を有り難がることはないんですよ! 今更!」
「なぁ、なぁーんだ、そうだったのか! はっはっはっ! これで安心だな!」
「それで良いんですか? ……じゃあ、依頼はこれにて完遂ということで」
「おう、有難う! 陛下もきっと胸をなでおろすであろう! 感謝するぞ! チート眼鏡くん! また何かあれば頼む」
「……はぁ」
―― 出来れば御免こうむりたいが。
蔑称で呼ばれるのは我慢ならないのだ。特に相手が大馬鹿野郎である時は。
悩みの種は現代にこそ有るだろうに、まったくコイツらときたら!
プンプン怒りながらアンドレアスが博物館を後にすると……出口の階段で誰かが彼を呼び止めた。振り返れば、孫娘のビルギットであった。
「ちょっと貴方、待ちなさい」
「なんでしょうか、疲れているのですが。誰かさんのせいで」
「アナタ、私の裸を見たの、結局」
「横目でチラッとなら。それは役得という事で」
「駄目! 当家の掟によれば旦那以外の前で裸身をさらすことは許されないの」
「はぁ?」
「だ、だから、貴方は私の夫にならなければいけない」
「ちょっと……」
「冗談よ、そんな掟は昔の話。ただビジネスパートナーとして貴方は便利そうね」
「は、ははは……」
「そんなワケで今後の事を少し話し合わない? どうせ暇なんでしょう?」
「いや、レストランに予約が」
「じゃあ、そこに行きましょうね。はい! 決まり!」
―― 決まりじゃねーよ!
いかにチートアイテムの所有者とて、ままならぬ事もこの世にはある。
依頼の数をこなせばこなすほど、それを思い知るアンドレアスであった。
チート眼鏡くんの冒険は、まだまだ始まったばかりだ。
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